全米一のかかりつけのお医者さん、 ティアニー先生に健康手帳を見てもらう。

本田 次は、薬のアレルギーと副作用を記録するページです。
このふたつはよく混同されてしまうことが多いですね。
ティアニー 副作用というのは‥‥いや、こう言い直そうか。
アレルギーというのは、
ある種の免疫学的な生態反応を引き起こす副作用で、
たとえば唇や顔が腫れ上がってしまう、
血管浮腫のようなものが代表的だね。

一般的に副作用と言われているものは、
薬物の作用のひとつで、たとえば、
鎮痛薬なんかが良い例だと思うけれど、
関節痛があるときに使うと、
痛みをとるというとても良い作用がある一方で、
胃粘膜を傷つける作用もある。
これはアレルギーではなくて、
予想された薬の作用のひとつだよね。
本田 そうですね。
ティアニー 極端な例になってしまうかもしれないけど、
抗ガン剤を考えてみてごらん。
患者さんが抗ガン剤を使うと、
体を守るための白血球がものすごく減ってしまう。
だから、無菌室に入ってもらわなければ
ならないこともあるわけだけど、
これは十分に予測された結果であって、
アレルギーではない。これは副作用なんだ。

アレルギーを起こした薬は
二度と使うことはできないけれど、
副作用を起こすことを了解した上で薬を使うことは、
現実問題としてよくあることだね。

これを一般の人にわかってもらうのは、
ちょっと難しいかもしれないけど
十分に説明しておいたほうがいいよ。
本田 はい、そうします。手帳にも書きましたが、
ウェブサイトでも
もう少し詳しく紹介していくつもりです。
次のページでは、飲んでいる薬のリストを
作ってもらうようにしました。
ティアニー 自分が飲んでいる薬を知るというのは
とても大事だからね。
この表のいちばん端は、何て書いてあるの?
本田 薬を飲み忘れる頻度を書いてもらう欄にしています。
ティアニー なるほど、飲み忘れというのは
どのくらいきちんと処方された量を飲んでいるか、
ということの確認だね。
僕も血圧の薬を1日に2回飲んでいるけど、
きっちり全部飲むのは難しいものだよ。
この「飲み忘れ」の項目を作ったのは
とても良いと思う。
飲んでない薬は効かないからね。
本田 老年医療の分野では、
いろんなことが問題として挙げられていて
なるほど、と思うことがありますが、
「飲んでる薬の種類が多すぎる」という
「多剤服用」に関する問題も
よく議論になるところですね。
ティアニー そうだね。
原則としては、飲む薬はできるだけ、
薬の種類も、飲む回数も減らすのが
理想的だけれど、現実問題として、
血圧が高くて、コレステロールが高くて、
糖尿病の傾向があって、関節が痛い、
というようなひとがいれば、
あっというまに薬の種類は
5種類くらいになってしまうこともあるからね。
しかたがない、という側面もある。
本田 飲んでいる薬の種類が増えると、
薬の相互作用も心配になるし。
なかなか難しいですね。
ティアニー 美和子、その通りだ。
ぼくが外来で、とくに気をつけていることが
ふたつあるんだけれど、     
ひとつは、患者さんの3人にひとりは
なんらかの代替療法、
具体的には、処方箋なしで手に入る漢方薬や
サプリメントを利用しているということ。

もうひとつは、もっと大変なことなんだけど、
カリフォルニアに住んでいるとメキシコが近いから、
みんな気軽に
ステロイドとか甲状腺ホルモンとか、
ひどいときには麻薬なんかを
メキシコに買いに行って、
自分で飲んでいることがある。
薬理学的には、漢方薬やサプリメントと
比べ物にならないくらい強い影響を
およぼす可能性があるからね。

それから、同じ家に住んでいる家族が、
夫の薬や妻の薬をもらって飲んでいることもあるよね。
患者さんは、医者に処方された以外の薬を
医者が思っている以上に、
たくさん飲んでいるということだよ。
その点に気をつけなくてはいけない。

だから、処方された薬だけじゃなくて、
自分が口にしている薬を全部、
このリストに書いておいてもらうことが、
その人の健康を全体として守るために
とても大切なことになると思うよ。
本田 ありがとうございます。
先生にそういっていただけると、心強いです。

