ITOI
ダーリンコラム

<金と女と事件?>

むろん、ぼくは会ったことなんかない人なのだけど、
さる出版社に、すっごい編集者がいたという。
いつも会社に来ているわけでなくて、
大事な相談があると、その人のところに責任者が
ご託宣をいただきにいくというような感じだったらしい。
出版の神様みたいなものかなぁ。
ま、とにかく、すごいもんだ。

で、そのすっごい人が、
「『とにかく世の中の人間の興味は、
 金と女と事件なんだ』とおっしゃっていたらしい」
おそらく文芸系の出版社に新人として入ってきたころの
その神様は、そういうことは考えてなかったのだろう。

だって、あなた、
「世の中は、金と女と事件じゃぁあああっっ」なんて、
背広着てネクタイ締めてる青年には言えるもんじゃないよ。
それを言うようになるには、
何度も何度も自己否定めいた時期があったのだろうと、
ぼくは想像している。

甘っちょろいことを言ってて、
ちっともメシの種を稼ぎださない文学青年くずれや、
他人が手を汚すことばかりあてにしていて、
ずっとイイコちゃんでいようとする「理想主義者」や、
いま泣いたカラスがもう笑ってるような女たちや、
目立たぬところで泥をかぶっている悪相の先輩や、
肝心なところで逃げ出してしまう自分や、
そういうものとさんざん出合って、
「金と女と事件じゃあ!」に至ったのだろうとは思う。

そういう人だか神様だかの御言葉は、
やっぱり、なんかありそうで気になるものだ。
「そんなことないでしょう?!」と食ってかかるにも、
「まことに、その通り」と知ったような相づちを打とうにも
それなりの覚悟が要求されるだけのことを言っている。

で、どっちの立場もとれないままに、
その言葉の意味を考えてみたのだった。

考える順番は、こんな具合だった。
その編集の神様は、もう亡くなっているけれど、
その人が「金と女と事件」の鉄則にのっとって、
ずっとその出版社に君臨していたとしたら、
かつてのように連続的ヒットを出し続けることができるか?
どうやら、そんなこともないのではないか、と、
まず思ったのだった。
だって、その人の息のかかったと言われる雑誌が、
いまはとても古くさく見えるし、
おそらく、売れる雑誌にもなっていないと思うもん。
そして、そういうコンセプトで作ったと思われる
後発の週刊誌などが、現に苦戦しているらしいではないか。

じゃ、「世の中、金と女と事件じゃない」のか?!
そうだ、金と女と事件なんかじゃない、などと
口当たりのいいこと、ぼくには言えない。
となると、「金と女と事件」という言葉を変えないままで、
いまの男性向けの「ヤニ臭い週刊誌類」の不振を
説明する論理はないものだろうか。

あ。

わかったかもしれない!
そうか、それにちがいない。

金と女と事件、それぞれの意味が変化したのだ。
かつては、
外で七人の敵に囲まれている(と思われていた)男たちの、
「力(パワー)」の象徴として「金」があった。
そして、そういう男たちの欲望の対象として「女」が、
さらに好奇心の対象として「事件」があった。

ところが、金も、女も、事件も、
それが持っている意味を変えてしまったのだ。

富の象徴ではあっても
欲望の最終目標ともかぎらない「金」、
男のように考えたり感じたりする、
もしかしたら男を選ぶ立場にいる「女」、
野次馬として眺められずに、
複雑に自分に関わってくる「事件」。

いままでとちがうとらえ方で、「金と女と事件」を
雑誌のテーマに持ってくれば、
いまでもこの原則は通用するのではないか。
そう気づいたのである。
編集企画の切り口はいくらでもありそうだ。

金も、女も、事件も、固定したイメージを持つものではなく
意味を少しずつずらしながら、生きているのだ。
そう気がついてから、
ぼくは、「ほぼ日」にそれを応用できないかと
思うようになった。
邱永漢さんとの本『お金をちゃんと考えることから
逃げまわっていたぼくらへ』なんて企画も、
切り口をちがえた「金」がテーマの本だ。
「ほぼ日」のなかの女性執筆者の企画も、
男の欲望の対象ではないけれど
「女」というテーマは通奏低音のように鳴っているし、
「女」の生き方についてのページが山ほどある。
新聞の三面記事風の味付けをしていないけれど、
「事件」の企画も、実はけっこうある。
「ほぼ日」だって、ひょっとしたら、
「世の中、金と女と事件だ!」の
ホームページかもしれないのである。

となると、それ以外のおもしろい企画で、
「ほぼ日」ならではの個性を尖らせていくというのも、
戦略的に考えられることかなもしれないなぁ。
いま、あるイメージの柱は、たぶん、だけれど、
「自分」と「遊び」と「不思議」ってあたりかな?
そういうことを総合して、
「たのしい生き方」みたいにまとめられていくのかな?
なんかちがうような気がするけれど、
そういうことは、ま、おいおい考えていこう。

金と女と事件の「ほぼ日」を、どうぞよろしく!
なんかヘンだけど、ま、そういうことで。

2001-07-03-TUE

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