ITOI
ダーリンコラム

<あなたは、こんがらがっている>

自分のこととして考えると、よくわかるのだけれど、
だいたい毎日、こんがらがっているものだ。
「こんがらがっている」ということばは、
ごぞんじのとおり、糸などが混乱して、
道筋がわからなくなっている状態のことだ。

一方の先っぽは、案外見えていたりする。
それが、どこをどう通って、どこに向かっているのか、
まったくわからない状態になっている。
もっとも大きいヒントは、
「もともと糸は一本です」ということだけだ。
気持ちが急いているときには、
あちこちをいじくり回して、混乱に輪をかけてしまう。

目で見ても、こんがらがった糸をほぐす方法は、
すぐには見つからないし、
おそらく、それを手早くほぐすような
「コツ」もないはずだ。
「こんがらがっている」状態というのは、
そのつど、ちがうからだ。

しかし、糸のたとえで言うと、
あらゆるこんがらがった糸というのは、
根気よくていねいにほどいていけば、
いつかは、すっと一本の糸にもどせる。
逆に、「何か特別にいい方法があるか?」と、
それを探そうとすると、
ますますこんがらがることになる。

現代に生きている人は、こんがらがった問題を、
おそらく無数に抱えていて、
こんがらがった問題どうしが、さらに組み合わさって、
こんがらがった問題とこんがらがった問題が、
複雑にこんがらがったりしている。
これは、魔法の法則を探しだせばいつか解決する、
というようなことではないのだと思うのだ。

さまざまなこんがらがった問題を、
さらに複雑にこんがらがっているように見立てて、
いかに解決が難しいかについて語る仕事もある。
わざわざ話をややこしくして、
それを、ちょっとだけほどいてみせると、
ほどき方が上手なように思わせられたりする。
頭のいい人の商売は、
だいたいこういうもののように思える。
会議なんかに、こういう人がいるとつらい。
進まなくなる会議のほうが利口そうに見えたりするから、
始末がわるい。

最初に、自分のこととして考えるとよくわかる、
と言ったけれど、ほんとうにぼくもこんがらがっている。
毎日毎夜、こんがらがっている。
こんがらがった糸をほどく方法について、
いろんな人の意見を聞こうが、
山ほどある本を片っ端から読もうが、
実は、こんがらがった状態は元のままなのだ。
どうしたらいいのか、答えはいつも同じなのだ。
とにかく、ほどきはじめることしかないのだ。
ほどくことを、はじめる。
それしかないのだ。

ノートに、こんがらがっている問題を書いてみる。
複雑に思いたいのなら、複雑に書けばいい。
うまく書けないのなら、うまく書けない状態を書けばいい。
これで、もう、ほどきはじめたことになるのだ。
他所から、ほどき方を仕入れようとしているのではなく、
自分が、こんがらがっているということを認める。
どこからでも、とにかく手をつける。
重要なのは、自分の手が動きはじめるということなのだ。

はじまりさえすれば、かならず、いつかほどける。
絶望的にこんがらがっていた問題に、
「まず、これをしよう」という糸口が見つかる。
糸口さえ見つかったら、あとは、
急がずに、少しずつでも具体的にほどいていくだけだ。
ちょっとでもほどけてくると、
こんがらがっていると思われたことが、
案外、あんまり複雑でなかったことが、
だいたいはわかってしまうものだ。

ぼく自身、こんなことを、
知ったかぶりをして書いているけれど、
最初に言ったように、毎日毎夜こんがらがっている。
あれもこれも、それも、いろんなモノゴトが
複雑にからまりあっているように思えて、
最初の手がつかないことが多い。
はじめればいい、と知っていても、
そのことを思い出すのに、時間がかかったりしてしまう。

今回、タイトルに
「あなたはこんがらがっている」と書いたら、
なんだかとても気持ちがよかった。
「我もこんがらがるものなり」と、
決めてしまったら、逆に楽になるようだった。

具体的な例をひとつも出さないで、
ある種、観念的にここまで書いてきたのだけれど、
「糸の束」をイメージしながら読んでもらえばいい。
読む人それぞれのこんがらがった問題は、
たぶん、みんな糸口の在り処もちがうと思うのだ。
人間関係でこんがらがっている人、
仕事の取引でこんがらがっている人、
将来のことを考えてこんがらがっている人、
一見、同じ問題に見えても、
それぞれの糸口も、ありうべき結果も、みんなちがう。

まずは、最高の解決法なんかありえないと知って、
バカのように、ちょっとずつほぐしてみることだ。
ぼく自身も、そうします。
案外、それはたのしいことだったりもするので。

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2005-08-22-MON

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