ITOI
ダーリンコラム

<ポップの王様のことについてのメモ。>

イタリアから夕方に帰国して、
翌日に掲載する、
この『ダーリンコラム』を書こうとしたのだけれど、
考えがあっちこっち散逸してしまって、
なにを書こうかがわからない。
弱ったものだ。
こういうときには、かつては「休載」していたのだが、
このごろは「休載もあり」ということを、
すっかり忘れていた。

今週は、『ダーリンコラム』を休載します。
と言おうと思ったのだが、
休載するなら休載するなりに、
なにか「置き土産」みたいなものを‥‥と、
「ほぼ日手帳」に乱雑に書きつけてあるメモを探した。
それなりにまとめて原稿にしようかなと思ってたのだが、
これを「それなり」にするには、
もうちょっと「教養」が要りそうなので、
メモのまんま、南伸坊に話すときくらいの感じで、
ここに置いておくことにする。

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時代のヒーローであるマイケル・ジャクソン。
ぼくは見くびっていた。

すごいポップスターだとは思っていたけれど、
その次元じゃないんだね。
「希代のスター」なんて程度ではないということが、
死んでからよくわかった。

「スーパスター」は複数人いるけれど、
「キング・オブ・ポップ」は、彼しかいないというわけ。

すばらしい歌を歌ったから、
すばらしい行動を見せつけたから、
すばらしい人気を認めさせたから‥‥?
それだけでは、「キング=王様」にはなれない。

市民だの、大衆だの、下々だの、人間だのというような
「みんな」の範疇に外れているということが、
キングの資格だからね。

エレファントマンの頭蓋骨を集めたとか、
遊園地を自宅に備え付けたというようなことから、
犯罪にさえ問われるような「ファンタジー」を、
次々に見せてくれたのは、
「王様」らしいふるまいだったとも言えそうだ。
マイケル・ジャクソンの「奇行」の数々は、
下々には理解できない「やんごとなさ」の演出
だったということでもある。

しかし、「奇行」の積み重ねがどれだけあっても、
怪しさや妖しさを持つ「ただのすごい人間」
にしかなれないのではないか。
異常なことをやりつくしたような犯罪者が、
「王様」に格上げされるということはない。

マイケル・ジャクソンは、
「王様」と呼ばれる「資格」を持っていたのではないか。
王権を継承する「三種の神器」のような‥‥?
「王様」の「証」を手にしていたのかもしれないぞ。

あっ!
まずひとつ、あったではないか。
マイケル・ジャクソンは、
「キング・オブ・ロックンロール」であるところの
エルビス・プレスリーの義理の息子であった。
「ロックンロールの王様」あるいは、
ただ「キング」と呼ばれたお方の一人娘
リサ・マリー・プレスリーと結婚し、
「王家」の人になっていたではないか。
ただのスーパースターとは一線を画す歴史的な事実だ。
血筋としての「王様」の資格は、ここにすでにあった。

次に、
有名な歴史がある。
神話の人々でもある「ビートルズ」の楽曲の版権を、
マイケル・ジャクソンが持っている。
これは「王様」が「教典」を持っているようなものだ。
王位継承の資格のひとつが、これだとは言えないか。
ただのスーパースターが、
これほど重要な「古文書」を所持できるはずはない。
キング・オブ・ポップだからこそ、
王家の図書館にこそ、この「教典」はふさわしい。

三種の神器というからには、
もうひとつの要素がほしいのだけれど、
それがわからない。
「王家の血筋」があって、
「王家の教典」を所持していて‥‥あ、あとは奇跡?

肌の色を変えていったということかなぁ。
なんやかんや言っても、いまの世界というのは、
白人が主導権をとっている社会だ。
大衆音楽の歴史でも、白い人たちが中心だった。
ここにマイケル・ジャクソンが、
黒い肌のままで王様として君臨するのは、
むつかしいという判断があったのだろうか。
彼は、白い人になるという「奇跡」の途上にいた。

しかし、バラク・オバマという
初めての黒人系大統領が実現した年に、
マイケル・ジャクソンが亡くなったというのは、
なんとも不思議な巡り合わせを感じる。
マイケル・ジャクソンの肌が黒いままだったら、
「キング・オブ・ポップ」として、
新しい時代に生きられたような気もするのだ。

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以上、「ほぼ日手帳」に汚い字で書かれたメモを、
ほんの少し整理して掲載しました。
どうでもいいような雑談ではありますが。

このページへの感想などは、メールの表題に、
「ダーリンコラムを読んで」と書いて、
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2009-10-26-MON
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