ITOI
ダーリンコラム

<不動産のことを歌うというのは>


最近の流行している歌については、
ほとんど知らないので、いまはもうないのかもしれないけど、
歌詞のなかに「不動産」の入っている歌がある。
どういうわけなんだか、
そういう歌には、妙な説得力があるのだ。

ロマン歌謡みたいなジャンルに、
『夜の銀狐』ってのがあるんだけれど、
ここには「小さなマンション」がでてくる。
へたに引用すると版権の問題がありそうなので、
説明的に書くけれど、
「小さなマンションを、愛するおまえのために探したよ。
 いっしょに住みたいものだね。
 そこでの暮らし・・・・おまえのエプロン姿は似合うだろう」
ってなことが歌われている。
心ならずも夜のお勤めをしている女性に、
自分と落ち着かないかい、と誘っている歌だ。

同じようなタイプでは、美川憲一の
『お金をちょうだい』というスゴイ歌もある。
これも、説明的に書くけれど、
「あなたとの別れに際して、お金をちょうだい。
 あなた自身の生活に影響しない範囲の金額でいいわ。
 そのいただいたお金で、わたしはアパートを借りるのよ」
ってなことですね。
ま、つまりは、情愛の部分を表面に出すことなく
「さばけた女」の演技をする女の心を描いている、と。

演歌的なところばかりに不動産が登場するわけじゃない。
郷ひろみのアイドル時代にヒットした
『よろしく哀愁』から。
「キミは、なにかにつけて泣くけれど、
 それは見ず知らずの通行人たちが見ているのだよ。
 ふたりで暮らすアパートがあったら、
 そんなことを気にしなくてもいいのだけれど」
という意味の歌詞で、安井かずみさんの大傑作だね。
若さゆえに、ふたりはそれぞれの両親の家にいるのだろう。

フォークソングっていうジャンルでは、
南こうせつとかぐや姫の有名なヒット曲
『神田川』を忘れるわけにはいかない。
「ふたりで三畳一間の小さな下宿に暮らしている」
トイレは知らないけれど、バスはもちろん付いてないので、
この若いふたりは近所の銭湯に通うのだ。

まだある。
小坂明子という人の大ヒット曲
『あなた』は、いまも多くの女性の心の中心軸に残っている。
「わたしがもし家を建てるということになったら、
 白い家がいいと考えている。
 ドアやカーテンも白いのがいい。
 犬なども、もちろんいるほうが理想的である。
 そして、その家には、あなたが欠かせない」
マンション、アパートでなく、「家」である分だけでかい。
しかし、でかくなった分だけ、独特の不動産味は薄い。

ま、こうして、不動産の読み込まれた歌詞を
いくつか並べてきたのだけれど、
ここから大論文を書くというつもりはない。
ぼくが言いたいのは、
不動産のある景色を歌詞のなかに描くと、
強烈なリアリティが生まれるということだけだ。
「住む」「暮らす」ということの、重みを
軽んじてはいかんなぁと、思う。

斉須政雄さんの『調理場という戦場』のなかに、
フランスで料理人修業をしていたときに、
住むところについて斉須さんが、どう考えていたかと
語っているくだりがある。
住むところなんてどうでもいい、とか、
家を持つことに追われて生きるのはアホらしいとか、
身軽さを信条にしてきたつもりのぼくは、
「あ、それだけじゃないんだ、この問題は」と、
はじめて気づかされた。

出撃するにも、戻って休むにも「ホーム」が必要だ。
その「ホーム」を、「ただあればいいもの」と、
見くびって考えるのは、子供っぽいのかもしれない。
何歳になっても、こういうことは、
教えてくれる人がいるわけじゃないので、
自分で考えるより他はないみたいだ。
でも、家のローンに追われて冒険できなくなる人々を、
たくさん見過ぎてきたような気もするんでさぁ。

2002-06-24-MON

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