ITOI
ダーリンコラム

<社長運転手論>

夜中に、ふと思いついたのが、
タイトルにあるような「社長運転手論」だった。
「いい会社」を考えていくときに、
「社長ってのは、運転手なのか」と思いついたら、
なにかちょっと重要なものに触っているような気がした。
きっと、後で読んだらなんのこっちゃ、というようなことも
混じるのだろうとは思うけれど、
熱いうちに、ここに書き留めておこうと思った。

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いつぞやあったような、放送会社やらプロ野球球団やらの、
株式をめぐる事件が、また起こっている。
こういうことが起こるたびに思うのは、
どちらかの言い分が、とても納得のいくものだったら、
事件にも問題にもならずに、
「さて今日のニュースです。
 楽天がTBSを買いました。今後の経営はこうなります」
というふうに、ただの事実として
さらっと報道されるだけなのだろうと思う。

ある立場の人の考え方を、別の立場の人は納得できない。
どちらも、自分の側の考え方が正しいと言うから、
衝突や対立が見えてくるわけだ。
衝突や対立というのは、ドラマの基本だから、
「なんだかよくわからないけど、おもしろいぞ!」と、
人々が群がってくる。
ま、もともと、人々が興味を持ちやすく群がりやすい
「テレビ局」とか「プロ野球球団」とかだから、
買いたいと思う企業が名乗りをあげるわけなのだけれど。

このあたりのことについては、
いやというほど、いろんな人が語ってきている。
岩井克人さんの『会社はだれのものか?』など、
「ほぼ日」でも紹介した意見はあるし、
自分なりにいろいろ読んできたつもりなのだけれど、
どちらが正しい考え方なのか、という論理については、
いちおう出尽くしているのではないだろうか。

ぼくが、いまつくづく思うのは、
「感じ」について語る人がいなかったなぁ、ということだ。
「論理が正しければ、それに従う」というのは、
近代人として、まことに常識的な考え方だけれど、
人間というややこしいものが関係しあって暮らしている
社会ってやつは、そんなふうには動いていない。
動く面もあるだろうけれど、動かないことも多い。
早い話が、結婚のプロポーズを受けた人が、
「ぼくを選ぶべきだという
 相手の論理が正しかったから結婚します」と、言うか?
 
今回の「楽天」によるTBS株の買い占めにしても、
「村上ファンド」の阪神電鉄の株買い占めにしても、
もう過去になってしまった
ライブドアによるニッポン放送株買い占めにしても、
その事実を耳にしたときに、誰でもが、
まずなにかを「感じた」のだと思うのだ。
「いい感じ」「いやな感じ」どっちにしても、
なにかを「感じた」はずだと思うのだ。
なにかを感じて、その後、それはどういう意味なのか、
自分としてはどう考えればいいのか、
他の人々は、どう言っているのか、などなど、
「考える」ことを始めたのだと思う。

そして、これはかなり重要なことなのだけれど、
最初に「感じた」ことを補うかたちで、
「考える」ようになっていったのではなかろうか。
だから感情的になってはいけないのだ、と
言う人は言うかもしれないけれど、
たいていの人間の心理は、
そんなふうに動くのではなかろうか。
ただどうしても「感じ」は、無視されやすい。
討論番組などで「やな感じだから反対です」
なんて言ったら、追い出されてしまうかもしれない。
「感情論で語らないでくれよ!」と怒られるだろうな。

しかし、「感じ」を無視するわけにはいかないのだ。
たぶん、そのあたりのことを、いま最も意識的に
応用しているのが、自民党の小泉総裁なのだろう。
「感じ」を無視するどころか、
「感じ」を軸にして、選挙を戦ったのだと思う。
そういうことを理解している人も
おおぜいいるのだろうけれど、
マスのメディアでも、インターネットなどでも、
真剣に「感じ」を語っているのを見ていない。

ライブドアの仕掛けたことについて、
今回の村上ファンド、楽天のやりかけていることについて、
人は、どういう「感じ」を持っていたのか、いるのか。
それが知りたいと思った。
そのためには、
自分自身は、どういう「感じ」を持っているのか?
ずっと考えていたのだった。

そして、ある日、唐突にひらめいた。
『社長運転手論』がベースにあるのではないか、と。
会社が誰のものかについての考え方より先に、
まずは、直感的に
「会社がどういうふうに動いているか?」が、
人々の「感じ」を決めているはずだと思ったのだ。
何かわかりやすいものに喩えなければ、
会社というような抽象的なもののことを
感じることはできにくいはずだ。

