ITOI
ダーリンコラム

<中越地区のある町の観光再生のための企画>

先日、広告代理店を通じて、
ある地方の「観光宣伝計画」の
企画コンペに参加しませんか、
というような依頼があった。

競合の仕事だと、その競合に勝たないと仕事にならない。
しかも、「いいプラン」と「勝つプラン」が、
同じであるとは限らないので、
「勝つため」の時間的コストも、
労力のコストもかけなければならないわけだ。
それが、だんだんと「いいプラン」から
逸脱してきていても、勝つプランが求められていく。
みんなが勝つプランを考えていくような状況では、
どうしても企画が似たり寄ったりになっていく。
かくして、リスクが少なくて見栄えのいい、
おもしろくもない企画ができあがっていく。

というようなことを、ぼくは妄想してしまうので、
基本的に「競合」での仕事は、ご遠慮することが多い。
しかも、いまのように「ほぼ日」のやりたいプランが
湯水のように湧いている毎日では、
頼まれた仕事にいくら本気で取り組もうとしても、
どうしても時間がない。
ということで、参加は遠慮することにした。

しかし、テーマについては、
実は、お断りしたものの、真剣に考えたのだった。
なぜならば、
「観光宣伝計画」を必要としている
「ある地方」とは、
中越の地震で大きな被害を受けた町だったからだ。
これは、やっぱり仕事として参加しないまでも、
自分に考えられることは、考えてみようと思った。

仕事として考えないほうが、ぼくとしても、
勝つための方策を意識しなくていいから、
フリーハンドで、思い切ったことを言える。
考えたことを、ここに仕事としてでなく、
記しておけばいいと思った。
営業妨害するようなつもりはない。
コンペに参加する人たちも、依頼主の町の人も、
「こういうアホな考えの人間もいるのか」とか、
「こんな人に頼まなくてよかった」とか、
「こんなやつに負けないように思いっきりやろう」とかの、
材料にしてくれたらいい。そう考えた。

読むだけなら迷惑にもならないと思うので、
かたちを整えないままにして、
この町の「観光宣伝プラン」について、
考えの断片を書き並べておく。

依頼の経緯について書かれたものを読むと、
・この町は、基本的に観光(主にスキー)によって
 経済的に成り立ってきた。
・しかし、ここ10年以上、観光客は減少し続けている。
さらに、
・地震の直接的な被害からは免れえたものの、
 冬期の観光客の95%が、
 予約をキャンセルしてきている。

というような状況らしい。
つまり、この状態では、
地震によって職を失った被災者のための
働ける場も用意できないというわけだ。

・この町には、美味しい水、美味しいコメ、山の幸、
 景観にすぐれた山々、川、歴史のある温泉がある。
 これを恵まれた資源と考えたい、という。

材料は、これだけだ。
仕事として引き受ける場合には、
もっと詳細な情報を知ることになると思う。
そして、さらに、
依頼主の「ほんとうに実現したいこと」や、
動機についてのインタビューがほしくなると思う。
だが、基本的には、
情報は以上ですべてと考えていいと思う。
詳細であることよりも、
「これしかない」と、いったん決めてしまうほうが、
覚悟が決まるということだ。

この先は、さらに粗いメモのようなものだ。
しかし、本気で考えていることなのである。
ふざけているわけではない。

・まず、スキーの客に頼りすぎる観光から脱皮するには、
 この冬の95%キャンセルという事実は、
 「災い転じて福となす」ためには絶好の機会だ。

・スキー客は、積雪のある季節のみの客であり、
 さらに、スキーという遊びをする人であり、
 年齢層も広いとは言えない、
 と、やたらに条件がややこしい。
 例えば、あなたの近くにスキーをする人は、
 どれくらいいるだろうか?
 あんまり、いないと思うのだ。
 その少ないお客さんを、あちこちのスキー場と、
 奪い合いをするために支払うコストは高すぎる。

