ITOI
ダーリンコラム

<ほんのちょっとだけ>

ぼくは、いままで社会に直接的に関わる発言は、
できるかぎり控えるようにしていた。
特に「ほぼ日」では、そうしてきたつもりだ。
大きな環境の流れや、うねりを語ることがあったり、
技術論で語れることがあったりしたときには、
自分はこう考えている、と言ってきた。
直接の影響にならないようなことを、と、
注意しながら発言してきたつもりだ。

逆に、小さなことについては、わがもの顔で語ってきた。
実は、小さなことのなかに大きなことが含まれている場合が
けっこう多かったりして、
それはそれで、控え目な社会参加のつもりだった。

直接的に社会に関わることをなぜしないのか、
それを責める方々の意見もずいぶんあった。
「ほぼ日」をはじめる前もあったし、
「ほぼ日」をはじめてからも、ないことはない。
署名してください、という要請もあるし、
「ほぼ日」の大きな数の読者とともに、
このことを社会問題化してくださいという願いもくる。
ひょっとしたら、とても小さなことなら、
そういうことをゲームとして手伝うかもしれない。
何か商業的にモノを売るなんてことも、やるだろう。
それは、リスクの限度が見えるから、そうするだけだ。
たいしたことのない人間がやっているサイトで、
できることには限界がある。
ぼくは、自分のことばで語れる範囲のことをやるだろう。

そんな「ほぼ日」が腹立たしいじれったいという方は、
自分で別の場所を生み出して育ててください。
また、他にそういう場所はたくさんあるから、
そこでやったらいいと思う。

ただ、今回の大阪で起こった事件については、
直接的にならないように慮ったうえで、
いつものノリを超えかかった意見を書いた。
「いちばん正しそうなことを言う」だけで、
それで後は忘れちゃうというのはイヤだったし、
大事なことだからと、その問題に人生の後半戦を
すべて賭けるはずもないことはわかりきっていたから、
言えることは、ほんのちょっとしかない。
しかし、そのちょっとのところだけ言いたかった。
そのときの「今日のダーリン」を再掲載します。
土曜と、日曜の二日分です。
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6月9日(土曜日)

いまのいま、何かから逃げる人もいる。
いまのいま、その人を追う人もいる。
いまのいま、人を傷つけている人もいる。
いまのいま、血を流してくるしむ人もいる。
いまのいま、星を見ている人もいる。
いまのいま、人を見ている人もいる。
いまのいま、生まれてきた人もいる。
いまのいま、人を生んだ人もいる。
いまのいま、どこにもいられぬ人もいる。
すべてすべて、すべてはおなじ時のこと。


6月10日(日曜日)

つらすぎる事件が起こって。
いつまでも日本中が沈んでいるというわけにもいかないので
自分のやることを一所懸命にやろうとは思うのですが。
大きなメディアが書きにくいことかもしれないので、
ぼくは、ちょっとだけ書いておこうと思います。
こういう事件があった後で、きっと、
もうひとつ別の痛みにさらされる人々がいるということを、
こころの隅に入れておきたいと思うのです。
「ほぼ日」にも、たくさんのメールをいただきましたが、
「通院歴のある」人たちは、たくさんいます。
本人にはどうすることもできない病気として、
病んでいるから病院に行く。
そのことが、もともと大きな偏見に囲まれているでしょうし
そのために自分の生活に制限もかけられているでしょう。
どうにかしたい、と思っている人たちが、
(いままでの例を見ていると)一気に、
もっと大きな偏見にさらされるとしたら、
あまりにも悲しいことです。
正直に言いますが、ぼくは子供を育ててきたものとして、
犯人に強い憎しみを感じましたし、
当事者になっていたら、殺しに行ったかもしれない。
しかも、ここで、こんなことを言っていても、
人生をこの問題に捧げるつもりもないし、
いままで通りに、自分にできることやりたいことだけを
やっていくのだと思います。これまでも、そうだったし。
(ウソをつかないようにと思えば、
 そう言わざるを得ません)
当事者以外は、
一時的に感情を共有したような気になっても、
時間が経つにつれて、緩やかに忘れていきます。
それでも、そのくせ、世の中には、問題を単純化して
精神に病気を抱えている人たちに対して
偏見をぶつける風潮だけは残っていくかもしれません。
ぼくの言っていることは、
責任のとれない「思い」にしかすぎないけれど、
たぶん、メディアの一部では、それ以上に無責任な
精神病患者いじめが煽られるような気がしたので、
書いておこうと思いました。
杞憂に終わればそれでいいのですけれど。
高見からものを言っているように聞こえたら、すみません。

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どっちも日も、仮に強力で納得のゆく反論があったとしても
「ここまでなら譲らないで言い続けられる」だろう
という「ほんのちょっと」のことを書いたつもりです。

今日、月曜日の「今日のダーリン」でも、
やっぱり、このことに関わることを書いているつもりだ。

これから、マスメディアを通して、
さまざまな事件の総括やら反省やら怒りやらが、
一部では真剣に、一部では商品化されたかたちで、
一部では禍々しい政治的な意図をもって、
一部では、憂さばらしのように、伝えられると思う。
そこに、たぶん「大衆の意見」というものが、
コラージュされたかたちでたくさん登場するだろう。
でも、ぼくは、この数日の間に「ほぼ日」に届いた
「大衆の意見(?)」を、拠り所にしようと思う。
この後に、「ほぼ日」宛に来たメールと、
鳥越俊太郎さん宛に来たメールを、
差出人名を含め、個人情報が特定できる部分を削除して
長くなるけれど、掲載します。
ぼくの書いた内容にも関係して、
自分や周囲に「精神を病んだ」経験のある人のメールが、
とても多いことも言い添えておく。

ひとつひとつのメールに、ぼくの意見は添えない。
「ほぼ日」やイトイに対しての「おほめ」が
かえって目障りかも知れないけれど、
それも、そのままにしておく。
時間に限りがあるので、読みやすいように
改行を整えたり、誤字を修正したりする手間を
かけられませんでした。

こうして、ただたくさん掲載をすることが、
今回のぼくの方法でした。
なにしろ長くなりますから、この先を読まない方がいても、
ぜんぜん、気にすることではありません。
(4461行。原稿用紙で約300枚です)

最初のころに来たメールは、
マスコミ批判のものがとても多かった。
これほど多いと、マスコミの方々は知っているのかな?
そのあとから、だんだんと事件そのものについて
自分の立場から語るものが出てきています。
賛成、反対、好き嫌い、いろいろあると思いますが、
このすべてが「ほぼ日」に届いたということです。

よく、ぼくらは、「メールは全部読んでます」と
言っていますが、なんどホントだと言っても、
なかなか信じてもらえません。
この事件に関してだけでも、
このくらいの文字量になります。
「ほぼ日」乗組員気分を味わうために、
いちど、ぜんぶ読んでみるのも、いいかもしれませんね。

ここからどうぞ。


2001-06-11-MON

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