ITOI
ダーリンコラム

<専門家の技術>

ひまでしょうがない人ってのも、
「ほぼ日」の読者にはあんまりいなそうだけど、
そういう人には、いいひまつぶしのヒントとして、
こういう遊びもあるよ、ってことを書いてみよう。

たとえば、田中真紀子外相が、
国会やら、メディアのなかで叩かれているとする。
それ、見ているだけなら誰でもできる。
そして、そのまま、見た分の時間だけで終わってしまう。
しかし、あなたが田中真紀子だったらどうするか、
というふうに「問題」を立ててみよう。
まず、田中外相に賛成とか反対とか好きとか嫌いとか、
いったん忘れて考えてみる。

「指輪を買いに行かせたんですか」という質問を受けて、
自分だったらどういうふうに答えるか、考える。
買いに行かせたか、買いに行かせなかったか、
両方の状況を想像して、どっちも考えてみる。
これは、もう、人によっていろんな答え方があるだろう。
「おお、買いに行かせたからどないやちゅうねん!」
なんてのもあるだろうし、
「買いに行かせたのではなく、
 買いに行っていただいたのでございます」
なんて答え方もあるかもしれない。
無数にある答え方のなかから、
田中外相のように、
「お答えする必要はないと存じます」という言い方も、
ひとつの選択としてあるわけだ。

仮に、「おお、買いに行かせたからどないやちゅうねん!」
と、答えたとしたら、次の場面はどうなるか。
これも、いちおう想像してみる。
「開き直るんですか?!」
「なんですか、その大臣にあるまじき物言いは!」
「買いに行かせたということですね、とすると・・・」
これまた、とにかくいろいろある。
そこから、次に、あなたが田中外相だったら
どう答えるかについて、考える。
かなり、とんでもない展開になるだろうと思う。

こうして考えると、いいとか悪いとかを別にして、
とにもかくにも「答える必要はない」と、
何度も何度もくりかえした田中外相の選択は、
けっこう賢いものだったかもしれないと思うようになる。
他のセリフで考えると、その状況は切り抜けられても、
次の一手、次の次の一手が、かなり詰まってきそうだ。
「なんでちゃんと答えないんだ!」と
いらだっている人もいるかもしれないが、
桟敷から眺めているだけの人がどれほどいらだとうが、
他の選択肢は、あまり考えられなかったようにも見える。
いいか悪いかじゃないよ、しつこく言うけれど。

なるほどなぁ、と、ぼくは思ったりする。
政治的に生き抜くというのは、
こういう技術がないとうまくいかないんだろうなぁと。
自分には、ムリそうだなぁと、恐れ入ってしまう。
自分が田中外相の立場だったとして、
それ以上いい方法が思いつけなかったら、
「田中対オレ」は、田中の一勝ということになる。

これは、例として田中外相の答弁をあげただけで、
他のどんな場面でも同じことが言える。
総じて、経験を積んできた人たちの、
状況の切り抜け方というは、なかなか奥深いものがある。
そういう方法を身に付けましょうっていうことじゃない。
世の中には、そのつど、その場で考えること以外に、
「こういう時には、こうする」というような、
各業界のプロフェッショナルとしての
「技術」があるということだ。
なんやかんや言うたかて「技術」は強い。
囲碁や将棋でいえば、定石というようなことだろう。
そういう意味じゃ、
さんざん異性に翻弄されてきた人は、
そこで「技術」を学ぶ機会が多かったとも言えるな。
しかし、技術には裏も、裏の裏も、奥もあるらしいから、
簡単に学べるものでもないとも思うけどさ。

タクシーに乗ったとき、よく運転手の人が、
政治から経済、経営、野球などについて、
演説を聞かせてくれることがある。
気持良く演説しているご本人には悪いけれど、
だいたいは、「この一手」だけの内容なのだ。
その一手をほんとうに打ったらどうなるか、
反対があった場合には、それをどう考えるか、
そういうところで、タクシーの演説は弱い。

こんなふうに、ゲームとして、
あちこちにある「技術」を見つけていくのは、
けっこうおもしろいものだ。
母親の前で駄々をこねて泣きじゃくったあげくに、
まんまとお菓子をせしめる子供も、
あなたより「技術」を持っていたりする。
「しょうがないなあ、あんたには負けた!」と言って、
値引きする商人も、負けたカタチをとって勝つという
「技術」を持っているかもしれない。

阿呆や悪党やずる賢い人の「技術」を、
発見したり、想像したりすることも、
案外ひまつぶし以上の何かになるかもしれない。
「技術」は、好きなものからばかりでなく、
嫌いだけど感心するというような発見のしかたもある。

ところで、演説するタクシーというのは、
お客が早く降りたくなるという意味で、
「タクシー運転手」としての「技術」には欠けてるよね。

たださ、
たいていのいちばん大事な技術ってのは、
その専門家は、あまり「公言」しないものだし、
それを発見されないように注意しているものだから、
奥義ってものが、そんなに簡単に
遊びながらわかるってことは、
ないと思ったほうがいいやね。





2001-11-26-MON

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