・いままで「この町」に来てくれなかった
 日本中のほとんどの人たちのなかに、
 新しい市場を立てよう。

・「美味しい水、美味しいコメ、山の幸、
 景観にすぐれた山々、川、歴史のある温泉」は、
 もちろん観光資源ではある。
 しかし、都市周辺以外のほとんどの田舎には、
 「美味しい水、山の幸、景観にすぐれた山々、川」
 くらいはある、と思ったほうがいい。
 ということは、つまり、
 「美味しい水、山の幸、景観にすぐれた山々、川」
 のある、ほとんどの田舎の人たちは、
 この町を訪れる理由がないということだ。
 『緑と水の町○○へようこそ』みたいな看板が、
 日本中にあるのだ、それが現実だ。

・しかし、「歴史のある温泉」は、
 どこにでもあるというものではない。
 「歴史のない温泉」でもあったほうがいい、というわけで
 あちこちの観光地が「and温泉」をねらって、
 大きな予算をかけて温泉を掘っている。
 それくらいの価値のある武器が温泉だ。
 だが、あらゆる温泉は観光資源ではあるけれど、
 それだけで人が集まるほど万能のアイテムではない。

・「美味しい水、美味しいコメ」
 これを、堂々と言って、誰もが認めるという地は、
 日本中でも、この地しかないだろう。
 これは、ぼくの個人的な体験だけれど、
 この町にスキーに行ったことがある。
 中学生が泊れるような、いちばん安い民宿で出された
 朝ごはんのコメがあんまりうまくて、
 びっくりしたことがある。
 このへんの人たちは、
 とんでもなくうまいコメをふつうに食べている。

・コメのめしがうまい、ということにおいて、
 すでにこの地方は、ブランドとなっている。
 しかも、日本一ブランドと言っていいほどの
 強いブランドになっている。

・「グルメ」は、いま最高の観光資源である。
 日本海のカニをめぐって、
 どれだけの人口が移動していることか?
 日本のラーメンの歴史は、
 「ラーメンご当地」エントリーの歴史である。

・「コメのめしの旅」!
 観光の核は、この「コメのめし」という、
 あらゆる日本人にとっての基本中の基本のおいしさを、
 万人に味わってもらおうということになる。
 このとき、「美味しいコメ」を育てた「美味しい水」が、
 こんどは、そのコメを炊くための秘密兵器になる。

・さて、ここまで決めたら、
 ほんとうは勝ったようなものだ。
 あらゆることを、「コメのめしの旅」を
 見事に成立させるために考えていくのだ。
 だから、ここから
 「商品をつくる地元の人々」の大仕事がはじまる。

この地の名産である「おいしいコメ」を、
ぴっかぴかのお姫さまだと考えてみよう。
限りなくすばらしい主役だ。
しかし、お姫さまを、
裸でそこに放り出しておくわけには行かないだろう?
お姫さまを喜ばせることを、
お姫さまを飾ることを、
お姫さまの内面からの美しさを磨くことを、
お姫さまへの求婚者たちを、
お姫さまの御殿を、
お姫さまの物語を、
次々に考えて、この町に集めていくのだ。

もうちょっと、現実的に考えてみようか。
最高の「コメのめし」を食べに行かないか?
と、誘われたら、誰でも強い興味を持つことだろう。
ただ、「コメのめし」だけがあっても、
どうにもならない。
『七人の侍』という黒沢明監督の映画では、
農民たちが、コメのめしでにぎりめしをつくって、
そいつをルアーにして用心棒の侍を募集するのだけれど、
そのにぎりめしが、とんでもなく魅力的だったっけ。
‥‥と、そういう時代ではないので、
ただの塩むすびだけでは、観光客を呼ぶのは無理だ。
ただの塩むすびがうまいのは知っているけれど、
それを観光の目玉にするというようなことは、
そりゃぁ、もうコメのめしファンというより、
マニア対象のプランになってしまう。

