ITOI
ダーリンコラム

<世のお父さんは、みんな卑怯だった>

「世のお父さんは、みんな不良だった」のだけれど、
それはすべて自分の証言によるものである。
「悪いことはさんざんやった」と、
うれしそうに言うけれど、
どうしてそれが自慢そうに語られるのだろうか。

「不良だったおとうさん」たちは、言いたがる。

社会に怒っていた、

曲がったことだけはしなかった、

弱いものいじめだけはしなかった、

いいことと悪いことの区別ははっきりしていた、

悪いことはしても下品にならないようにしていた、

他人を裏切ることだけはしていない、

自分にウソをつかなかった、

だまされることはあってもだましたことはない、

馬鹿がつくくらいまじめだった、

シャイだから表には表せないけれど優しかった、

人の見ていないところで切磋琢磨していた、

基本的なルールはきっちり守っていた、

人間としての怒りを持っていた、

最低限の勇気を持っていつも戦っていた

‥‥というようなことを、みんなが言いたがるのだ。
そりゃあ、不良だった話じゃなくて、
かっこよかったという話になってるじゃないか?
見事だったという話になってるじゃないか。
その話は、ほんとうに、ほんとうなのか。
ほんとうにほんとうに、ほんとうなのか?

ぼくは信じない。

自分の小ささを割り引いて考えても、
人が長いこと生きて行くということは、
そんなに見事なものじゃないと思う。
だからこそ、たまに、見事な人がいたりすると、
「いいなぁ、どうしたらそんなふうになれたんだろう」
と、その歩いてきた道のりについて、
聞いてみたくなるのだ。

ぼくは、人間の立派さの水準を、
もっと低い所に置くほうがいいと思う。

まず、人間はそんなに立派でなんかいられないものだ、
と、思っていたほうがいい。
「そんなに立派なものじゃなくても、
人は、十分に尊敬に値する」と言っていいだろう。
どんな高僧にしても、大経営者にしても、
政治家にしても、学者にしても、職人にしても、
そんなにたいしたものであるはずがない。
そうたいした材料でできてるわけじゃないし、
そんなにたいした育ち方をしてるわけがない。
そして、ほんとうは、立派じゃないことを、
たっぷりやっているに決まっている。

こういうふうに書くと、
「おまえは、自分が矮小な人間だから、
その小ささに合わせて、
他の立派な人たちを量っているだけだ」
と反論されるかもしれない。
ちがうのだ。
ぼくは人を貶めたいわけでもないし、
人間てのは汚いものだなんて、考えたいわけでもない。
もっと「たいしたものじゃない」と言いたいだけだ。
「たいしたものじゃない」けれど、素敵なのだ。

いつも勇気があって、いつも正しいことを選べて、
いつも強いものに反抗して弱いものに味方して、
約束したことをしっかり守り、裏切らず、欲をかかず、
しかも杓子定規にならずにちょっと悪いこともやり、
品格があって、もてちゃってる‥‥なんて人は、いない。
悪いことについての想像力もない人が、
ほんとうにいたとしたら、それは
「天然」と言われるジャンルの人だ。
あるいは、世間知らずであるだけのこどもだ。

世のお父さんが、
みんな「不良だった」と言いたがるのは、
まぁまぁいいことにしよう。
でも、もっと大人たちは、憶えていたほうがいい。
自分が、(すべて心ならずも、と考えてもいい)
ウソをついたこと、
裏切ったこと、
卑怯なふるまいをしたこと、
約束をやぶったこと、
問題に立ち向かえなくて逃げたこと、
見栄を張って飾ったこと、
ずるいルールやぶりをしたこと、
弱いものいじめをしたこと、
強いものにへつらったこと、
わかりもしないことを知ったかぶりしたこと、
こっそり他人の足をひっぱったこと、
人に暴力をふるったこと
‥‥などなどなどを、
自分が、
やった、
ということを忘れないほうがいい。

言いたくはないけれど、ぼくはやってきている。
好き好んでやってきたとまでは言いたくないけれど、
ひととおりの悪いこと、いや、
(悪いこと、というのはちょっとかっこよすぎる)
みにくいことを、やってきている。
だから、人のやるみにくいことについて、
そう簡単に責めたりはできないと思っている。

「恥を知れ!」というようなことを、
よく言いたがる人たちこそ、
もっと恥ずかしいと思ったほうがいい。
その人たちは、大人として生きてきて、
「みにくいこと」をやってこなかったという、
いちばんタチの悪いウソをついている。

世のお父さんたちは、
「不良だった」なんて冗談を言ってないでさ、
自分がやってきたいちばん「卑怯」だったことについて、
最愛の人に語るほうがいいんじゃないかなぁ。
「誰にも秘密なんだけれど、おまえにだけは言う」と、
自分の小ささを原点にして、
「それでも肯定されるべき人間」について、
語るほうがいいと思うのだ。

「お父さんは、卑怯だったんだよ」と言いだして、
それ以上は続けなくてもいいかもしれない。
でも、そこまでは言ってみては、どうだろうか?

このページへの感想などは、メールの表題に、
「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2007-05-07-MON

BACK
戻る