ITOI
ダーリンコラム

<たぶん非常識だらけに>

あとで聞いてびっくりすることってありますよね。
これが、ぼくにもあったんですよ。

ご存じの方はご存じという程度の認知率でしょうが、
いま、「インターネット博覧会」の編集長って仕事を
やっているんです、「ほぼ日」以外にね。

この仕事は、略称で「インパク」って呼ばれてるけど、
ほんとは、「インターネット博覧会」なんです。
しかも、仕事のクライアントにあたるのが、
「内閣総理大臣官房新千年紀記念行事推進室」っていう
ものすごい長ったらしい名前の組織。
ん?組織って言い方でいいのかな、部署?
よくわかんないです。
国の仕事ってことなんだろうと思う。

なにせ、こういう仕事をするのは初めてだから、
いろいろ珍しいやら、面食らうやら、の状態です。

で、先日、一ヶ月くらい前になるかなぁ、
「総理大臣官邸」という場所で、
編集部として、状況を説明する用事ができたのでした。
官邸というから、「官」ですわな。
お役所の一種だよな、と思って、
いつもより早起きして、出かけたわけだ。
総理大臣も出席するというし、
いろんな大事そうな方々が集まってるらしい。
それは理解しとりました、ちゃんと。
コドモじゃないんだから、
そんなところで反抗的になったりもしない。
仕事です、これは。
起き抜けだから、朝めし食ってるひまもなく、
近所のスターバックスで、
カフェ・ラテのトールサイズを買って、
「牛乳は食事がわりになっていいよなぁ」などと思いつつ、
タクシーの中で飲みながら出かけた。

官邸までタクシーで行ったんだけれど、
官邸前の道路っていうのは、普通のクルマは入れないのね。
だから、その手前で降りて、
入るための許可証みたいなものを見せて入ったのでした。

官邸の内部では、新聞記者らしい人々が、
忙しそうに行ったり来たりしていて、
さすが、大事なお役所なんだなぁ、と思いつつ席に着く。
道が意外と空いていたので、
カフェ・ラテもまだ半分くらい暖かいまま残っていて、
会議だか、説明だかが始まるまで、
おとなしくそいつを飲んで待っていたわけだ。

服装については、前に堺屋大臣に初対面の時、
へんに問い合わせをしたもので、
着たくないのにスーツを着ていって、
役所の気さくな方々に、意外がられたから、
上着はジャケット着ていたけれど、
ボトムはジーンズでいいやと思って、それで行った。
だって、仕事なんだもんね、という気持だった。

ま、それから、森総理も到着したりして、
(挨拶は特にされませんでした。
「ごくろうさまです」と、オレなら言うな、と思った)
簡単に編集部の進捗状況を説明した。
で、ま、ごく普通の1050円くらいの感じの弁当を
みんなでいただいて、お疲れさまと帰ってきたわけさ。

珍しい場所での珍しいタイプの仕事だったから、
おもしろいかなぁと想像していたけれど、
そういうようなものでもなかった。
だから、わざわざ、どこかに書いたりもしなかったわけさ。

ところが、後で聞こえてきたんだな。
「総理官邸に、なにやら飲み物をぶらさげて来た」
ということを、やや印象的にとらえた方々も、
おられたということだったらしい。

おろろ、そうだったのか。
スターバックスが悪かったみたいだね。
生茶とかにしとけばよかった。
でも、ミルク成分が欲しかったんだよね。
って問題じゃなかったんだな、これが。
誰に叱られたわけでもないんだけれど、
ぼくの一連の動きは、どうやら非常識だったらしい。
あっちゃー。

しまった、と思った。
しまったのは、非常識なことをしたからではなく、
権威に反抗、みたいに思われちゃったのかしら、
と考えたからである。
別に、仕事先の役所に行くときに、
反抗的になる必要もないし、失礼のないようにと
静かに出かけて行ったくらいのつもりだったのよ。
会議に自分用の水を持っていったり、
飲みかけの飲み物を持っていくのは、
しょっちゅうやっていることだから、
ぼくのほうは、いつものように、って感じだったわけだ。
そういうのは、非常識だったんです、首相官邸では。
もっと何十倍も特別な場所なんだということなんだろうな。
思ってなかったんだな、そういうことを。
授賞式とか、だったら、黒いスーツくらい着込んで
行ったのかもしれないけれど、「仕事」だからなぁ。
思いもしなかった。
ぜんぜん、反抗なんかしたくなるような
すごい権威だとは、考えていなかったのです。

こりゃ、ぼくが悪いというわけじゃなさそうだ。
あえて言えば、非常識だったのだろうなぁ。
官邸の周囲にいる方々からしたら。
だけど、文句を言ったりするほどの「悪いこと」
でもないし、「しょうがねぇなぁ」というくらいか。
ぼくのほうも、何をしたわけでもないし、
非常識だったのかもしれない、というくらいのことで、
なるほどなぁと思うだけだ。

ふたつの常識が、軽く擦れ会う程度にぶつかった。
大げさに言えば、文化摩擦みたいなものだ。
これから先、おなじようなケースでは、
ぼくはわざわざスターバックスを手に持って
あの場所に行くこともないだろう。
かえってめんどうだから。
ただし、ぼくが、首相官邸にまた出かけることがあっても、
ネクタイを締めて、姿勢を正して入っていくことも、
やっぱりないだろうと思う。
自分が着たい時には、スーツもネクタイもいいんだけどね。
森首相のことを、ちゃんと会ったこともないんだし、
なめているつもりもないし、尊敬してもいない。
だから、逆らう気もない。持ち上げるつもりもない。
これは、ぼくにとっての常識だ。
だから、いずれまた、常識と常識が摩擦するのだろうな。

しかし、こういうことは、これから、
あっちこっちでじゃんじゃん起こると思うのだ。
たぶん、これからは、小さな常識どうしが衝突して、
「非常識」だらけに見えてくると思うんだ、世の中は。

コモンセンスが確固としてある、と言えるような時代は、
もうとっくに終わっている。
それぞれの個人が、自分なりに常識を模索している時だ。
とんでもない常識は、自然に消えるだろうし、
なかなかナイスな非常識だったら、
そのうちみんなに選ばれた常識に
格上げされるかもしれない。

ぼくは、そういう揺らぎつつある常識の、
ベースになるものというのは、
「相手をも、自由にする」という考え方なのではないかと、
思っている。

んなことでした〜。
「解雇されることを、仮の目的にしてます」
と言っているインパク編集長ですが、
ほんとに一所懸命に働いてるんだぜー、実は。

2000-12-18-MON

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