日野原重明先生に聞いた 健康についての大切な話。

03 おねしょに隠れた病気
中村 最近相談があった子は、8歳の男の子で、
毎日おねしょをしている。
小学校に入ったくらいまでは、
そういうものだろうと思って
親ごさんもあんまり気にしてなかったけど、
その後もずっとつづいて、心配になってきたんだね。
それに、子どもが大きくなると、
おねしょの量が増えてくるんだ。
本田 ああ、からだが大きくなるから。
中村 そう。おしっこの量が増えるんだよね。
それでおねしょをしたときに、パンツだけじゃなくて
布団もいっしょに濡れてしまうようになる。
それはやっぱりたいへんで、
親ごさんの負担が大きくなっていく。
本田 そうよねえ。
中村 このときは、別の病気で外来にかかっていて、
そういえば‥‥ってお母さんから相談を受けたんだけど、
その子のように、
小学校に入ってからもつづいているおねしょだと、
おねしょに病気が隠れていないかということを
まず、調べるんです。
本田 どういう病気の可能性があるの?
中村 調べなくてはいけない病気はいくつかあって、
ひとつは、中枢性の尿崩症(にょうほうしょう)。
本田 中枢性というと、
頭からおしっこしなさいという命令を出すのが
うまくできていないということでいい?
中村 そう。中枢性の尿崩症というのは、
さっき話した抗利尿ホルモンが
うまく出ていないことで起きる病気なんです。
本田 おしっこの出方を調節するホルモンね。
中村 うん。このホルモンがうまく出ていないときは、
夜のおしっこの量も増えたままで、
薄いおしっこがたくさんでるという状態がつづいてしまう。
本田 その診断には、どういう検査をするの?
中村 入院して調べることもあるけど、
もっと簡単な方法としては、
朝起きたときのおしっこを持ってきてもらって、
おしっこの濃さを計るんです。
尿浸透圧が、じゅうぶん濃くなっているかどうか。
本田 濃縮できてるかどうかを調べるのね。
中村 そう。尿浸透圧の数値でいうと、
800 mOsm/L 以上に濃くなっていれば、
夜中にじゅうぶん濃縮できていることがわかる。
そうであれば、中枢性の、
抗利尿ホルモンの出方が少なくて
起きているおねしょではないだろうと考えます。

この8歳の男の子も、簡単な検査で
朝のおしっこの濃さを測ってみて、
尿浸透圧が、800 mOsm/L 以上あった。
これで、濃くする働きは正常ということがわかって
中枢性の尿崩症の可能性は否定できたわけです。

それで、夕方からの水分の量と尿の回数を
ノートにつけてもらったら、
それだけでおねしょがほとんどなくなってしまった。
本田 ああ、そう!
中村 うん。この子の場合は、水分を飲む量が、
膀胱の大きさよりも多すぎたんだ。

これは特に効果があった例だけど、
記録してみると、意外に水分を多く飲んでいることに
気づくことがあるんだよ。
本田 そうね。
逆に、尿を濃縮できていないという結果が出たときには、
どういう治療をしていくの?
中村 抗利尿ホルモンが足りていないことが分かったら、
治療としては、そのホルモンを補ってあげる。
点鼻薬を使って、鼻の粘膜からホルモンを補うんです。

中枢性の尿崩症であれば、
おねしょだけじゃなくて、
昼の間もおしっこが多い状態がつづいて、
しょっちゅうトイレに行かなくてはいけないし、
水分が取れないと脱水症状を起こしてしまう。
だから昼間も、それから寝る前も点鼻薬をつかって
ホルモンを補ってあげなきゃいけない。
本田 なるほど。
中村 それから、尿崩症というのは、
中枢性だけじゃなくて
腎臓に原因がある場合があるんです。
これは、腎性尿崩症と呼ばれる病気で、
抗利尿ホルモンはちゃんと出ているのに、
腎臓がそれに反応しなくて、
おしっこがたくさん出てしまうというもの。

