ITOI
ダーリンコラム

<どっちでもいいという本気>

「どっちの道を行ったら正しいのでしょう?」
こういう質問は、よくあるものだ。
というよりは、世の中のほとんどはそういう質問だ。

あーでこーで、そんな彼と結婚していいものでしょうか?
こうこうこうで、この職業についていいものか?
どうのこうので、あきらめるべきでしょうか?
これこれで、ここはバントするべきですよね?

こういうことを訊かれたとしたら、
ほとんどのまじめな人間なら、
それなりにその状況をできるだけ把握して、
より成功の確立の高い道筋を考え、
そっちをすすめるのだとは思う。
ぼくだって、きっとそういうようなことを、
さんざん言ってきたにちがいない。

これは、いわば、確率論的な答え方である。
右に行くか左に行くか、と訊かれたとき、
ぼく自身の場合だと「上だ!」とか「水じゃ」とかね、
相手のあらかじめ想定した選択肢にないことを、
たまにはいっしょに考えてみることもあるような気もする。

でも、この頃、リアルに思うんですよ。
「どっちでもいいんじゃないのか」ってね。
無責任に思う人もいるでしょうけど、
よくよく考えてみたら、どっちでもいいんだよ、
だいたいのことってのは。

前に、井上陽水って人が、皮肉に明るい笑顔で、
「だけどね、ぼくが歌手になるって言ったときには、
みんなが反対したわけだよね」と、ぽつんと言った。
その言葉は、心に響いたなぁ。
ほんと、ときどきそういうヘビーパンチを繰り出すから、
あの人は恐ろしいんですよね。

井上さんが、歌手になると言ったときに、
なって成功する道が険しいのは、確かなことだ。
そんなこと、誰にだってわかる。
それに、たとえ、その道を歩み出すところまで
うまくいったとしても、
そのまま成功にまでたどりつく確率といったら、
ほとんどゼロに近いくらいに小さいだろう。
もっと言えば、ひとたび成功したように見えても、
そのまま、メジャーでいられる道も、
かなり可能性は小さいはずだ。

井上陽水という、もう音楽の世界ではすっかり大物に
なってしまった人が、
もし、音楽の道を選んでなかったらどうなっていたか。
それを想像することは難しい。
ひょっとしたら、もっと素晴らしい何かを
手に入れていたかもしれない。
そういうことだって、言える。

ゼロに近い確率であたる宝くじにだって、
必ず当選者はいるわけだけれど、
それといっしょではないような気がする。
当たるにはどうしたらいいのかを、
ある程度考えたり工夫したりできることが、
確率を変えてしまう場合があるからだ。

いまごろの季節は、世の中に新入生やら新人やら、
環境の大きな変化を迎えた人々がたくさんいるはずだ。
「はたしてこれでよかったのだろうか」とか、
「これは想像とちがう」とか、
不安になっている人も多いと思う。
でも、「そんなことはわかりゃしないんだよ」と、
ぼくは、思うのだ。
いまさらながら、馬鹿だったなぁと思うのだけれど、
ぼくは、終わってしまったことについては、
失敗も含めて、すべて、「それでよし」と考えてきた。
ポジティブシンキングとか、そういうことじゃないのよ。
その失敗や不運の向こう側には、
案外、もっと行ってみたい場所があったりするのを、
なんとなく信じてきただけだ。

みんなが「そっちでしょう」と言ってくれるような
右だか左だかを、じょうずに選び続けてきた人も、
きっといることはいるのだと思う。
でも、たいていの人は、
「やらなきゃよかった」と思うようなことや、
「ああ、しまった」というようなことを
いっぱいしてきているはずなのだ。
だけど、そういうハズレな場面も、
たいていは、(回り道であったり、
ハンデキャップになったりしても)
そのおかげで見えてくる物事や、
そのせいで拾ったいいものを、残してくれる。

正しいと言われにくい道を選んでしまった人や、
世間の幸福観から逸脱してしまった人や、
何かに失敗している人が、
そのおかげで強くなったり、別のいいチャンスを得たり、
ということを、なんとなく言いたくなっている。

「どっちもOKなんじゃないの?」
それは、実はけっこう失敗してきている自分にも、
ときどき言ってやっているマジックワードなのです。

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『パンのある道には毒蛇がいる。
毒蛇のいる道にはパンがある。
お前さまは、どちらを行くかね?』

【セフティ・マッチの金の言集】より

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2000-05-01-MON

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