ITOI
ダーリンコラム

<活かす>

とにもかくにも、「活かす」ということが、
いちばんみんな求めていることなんじゃないかと、
ずっと考えている。
「活かす」人間でありたい、とか、
「活かす」会社にしたいとか、
「活かす」ものを応援したいとか、
そういうふうなことをよく考えている。


いつも、いろんな「時代のキイワード」というものがある。
ぼくは、そういう言葉にあんまり惑わされないように、
というくらいのつもりで暮しているのだけれど、
世間が、どういう言葉をキイにして動いているか、
については、自然に意識してしまっているようだ。

たとえば、「環境」というキイワードがある。
これは、人間の生きるための環境
(光や水や空気などなど)が「活かされている」ことが、
よい環境というふうに言える。
汚れた水は、水として、活かされてないから、
捨て場に困るようなことになるわけだし、
ヒートアイランド現象を起こしている都市は、
土や緑が活かされてない状態にあるということだ。

また、いま日本のなかでそれなりの問題になっている
「プロ野球」の問題にしても、
近鉄とオリックスが唐突に合併を発表したときに、
それぞれの球団の選手たちファンたち、
また、それに影響を受けるであろう
たくさんの別の球団の選手たち、ファンたちが、
「自分たちの存在が活かされなくなる」
という不安を抱えて、立ち上がっているわけだ。

病気というのは、人体の一部分が、
本来の使われるべき動きができない状態にあるわけで、
肝臓なら肝臓、胃なら胃が「活かされている」なら、
健康ということになる。

失業問題というのは、働けるはずの人が、
仕事の場面に「活かされてない」という問題である。

使用されるなり観賞されるなりされることで
「活かされる」はずだった商品が、
売れなかったり、在庫として放っておかれたりするのは、
これまた、活かされていないという問題だ。
売れるようにすることとは、
「活かそうとする」ことに他ならない。

ちょっと磨けば光る才能だって、
そのまま発揮されなければ、どうにもならない。
誰をよろこばせることもできないし、
自分の稼ぎにもなりゃしない。
ここでも、どう「活かす」のか考えることが必要になる。

若い男女が、異性と出合うための
さまざまな大きなコストを払っているのは、
とても比喩的に言うなら、
「あなたを抱きしめるためのふたつの腕」が、
狂おしいほどに「活かしたい」からである。

ぼくが、いま、
こうしてこんな文章をタイピングしているのは、
自分で思いついたなんらかの考えを、
ここに書くことで「活かす」つもりだからだ。
どこまでうまく活かせるかは不明だけれど。

会社の信用が、資金が、人が、歴史が、つきあいが、
うまく「活かされて」いる場合には、
きっとその会社はうまくいっているにちがいない。
その逆に、いろんな要素を、
活かさないように活かさないように動く
システムもあるわけで、そういう場合はうまくいかない。

「自分探し」とかいうものに、
どうしてあんなに人々が夢中になるかということも、
自分がうまく「活かされてない」という疑問が
その動機になっているのではないかと思う。
自分を活かす場があって、
いつも強く求められている人は、
自分を探すよりも、自分が何かを探すことをするだろう。

街を「活かす」方法を考える人もいるだろう。
その国を「活かす」ための政治もあるだろう。
選手を「活かす」ためのコーチも存在している。
そして、その逆のことを必死でやっている人もいそうだ。
そんなつもりはなくても、街を「殺す」人はいるだろう。
その国を「殺す」ようなことを、次々にすることもできる。
選手を「殺す」指導だって、きっとあるにちがいないし、
コーチを「殺す」選手だって、おそらくいるだろう。

武器本来の使い道を「活かして」、
たくさんの人間を「殺している」人びとも、いる。
理想を「活かして」、現実を無慈悲に「殺す」こともある。

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2004-09-06-MON

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