ITOI
ダーリンコラム

<しょうがない>

農業のことを、あらためて
身を入れてやっていこうと思っていると、
ぽつぽつと、こんなことを考えはじめるんですよね。

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「なせば成る、なさねば成らぬ何ごとも。
 成らぬは人の成さざるなりけり」
ということを、ぼくらは教育されてきた。
「やってやれないことはない」も同じだ。
ぼくの心の奥には、まだ、
この考え方が生き延びていると思う。

「やればできるんだ」。
こういう考えが、自分のなかから無くなっちゃうのは、
かなり困るような気もする。
「やればできるんだ」ということを、
一度でも実感したことがある人は、幸せだと思う。

「やればできるんだ」という考えが、
いちばん近いところにあるのは、工業の社会だろう。
それまでの時代には、信じられなかったようなことも、
次の時代にはできるようになったりしているものだ。
乗り物の速度はいくらでも上がっていくように思えたし、
微小な部品をつくる技術は、どこまでも小さくなり、
いくらでもエネルギーを取りだせる装置も可能になり、
休まず働いてくれる機械が、
骨惜しみをせずに「やればできる」を実現してくれる。

「やればできるんだ」で、たいていのことはできそうだ。
できないことがあったとしても、
それは、ごく一部の特殊なことだけであって、
すべてのことは「やればできる」と
言っていいのかもしれない。

なんだか、それは「金で買えないものはない」
という理屈によく似ている。
たまに金で買えないものがあるように見えるけれど、
それでもほとんどのことは金で買えるように思われている。
そんな感じだ、「やればできるんだ」はね。

だから、つまり、その、えーと、
「やればできるんだ」は、その通り!ではあるんだよ。
それはそうなんだ、と認めます。
認めます、けれど、なんだ‥‥。

へ理屈でも何でもなく、
「やればできるんだ」が通用しない世界も、
かなり広いんだ、ということが気になってきている。

おそらく、若いときなどに、
恋愛をしてうまくいかなかった経験のある方なら、
「やればできるんだ」じゃない世界が存在することに、
うすうす気づいていたとは思う。
恋愛の勝者というものがあるとしたら、
それは「やるきのあった人」だとはかぎらない。
なぜある人が成功して、
別のある人がうまくいかなかったのかについて、
「努力したからだよ」とは説明できやしない。

せっかくの遠足の日に、雨が降った。
こどもたちも、そういうときに
「やればできるんだ」は通用しないと知る。
だいたい、生まれてくる家や両親を、
こどもの側は選べない。
優しくて裕福な両親のところに生まれてくるいのちが、
戦場の村に生まれてくるいのちよりも、
努力したということもなかろう。

「やればできる」で、何もかも解決できるというのは、
人間の、ある種の思いあがりだとも言える。
いま、これを書いているのは夜中の2時30分だけれど、
いくらがんばったところで、
すぐに朝を迎えることはできない。
日の出の時刻がくるまでは、太陽は顔を見せてくれない。
明日は寒い1日になるという予報らしいけれど、
ぼくが一所懸命にがんばれば5度くらい温度を上げることが
‥‥できるわけはない。

努力しようが、がんばろうが、
できないことがある、ということは、確かに、あるのだ。
それらは、「しょうがない」と表現されている。
本物の「しょうがない」は、
そこらへんの促成栽培の「しょうがない」に比べて、
もうぜんぜん迫力がちがうと思ったほうがいい。

「成せば成る」だとか、「やればできるんだ」は、
先生や親にとっても、教えやすい考え方なのだけれど、
「しょうがない」のほうは、教えるのがむつかしそうだ。
へたに教えると、
非常に薄っぺらい「シラケ」だの「あきらめ」に
変換されて身についてしまう怖れがある。
しかし、「しょうがない」をわかってないままで、
人間をやっていくのは無理だし、
それは、はた迷惑なことでもある。

最近、あちこちで、「食育」という言葉を目にする。
知育、体育、徳育に、この
「食育」を加えたいということらしい。
ぼくは、賛成だ。
こういう授業で、食物が工業製品とちがって、
無数の「しょうがない」を取り入れてつくられる
農業の産物であることを、こどもたちが知ってくれたら、
未来に期待できるんだけどなぁ。

「やればできるんだ」のみで突っ張っている人ばかりじゃ、
おもしろくもなんともないもんねぇ。
「こんなに愛しているぼくを、
あなたはどうして好きにならないんですか?!」
なんてやつが世の中にあふれちゃったら、コワイぞー。

「しょうがないコントロール」が、
人間の最高の知恵なんじゃないだろうかねぇ。

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2004-03-22-MON
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