第2回 水中写真家にできること。

──── ああ‥‥眺めがいい場所ですね‥‥。
鍵井 ね。午後の太陽がきらきらと。
──── ダンゴウオも出てきてくれたし(笑)。
鍵井 よかったです。
ダンゴちゃん、しっかり仕事をしてくれました(笑)。
──── さて、
ここからが本題なのかもしれないのですが。
鍵井 はい、はい。
──── 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』という写真集の
お話をうかがわせてください。
鍵井 ありがとうございます。
よろしくお願いします。
──── こちらこそよろしくお願いします。

岩手県の宮古湾。
そもそもここで撮影することになったのは、
週刊誌からの依頼だったとうかがいました。
鍵井 そうですね、
講談社の『週刊現代』さんから
依頼があったんですよ。
それがたぶん、震災から9日後、
2011年の3月20日くらいだったと記憶しています。
──── 東北の海は、
いつも鍵井さんが撮っている世界とは
かなりちがう景色ですよね。
鍵井 そうですね、ちがいます。
──── さきほど水族館を歩きながら鍵井さんは、
「きれいだから、美しいから、
 それを写す仕事をしたい」とおっしゃいました。
たしかに、
鍵井さんのウェブサイトで作品を見たり
他の写真集を拝見すると、
もう、ためいきがでるくらい美しい写真ばかりで。
▲撮影/鍵井靖章
鍵井 サンゴ礁の美しさって、
みーんなが大好きですよね。
▲撮影/鍵井靖章
──── はい。
カラフルで、にぎやかで‥‥。
▲撮影/鍵井靖章
鍵井 ほんと、たくさんの色があふれてるんですよ。
──── そして、スケールの大きな生物の「機能美」も。
▲撮影/鍵井靖章
鍵井 そう。
どちらも夢中になる美しさです。
──── そうした写真を撮っている鍵井さんが、
東北の海の写真を‥‥。
違和感はなかったのでしょうか。
鍵井 違和感はないです。
ぼくは、南の海以外でも撮ってるんですよ。
それはある意味、お仕事として。
──── なるほど。
お仕事でそういうケースはあるんですね。
鍵井 ええ。
でも、震災後の宮古湾に潜ることは、
仕事ではなかったですね。
なんて言うんでしょう、
「ちゃんと向き合いたい」と思ったんです。
水中写真家という職業をいかして
ぼくにもなにかができるんじゃないか、と。
──── できることがあるなら、やりたい。
鍵井 そう。
最初に潜ったのは、震災から3週間後でした。
▲沈んでいた壊れたピアノ。大船渡湾。(2011年4月5日)
 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。

──── この写真集を手にとって、
読みはじめてすぐ印象的だったのが‥‥
「はじめに」だったかな(写真集をめくる)‥‥
鍵井さんの文章。
あ、そうそう、ここです。
読みますね。
「まだ誰も撮影をしていない震災の海を撮るという、
 功名心がなかったわけではない」
鍵井 ああ(笑)、書きました。
──── 正直に書かれていると思いました。
鍵井 そうですね、正直に書きました。
自分の気持ちを隠したら、
ぜんぶが嘘になっちゃうから。
それはぜったいにいやだったから。
──── はい。
鍵井 功名心というのは、
「自分じゃない写真家が先に行くのはくやしい」とか
「いちばん最初にぼくが撮りたい」という、
ただそれだけのことだったんです。
実際に潜ってみたら、もう、そんなことは‥‥
──── 言っていられるような光景ではなかった。
鍵井 ええ。
──── 写真集の最初には、
「私は両手を合わせる気持ちでシャッターを押した。」
という言葉もありました。
▲海に押し流された一軒家。大船渡市赤崎。(2011年4月5日)
 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。

──── そして、
最初に潜ったこのとき、
鍵井さんはダンゴウオに出会ったんですよね。
鍵井 はい。
その日は、ほとんど魚の姿がなくて、
唯一撮れたのが、ダンゴウオだったんです。
──── この写真ですね。
鍵井 そう、これです。
──── ‥‥こっちを見ているような。
▲宮古湾製氷工場前で出会ったダンゴウオ。(2011年4月3日)
 『ダンゴウオ 海の底から見た震災と再生』より。

鍵井 見てますよね。
──── 吸盤で海底にしがみつきながら。
鍵井 これを見つけた瞬間、
「うわ、おれはここに来るべき人間だ」
って確信したんですよ。
──── へええーー。
鍵井 「ここに通って記録をし続けよう」
心からそう思いました。
報道する写真が、
海に沈んだ人間の生活だけっていうのが
とにかくいやだったんです。
たくましく生きのびている魚の姿も、
いっしょに見てもらいたかった。
撮影のあいだ、編集さんに、
ぼくはずーっとそれを言っていました。
「悲惨な写真だけじゃなくて、
 魚も出したい、出したい、出したい!」
──── それは実現したんですか?
鍵井 『週刊現代』の2週にわたる記事のなかで、
「東北の海は生きている」
という記事を組んでくれたんです。
ウニ、ウミウシ、ダンゴウオ、ホヤなどの
写真を載せてもらえました。
──── ああ‥‥よかった。

ところが、です。
これもまた写真集を読んで
その正直さにおどろいたんですが、
鍵井さんはそこから半年以上、
撮影をストップするんですよね。
鍵井 ええ。
東北の海に潜ることを、しばらくやめていました。
──── その理由は‥‥
鍵井 怖くなっちゃったんです。
──── つまり海の汚染のことで。
鍵井 「ここに通って記録をし続けよう」
と決心した翌月から、
汚染水が流れているとかなんとか聞こえてきて‥‥。
正直ほんとに潜るのが怖くなったんです。
──── なるほど。
でも、その怖さは、
実際に潜る人が感じる「リアル」だと思います。

そのあたりの気持ちの流れも、
すべてこの写真集に記されていました。
鍵井 書いてますよね、ぼく。
そうなんです、感じたことはたぶん
ぜんぶここに書いたような気がするんですよ。
ですからこうして、
せっかくお会いできたのに
なんにも新しいお話をしてないですよね。
申しわけないです。
あの‥‥これ以上なんにも出ないですよ(笑)。
──── いやいや、そんな(笑)。
まだまだお訊きたいことはありますので。
引き続きよろしくお願いします。
鍵井 はーーい(笑)。

(つづきます)
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2013-07-02-TUE
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