コメのめしは、やはりごはん茶わんによそってほしい。
だったら、「ごはん茶わん」が必要になる。
最高のコメのめし姫にぴったりの「ごはん茶わん」は、
日本中のどことどこからやってくるのだろうか?
それこそ、日本中から
いろんな素敵なごはん茶わんを集めて、
どの茶わんで食べたいか、お客さんに決めてもらう。
滞在中は、その茶わんでごはんを食べる。
そして、そのまま、帰りにお土産として
持って帰ってもらうなんてことも楽しそうだ。
これを実現するためには、
日本中の陶磁器の名産地に向かって、
この町からの呼びかけをする必要がでてくる。
きっとあちこちの「茶わんの町」だって、
売り先を探しているにちがいないから、
このプランには乗ったほうが得だ。

コメのめしを食べるのに、いちばんいい箸も、
それを炊くのにいちばんいい釜も、
食器の類いは、すべて、日本中のいいものを集める。
この町が、「コメのめし博覧会」の
幹事になったと思えばいいのだと思う。

続いて、副食、というか、コメのめし以外の料理だ。
コメのめし姫の家来たちが必要になる。
どういうおかずが、おいしいコメのめしを
いちばんひきたててくれるか?
日本中には、そのための「うまいもの」が山ほどある。
文字通り、「ままかり」なんていう名の食品もある。
「これさえあれば、何杯でもめしが食えちゃうよ」
というものが、あなたのふるさとにもあるだろう。
それも、すべて集めまくればいい。
塩鮭は、どこにどんないいものがあるか?
タラコは、どういうものがどこにある?
昆布の佃煮は、どれがいいか?
たくわんも、おいしいのがほしいね。
漬物は、もう、支店を出してもらったらどうだ?
梅干しにしても、最高級の宝物みたいなやつを仕入れて、
話のタネに「一粒一万円の梅干し」とか、
売ってもいいのではないか。

各県の、観光課と密に連絡をとったら、
以上のような計画は、実現可能なことばかりである。
「炊き立てのおいしいおいしいコメのめし」を、
さらにおいしく食べさせてくれるお膳立てを、
どんどん組み立てて行くのだ。

コメといえば、稲だ。
稲の育て方、などを伝える観光博物館があってもいい。
また、コメのめしを売り物にしていくにも、
料理のセンスが悪くてはいけないから、
各地のうまいものを仕入れると同時に、
できるだけ、「信州フェア期間」とか「山形祭り」とか、
各地のための特別な期間を設定して、
料理人ごと招聘してしまい、
そのノウハウを伝授してもらうなどの、
食の文化交流があるといいだろう。

肉や魚、わかりやすいご馳走をメインにした、
平凡でハイカロリー、ハイコストなグルメツアーに比べ、
「コメのめしの旅」は、ローカロリーでリーズナブルだ。
しかし、予算に糸目はつけないという場合には、
ふつうの献立に見えて、実は「最高のぜいたく」という、
センスのいい和食が提供できる。
最高級のごはん茶わんに、最高のごはんをよそって、
最高の出汁をとり、最高の野菜をつかったみそ汁を添え、
天然のぶりの塩焼きを少々、漬物は京都から選りすぐり、
最高の卵に最高のしょうゆをちょっと加えて、
卵かけごはんも食べつつ‥‥。

これで、温泉もあるのだからたまらない。

・カギは、この町が呼びかけて、
 日本中の「うまいもの文化交流」を実現することである。
 市場を編集すれば、儲けたい人、試したい人、
 売り出したい人は、自然にその舞台にやってくる。

以上が、おおざっぱではあるけれど、
中越のある町の観光再生プランである。
「なにもわかっちゃいない人間の、無責任なよた話」
に思われたかもしれないし、
「これはやってみたい」と思われたかもしれない。
どちらにしても、ほんとうに頭と身体を
フルに動かしてがんばらなくてはならないのは、
その地に住んでいて、
その地を真剣になんとかしたいと思っている人たちだ。

コメのめしの大好きなぼくは、仕事としては
引き受けなかったけれど、こんなことを考えた、と、
ここに記録しておきます。
少しでもお役に立つと思われたら、
ご自由にお使いください。
また、少し変化させたら、地方の観光地どこにでも
応用できるような内容も含まれています。
少しでも刺激になってもらえたら、うれしいです。


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「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
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2004-11-29-MON

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