「おおぜいの社員がいる空間があって、
 なにかしらの目的に向かって進んでいて、
 動き続けて稼ぎだしている何やら?」
会社とは漠然とそうイメージできるものであろう。
それは、自動車に似ている。
特に、大勢を乗せているバスに似ている。
人は、「会社の行方」などというときに、
無意識に、バスが走っているところを
イメージして語っているのかもしれない。
そう仮説を立ててみたら、なんだか
「感じ」のことがものすごく見えやすくなったのだった。

会社がバスだとしたら、社長は運転手なのだ。
経営とは、どう走ってどこへ行くかである、
と言うこともできそうだ。
これが、会社に関わる「感じ」の基礎キットになる。
そういえば、そんな「感じ」だなぁ、と思えない人には、
もう謝っちゃうしかない。
仮説だし、「感じ」の話だからね、とお断りしておく。

会社がバスで、社長が運転手というイメージを、
「そういえば、そうだ」と感じでもらえたら、次に行ける。

大量の株式を手に入れて、経営に割り込んでくる行為は、
「そのバスの持ち主は、わたくしになりました。
 運転席をどいてください。わたくしが運転します」
というふうに感じられることだろう。

いままでのバスの走りに不満を持っていた人や、
これからのバスの運転は、この速度じゃダメだと
考えていたような人は、
「お、いいぞ」と感じるかもしれない。

また、これまでの走りに物足りなさはあったものの、
新しい運転手が信用できない
という「感じ」をいだく人も、いることだろう。

「わたくしの運転は、すばらしく上手です。
 目的地も、いままで考えられなかったくらいに
 遠くに設定いたしましょう。
 新しいオプションもいっぱい取り付けて、
 ものすごい速度で、お連れしましょう」
という演説を聞くと、
「いいぞ。これはたのしみだ」という
「感じ」も引き起されるだろうし、
「そういう長距離を突っ走るのは、
 かなりの運転テクニックが必要なはずだ。
 事故があったらたいへんだぞ」
と警戒心の強まった「感じ」を抱かせるかもしれない。

また、これまではうすうす「どこへ向かっているのか」
感じられていた人たちは、
新しい運転手が、「バスをどこに走らせていくのか」
強い不安を感じるだろうことも想像できる。

そのうちには、新しい運転手になりたいという人について、
「かつて、乱暴な運転をしているのを見た」
「ひどい追い越しをされて怖かった」
「捕まっていないけれど、違反があったというぞ」
というような情報が集まりはじめたりする。
そら見たことか!と新しい運転手を拒否する「感じ」と、
「これからのバスは、それくらいの走りをしないと」と
新しい運転手に期待する「感じ」とがぶつかりあう。

新しい運転手候補が、
「こういう走りをして、どこそこに行きたい」と、
明確に語ってない場合には、
ますます不安な「感じ」になる。
明確に語られてもウソかもしれない、と思えるのだし、
語られなかったらもっと気味が悪い。

バスの株を大量に買った人だからといって、
「運転をまかせる」のは怖い、という感じが、
新しい運転手を拒否することになる。
観光のことをわかってない、だとか、
走り方がみんなにやさしくない、とか、
ほんとは運転初心者なんじゃないか、とか、
アメリカの道と日本の道はちがう、とか、
いろいろ言いたくなるのだけれど、
そのおおもとにあるのは、
「運転をまかせたくない」という「感じ」なのだ。

これまで、曲がりなりにも
バスは走ってこられたのだ、という「感じ」があるのだ。
そこに「その走り方ではいけない」だとか、
「うちの運転方法を取り入れて、世界一のバスに」
とか言われても、どうしても腑に落ちないのだと思う。
のろのろ運転、クラクションを鳴らされてばっかり、
道をまちがえる、むだ話ばかりしている、
心配そうにいつもきょろきょろしているなどという
困ったバスに乗っていた人たちなら、
なんでもいいから運転を変わってくれと思うだろうが、
いちおうでも走ってこられたバスで、
「大株主だからわたしが運転します」ということは、
なかなか認められにくい「感じ」なのだ。

「わたしが運転手をやります」という人が、
どういう人なのか、どういう運転をしたいのか、
誰と組んで行くのか、そしてどこに行くのか?
さらに、どんなたのしみを共有するつもりなのか?
それを教えてくれなければ、
不安な「感じ」は取り除けないだろう。

感じてしまった「感じ」を、
新たな「感じ」に変えられなければ、
新しい運転手の運転は、
きっとほんとうには承認されない。

ライブドアの件は一応決着がついたわけだけれど、
これから、TBSの問題と、阪神電鉄の問題は、
大きく動きだすにちがいない。
株を大量に持ったから、経営をします、
という、持った側からしたら当たり前に思えることが、
人々に、どういう「感じ」をあたえていくのか、
ぼくも、自分の抱く「感じ」を確かめながら
見守っていきたいと思っている。

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2005-10-17-MON

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