次は、病院で働く人についての紹介です。
病院で働いているのは、医師と看護師だけじゃなく、
その人の健康を守るために
いろいろな専門職のひとが働いているということを
紹介したいと思って作りました。
これもいずれウェブサイトで詳しく紹介したい
と考えているところです。
とりわけ、ソーシャルワーカーについては
まだあまり広くその存在が知られていないことも
あるような気がするので、ぜひに、と思っています。
ティアニー そうだね。
とりわけ、高齢の患者さんが退院するときには、
ソーシャルワーカーはもしかすると
医者よりも重要かもしれない。
家の状況を整えるのを手伝ってくれたり、
福祉に関する相談に乗ってくれたりする、
心強い味方になるからね。
ここには載っていないけど、
リハビリテーションの専門家も
とても大切なスタッフだから、    
機会をみて紹介すると良いんじゃないかな。
本田 はい。そうします。
次は、ワクチンと感染症についてまとめるページです。
ティアニー 日本は、はしかの予防接種率がとても低いんだよね。
その理由を知ってるかい? どうしてなの?
本田 15年から20年近く前のことですが、
はしかとおたふくかぜと風疹の予防接種を
同時に受けた子どものなかに
髄膜炎を起こした子がいたために、
国はそれまで義務としていたこの予防接種を
「義務」ではなく、「勧奨」とするように
制度を変更したのです。

副作用を心配した親が、自分の子どもに
予防接種を受けさせたくないと思った期間が
ある程度続いたのが一番の原因だと思います。

実際に、この時期に予防接種を受ける年齢だった
今の10代後半から20代の世代には、
予防接種を受けていない人が多いのです。
ティアニー ワクチンを接種しないままではしかに感染すると、
死亡率は0.1%くらいあるということは
知られているのかい?
本田 わかりません。
でも、この予防接種率の低い世代の間で
ここ数年はしかは大流行していて、
東京でもいくつかの大学が学校閉鎖になりました。
残念なことです。
先生は、ご自分の患者さんにワクチンを勧めるときには
どのように話されていますか?
ティアニー そうだね、まず、
ワクチン接種が必要な小児が家族にいるひと、
親でも、祖父母でもいいんだけれど、
「大切な家族に、予防できる病気が
広がってしまっては残念ではありませんか?」
と聞いてみることはあるかな。
誰だって、予防が可能だったのに
子どもを百日咳で亡くしてしまうことなんて、
望まないからね。

美和子、はしかの脳炎の患者さんを
診たことがあるかい?
とても気の毒だよ。予防できたのに。
本田 HIVに感染している免疫不全の患者さんで
はしかの脳炎で亡くなった方がいらっしゃいました。
ティアニー ワクチンは、患者さんにとっても、
内科医にとっても、とても心強い味方なんだけどね。
水痘にしたってそうだ。
のちのち帯状疱疹を起こすことがあるし、
これはとても痛いからね。
本田 先生、肺炎球菌やインフルエンザワクチンについては
どうお考えですか?
ティアニー 肺炎球菌ワクチンは
高齢の患者さんにとって重要だね。
そして、インフルエンザワクチンは、
あらゆる世代の人に重要な予防策だと思うよ。
スペイン風邪のことを知っているかい?
90年前に5,000万人もの人が
インフルエンザで亡くなったんだよ。
本田 そうでしたね。
ティアニー 予防は治療より、よっぽど有効だ。
僕は今年、インフルエンザの予防接種の
シーズンの前にアメリカを出てしまったから、
まだ予防接種を受けてないんだよね。
昨日、インフルエンザかもしれない患者さんを
診察したから、実はとても心配なんだよ。

そういえば、美和子、
日本ではB型肝炎の予防接種を、
限られた人しか受けていないんだったね。
本田 そうなんです。
米国では生後間もないうちに必ず接種しますね。
ティアニー 日本のように知的レベルの高い国で
なぜ予防接種が広く普及しなかったのか、
ちょっと不思議だね。
本田 日本の公衆衛生政策は、
ちょっと独特なところがあるんです。

肝炎については、感染症のなかでも
HIVと並んでとくに
注意してほしいもののひとつとして、
説明するページをもうけました。

HIVは世界的には、もう新しい感染者は
横ばいか減少といわれているのに
日本では未だに右肩上がりに増えているので、
ぜひ、一度検査を受けてもらえると
いいなと思って作りました。
ティアニー 日本でHIVに感染している人の数は、
アメリカよりもずっと少ないけど、
日本では検査を受ける人の数も少ないんでしょう?
感染していることを知らない人が潜在的にいる、
ということを知ってもらえるといいね。

<つづきます>


2009-01-21-WED