全米一のかかりつけのお医者さん、 ティアニー先生に健康手帳を見てもらう。

本田 人間ドックについて、
一度先生のご意見を
うかがってみたいと思っていたんです。
定期的にからだのことを調べる
この日本独自の制度について、
先生はどうお考えですか?
ティアニー 健康診断というのはとても良いことだと思うね。
ただ、人間ドックは非常に高価だし、
やみくもに全部調べるというのは
少しもったいないかもしれないと思う。
自分のことをよく知っている
かかりつけの医者がひとりいれば、
その医者と自分の生活や
からだのことを相談しながら、
必要なものを選んで検査をするのが
効率的じゃないかなと思うよ。

血圧とか、血中のコレステロールとか、
乳がんをみつけるためのレントゲン検査とか、
大腸がんをみつけるための便検査や内視鏡など、
必要なものというのは、
そんなにたくさんはないんだ。
本田 そうですね。
ティアニー また、偽陽性の問題もあるしね。
本田 本当は異常はないのに、
「異常がある」という
誤った判定結果が出てしまうことですね。
ティアニー 統計学的なことを言えば、5%くらいの人は、
本当は健康なんだけれど
誤って「異常がある」とされてしまう可能性がある。
身体所見でも、血液検査でも、
レントゲンの検査でも、なんにしても、
偽陽性はある、ということを
知っておくのは大切だと思うよ。
本田 この小冊子の目的は、使うかたに
自分の健康を大事にしていただければと
思いながら作ったものなのですが、
ティアニー先生は「健康」ということについては
どのように考えていらっしゃるか教えいただけますか。
ティアニー とても難しい質問だね。
それに答えるとすれば、ある人が自分のからだが
そうあって欲しいという状態に保つことができて、
新たな病気になることを防ぐことができていることを
健康とよんでいいかもしれない、と思うね。

僕の患者さんに素晴らしい成績を収めていた
運動選手だった男性がいたんだけれど、
ある日脳腫瘍ができてしまった。
これは本当に気の毒なことだったけれど、
彼はその後の人生もとても楽しんでいる、と
いつも話してくれているんだよ。

健康にとって大切なことは、
「予防できるものを予防して、
予防できなかったことについては、
それとともに人生を楽しむ」
ということじゃないかなと思うよ。

強迫的に健康であろうと自分を追い詰める人もいる。
でも、その状態を「健康である」とは呼べないよね。
血圧をうまくコントロールして、
コレステロールに気を配ることはとても大切だけど、
食べるものに病的に固執するんじゃ意味がない。
時にはステーキを食べたりして、楽しまなきゃ。

あと、年齢というのも重要な因子だね。
時間の向きを変えることはできない。
戻すことはできないんだ。
健康であるということは、
「予防できることは予防して、
毎日の生活を楽しんで、年を重ねる」
ということじゃないかな。
本田 ほんとうに、そうですね。
わたしはHIVに感染している患者さんに
たくさんお目にかかっています。
かれらは現時点では完治することのない、
HIVに感染しているけれど、
とても良い薬を使うことで、
「HIV感染症とともに生きる暮らし」を送っています。
これもひとつの健康という状況だなぁと
最近思うようになりました。
ティアニー HIVの治療薬はとても良い例だと思うけれど、
医学というのはものすごい進歩を重ねているよね。

僕の父は1936年に医者になったんだけど、
すごいなと思うのは、父が医者になってから
最初の10年くらいは抗生物質はまだ一般には
広く使われていなかったんだ。
抗生物質のない医療なんて、
今では想像もつかないよね。

別の例を挙げると、血液透析もあるね。
僕は米国で最も早く
血液透析を導入した医者のひとりだし、
僕の別の患者は州で初めて
腎臓移植を受けた女性となった。
いずれも、多くの人の命を
延ばすことができるようになった
医療技術の進歩のひとつとして挙げることができる。

もちろん、新しいものが
すべて良いとは限らないけれど、
医学は着実に進歩していて、
それを経験できていることをうれしく思うよ。

それでも、完全な医療はないんだ。
僕の親友が亡くなったことを、
このあいだ送ったメールに少し書いたよね。
ティム・ラサート、アメリカでは有名な
政治家にインタビューする番組の司会者だった。
本田 ラサートさんがお亡くなりになったことは、
とても大きく報道されていましたが、
先生、お友だちだったのですね。
心からお悔やみ申し上げます。
ティアニー ありがとう。
先に仕事を通じて知り合った弟に紹介されてね。
お互いにアイルランド系カトリック移民の
子どもだということもあって、
意気投合してとても仲良くなったんだ。
なにしろ、すごくいいやつでね。