中枢性の場合は、
脳でつくられるホルモンが足りないので
不足分を点鼻薬で補って治療できるけど、
腎性のほうは、ホルモンを使っても
受け取る側に異常があるので治療はむずかしいんだ。
本田 そうでしょうね。
腎性の場合は、どうやって治療するの?
中村 なかなかむずかしいんだけど、
腎性の尿崩症の治療には利尿薬を使うね。
本田 利尿薬というのは普通は
おしっこを出すために使う薬よね。
中村 そう。ただ、この場合はもちろん
おしっこを出すことが目的じゃない。
利尿薬を使っておしっこといっしょに
ナトリウムが余計に出ていくと、
腎臓は逆におしっこが出るのを
止めようとする働きがあるんです。

食べ物で摂る塩分を減らしながら、
体内の塩のバランスを保つ自然な働きを利用して
おしっこの量を減らしていく。

これは、根本的な解決ではないんだけど、
おしっこの量をある程度減らせると、
腎性尿崩症の子どもは夜中に1回か2回か、
トイレに起きて、また寝るというのが、
習慣づいていくのね。
本田 なるほど。そうすると、
脳からでるホルモンがうまく出せないか、
もしくは受け取れないかという尿崩症が
おねしょを起こす病気のひとつ。
そのほかには?
中村 ほかに考えなくてはいけないのは、糖尿病だね。
それは、ある日突然と言ったら極端だけど、
数週間の単位で起こることもあるから、
急にのどが乾くようになって、
水分をたくさん欲しがって、
おしっこの量が増えてくる。

以前外来に来た小学生で、
おねしょは小学校に入る前に終わってたのに、
急におしっこの量が増えて、
おねしょもするようになってきた。
お母さんがたまたま医療関係のかたで、
夜中におねしょするのは
ひょっとしたら糖尿病かもしれないと考えたんだね。
本田 いちど終わってたおねしょが
あいだをおいてまた出てきたから、
なにか新しい原因があるはずだと思ったのね。
中村 そう。二次性のおねしょだからね。
それで、糖がでているかどうかを検査する
テストテープを子どものおしっこにつけてみたら、
すごくたくさん糖が出た。
それで、「糖尿病です」と
診断をつけて連れて来られた。
本田 なるほど。
中村 もう、「おっしゃる通りです」と。
本田 おねしょに隠れている病気として
心配しなくてはいけないのは、
中枢性の尿崩症、
腎性の尿崩症と
糖尿病の3つ?
中村 昔からつづいている一次性のおねしょについては
またわけて考えなくてはいけないんだけど、
途中から起こってくる二次性のおねしょで
心配しなくてはいけない病気といえば、
中枢性の尿崩症と、糖尿病、
あと、尿路感染症だね。

なかでも、中枢性の尿崩症は、
なぜホルモンが出なくなったかということを
考えなくてはいけなくて、
その原因には、脳腫瘍が隠れていることがある。
だからとくに気をつけて検査します。
本田 いま言ったような病気が否定できれば、
あとはあまり心配しないで
そのほかの原因を考えはじめていい?
中村 病気といえば、そうだね。
原因がはっきりしないものには、
赤ちゃんがえりと呼ばれるものも含まれるよ。
本田 赤ちゃんがえりというのは、
親の注意をひきたいということ?
中村 そうだね。最初に少し話したように、
二次性のおねしょは
心理的な影響によるものが多いと言われてるんです。

実際には、どれぐらいおねしょが深刻か、
だんだん量が増えてきているとか、
いつもあるのかどうか、
その子のおねしょがどういう状態にあるのかを
見ながら考えていくよね。

重症かどうかというのは、
たぶんに、感覚的な部分もあるけど、
二次性のおねしょの場合には、
中枢性の尿崩症、糖尿病、尿路感染症などを考えて、
どちらでもなければ、
おねしょを起こしてくるような
心理的な要因がないかということも考えます。

(つづきます)

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2009-12-06-SUN