ITOI
ダーリンコラム

<町人の場所>

このごろ「武者修業」と称して、
男ともだちや、自分にない経験を持っている人と、
夜中に長い時間おしゃべりすることをやっている。
「ほぼ日」のような気の置けないメディアにすら
掲載しないという前提の、
まるはだかに近い対話というのは、
高校生になったような気分と、
成熟した成人男子の知恵が溶けあって、
ものすごい濃密な時間を生み出してくれる。
ある意味、どんな会議よりも疲れるけれど、
これは麻薬だね。
もっともっと、そういう時間が欲しくなってくる。

もともと、
「青臭さと、最高の知恵がミックスされたような場所」
として、ほぼ日刊イトイ新聞のコンセプトを考えたのだから
それ以上に青臭く経験と知恵に満ちた対話を
ぼくが嫌いなはずはない。
ごめんね。掲載はできないんだ。
公開しないって前提があるからこそできる対話って、
あるからね。

そんな夜中のある時、
「ぼくは、町人なんだよ」と、ぼくは言った。
意地っぱりだけれども、武士じゃないんだよな、と。

ぼくには、国の乱れを憂いている人たちの
夜中の討論番組が、なんだか御前試合のように見える。
いろんな戦法やら武器やら武術やら分析やらが、
スタジオでは次々に語られるけれど、
それがぼくのぼんやりした目には
「腕自慢」に見えてしまう。
大衆というテレビの前の殿様に向かって、
「私のくさりがまで、えいやっ!」とか、
「なーに、ちゃんちゃらおかしいわい。
この刀で、ばっさーーーーっ!」みたいなことを言い合って
武士としての力比べをしている。
その御前試合に勝つことが、武士の仕事である。
腕がないと思われたら大衆という名の殿様は、
彼の言うことを聞かなくなるし、清き一票も入れなくなる。
生きることと、試合をすることが一致しているから、
真剣に武士たちは斬り合ったり、斬り合ったふりをする。

でも、大衆という殿様は、
その御前試合を、「眠くなったから」という理由で、
パチンとスイッチを消してしまって、
「どうする日本?」みたいな【大事なはなし】を
聞くことをやめ、ビールまだあったっけ?なんて言いつつ、
しょんべんして寝てしまうのだ。

武士の方々からしたら、けしからんと思うだろうなぁ。
「殿(おまえら)のために、唾を飛ばして、
激論を闘わせているのに!」と、怒ったりもするよね。
その通りなのかもしれないけれど、
そうやって怒るお侍さんが天下をとったら、
どうなるかというと、
【大事なはなし】をちゃんと聞いてやしない人々に向けて
選挙運動やるわけだから、ぺこぺこ頭を下げちゃう。
あるいは、もっとまじめなお侍さんだと、
そういうちゃんとしてない人を、
「遅れたやつ」とか「けしからんやつ」として、
弾圧しちゃったりする場合もある。
ま、そっちのほうが怖いけどね。

でもねぇ、【大事なはなし】をしっかりやって、
ほんとにいい社会ができたことなんてあったのかな?
と、町人って、つい考えちゃうんだよなぁ。
ルールは少ないほどいいし、
義務としてやらなきゃいけないことなんかは、
少ないほどいいに決まってると思うんだよ。
人間の生活のほとんどは、【大事じゃないはなし】だもん。
でも、なぁ、つい、意地はったり、見栄はったりして、
「俺だっていまの世の中を憂いているんだ」みたいなことを
言いたくなっちゃうのも、これまた町人なんだけどね。
すーぐ忘れちゃうくせにさ。
まじめなポーズをとっていないと、
単なるふざけた人間って思われちゃうから、
そんなこともないんだぜって、見せたくなるのかね。
ぼくも、やってますよ、よく、そういうこと。

町人って、「みんなたいしたことないもんだ」っていう
雑な哲学をベースにしている人なんだと思うのよ。
ちょうど、落語にでてくる登場人物みたいなものでさ。
日本中、世界中が、ろくでもない人間ばかりだと思っても、
そのろくでもなさを退治しようとするのは、
やっぱり生意気だと思うんだ。同じ人間のくせに。
おそらく、ぼくが、いろんな人との対談なんかで、
「インターネットでの発言が、
どうもまじめになっちゃう」ってことを心配そうに
言っているのも、たぶん、このあたりのことが
気になっているからなんだろうなと、思いました。

さて、もう月曜日の朝だ。
しょんべんして寝よ。
ってわけにはいかないので、趣味と生活のための仕事を、
ことこと煮込み料理のようにやっていきますわ。


1999-11-22-MON

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