ティムは健康であることに、
とても気を遣っていたんだ。
きっちり運動していたし、食事にも気を遣って、
コレステロールや血液検査の結果もよく把握していた。
ともかく健康についてとても注意を払っていたんだ。
それでも、ある日、心筋梗塞で亡くなってしまった。
彼は毎年心臓の負荷検査や
超音波検査を受けていたんだよ。
今年も亡くなる1カ月前に、
いろんな検査を受けていて、全部正常だった。
それでも、突然の心筋梗塞を起こして
亡くなったんだよ。
本田 病気を完全に予知したり、予防したりすることは
できないのですね、やっぱり。
ティアニー そういうことだね。残念だけれど。
さて、ほかには何か質問はあるかい?
本田 じゃあ、もうひとつだけ。
先生はアンチエイジングという概念については
どうお考えでいらっしゃいますか?
ティアニー ふむ。興味深い考えだとは思うけれど、
生物学的に考えれば、
疑うべきことの多い概念だと思う。
時間の流れはさかのぼれないし、
止めることもできないよね。
5秒前の僕と今の僕はもう、違うんだ。
同じことがからだにも起きている。
からだのごく表面的なこと、
たとえば顔の皮膚なんかにはもしかすると
少しは有効なのかもしれないけれど、
脳の機能や筋肉の機能や体の脂肪の量の変化を
ある時点で止めることができるとは
ちょっと思えないしね。
もちろん、新しい考えについて
僕はいつでもオープンでありたいと
思っているから、話を聞く用意はあるよ。
本田 ありがとうございました。
今日はいつもとはちょっと違う、
ティアニー先生のお話が伺えてとてもうれしいです。
今日のお話は、
この健康手帳についてのウェブサイトのページで
日本語で紹介しようと思っています。
そのサイトでは、先生や日野原先生のように
とても有名でいらっしゃる先生がたの
お話をうかがってご紹介する一方で、
ごくごく普通の臨床医として
現場で働いているわたしの友人たちにも、
その仕事にまつわる健康についての話を訊いて、
紹介していきたいと思っているんです。
ティアニー 僕だって、ごく普通の、
身近なかかりつけの医者のひとりのつもりだよ。
本田 もちろん、そうですね。
世界的に有名な、スーパーマンだけれど、
普通の身近な先生でもいらっしゃる(笑)。

先生からはかかりつけ医として
必要なことは何かということを
これまでたくさん教えていただきました。
本当にありがとうございます。

社会的に有名な、
いわゆる名医と呼ばれる人でなくても、
ご自分の身近にいる医者が、
どれほどあなたの健康を保つために役に立つのか、
ということを
ここでの連載を通じてお伝えできればいいなあと
思っています。

最近、よく感じるのですが、
医療を必要としているかたがたと
医療を提供している側との間の信頼が
双方向からそれぞれ
揺らいできているような気がします。

それぞれの立場から相手へ向けての
コミュニケーションが十分でないことが、
その原因になっているのかもしれないとも
思っています。

患者さんと医者とが
お互いに信頼できる関係を直接結ぶことができれば、
日本の医療の状況は、少なくとも今よりは
良くなるんじゃないかと思っているんです。
ちょっと夢をみてるみたいに
聞こえるかもしれませんけれど。
ティアニー 美和子、君に初めて会って
羽田空港の待合室で話したときのことが懐かしいね。
いつの間にかいろんなことを考えて
やってみるようになったんだねえ。
僕はうれしいよ。
本田 まだ何もできてなくて、
これから始めようと思っているところです。
うまくいくかどうかもわかりません。
うまくいけば、いいんですけれど。
ティアニー 続けていけば良いんだと思うよ。
がんばってね。
本田 ありがとうございます。
こんなにたくさんのお話を伺うことができて、
わたしもとっても楽しかったです。

今夜はこれから
わたしの病院の若い先生がたへの講義を
どうぞよろしくお願いします。
みんなでとても楽しみにお待ちしているんです。

初めてわたしが先生の講義を聴いたときの
わくわくした気持ちを彼らにも経験してもらえたら
うれしいなぁと思っています。
ティアニー 気に入ってもらえると、いいけどね。
さあ、行こうか。

<おわります>



2009-01-23-FRI