ITOI
ダーリンコラム

<1人のスゴイやつができること>


格闘技の世界に「ボブ・サップ」という
とんでもないエネルギーのアスリートが登場して、
いままで最強とか究極とか呼ばれていたような選手を、
なぎ倒している。

とにもかくにも、強いのだ。
もともとアメリカンフットボールのB級選手だったらしいが、
彼を知っている人から聞いたところでは、
ただの力持ちではなくて、
とんでもなく高い能力を持ったアスリートだというのだ。
パンチもキックも、関節技も、
ちょっと教えただけで「使える」までになってしまうという。

時々、格闘技の世界には、
「怪力男」というふうなジャンルの人が登場して、
やっぱり「柔よく剛を制す」というような結果になるのだが、
今回登場のボブ・サップは、
想像されたあらゆる弱点が、「弱点とは言えない」らしく、
いまのところ倒す方法が見当たらないらしい。

しかも、この男、妙に表現力があって、
いわゆる格闘技に出場するときの自分と、
もっとショー的な要素の強いプロレスに出るときと、
両方に通用するような見せ方を心得ている。
「期待されるボブ・サップ像」を、必要以上に演じてくれて、
ある意味では笑いさえもとってしまうキャラクターだ。

こういう人が、勝っちゃったら、
いままでの格闘技の世界はどうなるんだ、という
途方に暮れるような思いが、ある。
へたをすると、
「こういう選手がいること自体、信じたくない」
というふうに考えている人もいるかもしれない。
存在が反則だ、とかね。
これまでの格闘技の世界が崩壊するとさえ言う人もいる。

格闘技をはじめて数カ月の選手に、
頂点を極められたら、いままでやってきた戦略やら、
修練やら、経験やらはどういう意味を持つんだ。
そんな意見も聞く。
ぼくだって、その業界の人間だったら、
虚無感に襲われているかもしれない。

しかし、急に、わかったような気がしたんだよ。
「ボブ・サップの強さは、強さの遺伝子を残せない」
つまり、「オレのように強くなる方法」を、
生み出せないというものだと思ったんだ。
アスリートとしての凄い才能、
それを最大に活かす体力をもつ「怪力男」は、
彼一代で終わるしかないという誇りと悲しみを持つ。
それはそれで、素晴らしいことだとは思うのだけれど、
やっぱり「子孫を持てない強さ」というのは、
世界を崩壊させる力にはならないと思うのだ。

仮に、ボブ・サップが格闘技界の頂点に君臨しても、
年齢の衰えとともにいつかは
その座を降りなくてはならなくなる。
そのときに、誰が新しい王者になるのか。
また、別の「ボブ・サップ」的な才能を持つものが?
あるいは、まったくちがった強さを持った人間が?
それは予想もつかないのだけれどねぇ。

「ボブ・サップには勝てないけれど、強い」という
2番目以下の選手も、十二分にスゴイ。
ぼくらのような無責任な観客は、
1番のほうばかりに目をやっているけれど、
15番目の人も、8番目の人も、もっと強くなるために
いまも必死で次の試合に臨んでいるわけだ。
格闘技界の崩壊なんて、
ボブ・サップひとりでできることではない。
プロモーターは、そういうことがわかっていたから、
ああいう怪物を、リングに登場させたんだろうなぁ。

2002-11-04-MON

BACK
戻る