ITOI
ダーリンコラム

<結果と原因を逆転させる>

NHKの『ようこそ先輩』って番組は、
だいたい見て後悔したことがないんだけど、
メジャーリーグの長谷川滋利投手の回は、
じつにまぁ、子供より大人が勉強させられてしまった。

(長谷川投手について、もっと詳しく知りたい方は、
検索エンジンなどで、名前を入れて検索してみてください)

番組で、授業の目玉になっていたのは、
小学生たちにボールを投げさせ、
的当てゲームをやらせるということだった。
まず、ひととおり、実際に投げさせ、当てさせてみる。
もともと野球の好きな子供にやらせているのでもないし、
もちろん、野球なんかしたことない女の子たちも参加。
なんの練習もしていないし、当たる率は相当に低い。

その後、長谷川さんは、ひとつのことをみんなに教える。
自分もアメリカで習ったというメンタルトレーニングだ。

マウンドに立って、緊張が最大になったとき、
自然に心拍数はあがって、呼吸が速くなる。
その結果、無駄に力の入った
コントロールされないボールが投げられ、
悪い結果につながる。
この状態を避けるためには、どうしたらいいか。
『呼吸をゆっくりする』のである。
呼吸の速度は、自分の意志でコントロールできる。
だから、それをするわけだ。
するとどうなるか。
心拍数がさがるのである。
そして、身体がリラックスして最大の力を出す。
そういう理屈なのである。

そんな理屈を言われても、信じられないかもしれない。
しかし、小学生たちは、長谷川先生の言うとおりに、
マウンドに立ち、呼吸をゆっくりして、
前の時と同じように的に向かって投げた。
と、的に当たる確率が驚くほどアップしたのだ。
数字を憶えていなくてもうしわけないけれど、
たしかによく当たるようになっていた。

フォームの練習をさせたわけではない。
呼吸をゆっくりにさせただけなのだ。
むろん、最初に一度も当たらなかった子供が、
2度目もまたひとつも当たらなかったという例もある。
しかし、クラス全体の当たった回数は、
飛躍的に伸びていたのだ。

一般にメンタルトレーニングというと、
瞑想であるとか、座禅であるとか、
はたまた「人という字を掌に書いて飲み込む」とか、
気持ちで気持ちを変えるというイメージがあるが、
長谷川先生のやってみせたことは、
呼吸という肉体的な運動を、コントロールする。
これにはびっくりもしたし、
なんだかいろいろ考えさせられた。

原因と結果を、ひっくり返すということだ。
・緊張する→心拍数が上がる→呼吸が速くなる→

だから、運動神経のつながりがうまくいかなくなって、
力が発揮できずに悪い結果が出る。
というのが、一般的なパターンだ。
それを、
・呼吸をゆっくりする→心拍数が下がる→緊張がほぐれる。
というふうに、逆さにしてしまうのだ。

結果(というより、経過の一部なんだけど)を、
別の方向に変えてしまうことで、
原因のほうを無化してしまうというやり方。

これ、このパターンって、
他の場面でもたくさんあるはずだ。
・雨が降る→外に出られない
これ、原因と結果だ。
しかし、
・外に出られる・・・→雨なんかどうでもいい。
と逆に考えることもできる。
間の・・・・の部分に、例えば雨具が入ればいいわけだ。
結果を変えて考えることで、原因が無化してしまう。

軽い風邪とかを、
「ひいてないことにして治す」人がいるけれど、
これも同じようなことだ。

よく「欲望は実現する」というようなテキストに、
「それが実現した状態をしっかり想像しなさい」
っていう教えがあったりするけれど、
それも、結果の軸を固定して、
原因を変化させるということなのだろう。

ぼくらは、ともすると、原因のほうを徹底究明して、
それを改善しつくせば結果はでる、と考えがちだ。
しかし、それはそれで必要なことかもしれないけれど、
無限に続くチェックリストと
格闘し続けることになりかねない。

長谷川投手の「呼吸」をゆっくりにする、
という方法のなかには、投球フォームのチェックとか、
打者のデータとかいった要素は入っていない。
クリアにすべきことを、目前の「その時」には
徹底的に少なくするということも重要なのだろう。

投球術については、長谷川先生が
実にいいことを教えてくれたけれど、
さて、プランニングとか、アイディアの出し方については、
どういう方法があるのだろうか。
これも、「実現したようす」を、
できるだけリアルに感じることが大事だという気がする。
「本」だったら、その本のタイトルやら、
読者の感想なんかが先にできていたら、
きっと、それまでの道のりはそこから考えられると思う。
「結果」を先にイメージする。
そこが、「市場」に触れている場所なのだから・・・。

いや、あわてて自分の分野に引きつけて書こうと
思わなくてもいいや。
そのあたりは、またいずれ考えましょう。

2002-01-28-MON

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