カレーライスの正体
第17回
世界に散らばるカレー
2017.5.28 更新
# インドカレー、タイカレーの正体

 ご当地カレーが会いに行けるアイドルだとして、カレー界で簡単に会いに行けないアイドルの代表はもちろんインドのカレーである。会いに行けないどころか大御所すぎて、しり込みしてしまう人も多いだろう。カレーはインドがルーツだから、そこはよほどのカレー好きでない限りハードルが高いとして、そもそも他の国にカレーはあるのだろうか?

 結論からいえば、世界中にカレーはある。ただし、「あることはある」というレベルの国が多い。また「昔はあった」という国も多い。

 まずインドをはじめ、その周辺諸国は、いうまでもない。パキスタン、バングラデシュ、ネパール、スリランカあたりは、国境という線が引かれる前から同じようなものを食べているわけだから、ハッキリとカレーが存在する。

 ただし、ここでハッキリしておかなければならないことは、そもそもカレー(CURRY)という言葉や概念自体がインドには存在しなかったということだ。ヨーロッパ諸国がインドを植民支配していた時代にヨーロッパ人(最初はポルトガル人だったという説がある)がインド人が食べているインド料理を「CURRY」と名付けたのがカレーという言葉のはじまりである。

 タイでも同じ現象が起こっている。タイ料理の中には宮廷料理に端を発するといわれているゲーンという汁もの料理がある。これがとにかくバラエティ豊かで屋台なんかに行くと20種類以上のゲーンがズラリと並んでいたりして壮観だ。このゲーンの中にスパイスを使ったものがいくつかあって、味わいがカレーに近いものが、外国人から「カレー」と呼ばれるようになった。それが、グリーンカレー(ゲーンキョワーン)、レッドカレー(ゲーンペッ)、イエローカレー(ゲーンカリー)などである。

 彼らはもともと別にカレーを作って食べていたつもりはない。外から来た誰かが、「ああ、それはカレーだね」と言っただけのことである。この点においてインドとタイは同じ境遇にある。ただ、イエローカレーはインド料理の影響があるし、プーパッポンカリー(カニと卵のカレー炒め)などはカレー粉を使って調理するから、世の中にカレー粉というものが誕生した後に作られた料理なのだろう。

 ほかにもミャンマー風カレー(ゲーンハンレー)や最近、アメリカのメディアが「世界一おいしい料理」と伝えて一躍有名になったマッサマンカレー(ゲーンマッサマン)などカレーに似た料理、カレーと呼ばれる料理は存在する。そういう意味ではインド周辺諸国に次いでカレー色の強い国といえるかもしれない。

# 東南アジアのカレー

 東南アジア諸国には、タイカレーからの影響とインドカレーからの影響が混在し、それぞれの国にいくつかのカレー(もしくはカレー風料理)が存在する。ベトナムでは、フランス統治時代に南インドから労働者が連れてこられたため、南インドカレーの影響を残すカリーボー(ビーフカレー)やカリーガー(チキンカレー)が存在する。ココナッツミルクで煮込む濃厚なタイプだ。

 カンボジアでは、ターメリックをベースにしたクルーンと呼ばれるカレー粉があるという。祭日にはサマランと呼ばれる牛肉などを使ったカレーを作ることがある。ミャンマーは英国領インドだったこともあり、1940年代ごろはインド系住民が多く、インド料理の影響を受けたカレーが食べられていた。

 インドネシアには、カレーは見当たらないが、ジャワ島のグレと呼ばれるココナッツミルクの煮込み料理がカレーと呼ばれることもあるという。シンガポールやマレーシアのあるマレー半島には、ラクサと呼ばれるカレーラーメンがある。もともとは中国料理とマレー料理が融合して生まれたニョニャ料理を起源とした麺料理だが、カレー粉とココナッツミルクで作るラクサがメジャーで、味もカレーラーメンという表現がぴったりだ。

 中国とマレーとの間にカレー風味の料理が生まれるのはちょっと不思議。もうひとつ、フィッシュヘッドカレーというものがある。こちらはルーツに諸説あるが、味わいは、インド料理の影響を感じる。南インドのタミル人やスリランカ人が労働者として働いた時代が関係しているのかもしれない。中国の一部の地域や香港では、牛筋で煮込んだカレー麺が存在するが、カレー粉の香りは極めて薄く、あまりメジャーではない。

# ヨーロッパのカレー

 スパイス貿易を目的として南アジアから東南アジア一帯を支配していたヨーロッパ諸国にはカレーはあるのだろうか。日本のカレーの直接的なルーツとなったイギリスはカレー粉が生まれた国だから、いうまでもないが、ヨーロッパ大陸はどうだろう。

 オランダ、イタリア、スペイン、フランスあたりは、これまで訪れた経験上、カレーと名のつく食べ物を探すのが極めて難しい。インド料理ですら、それほどメジャーではない国である。ポルトガルにはインド料理の影響を残すカレーが存在すると聞いたことがある。

 スイスの一部の地域では、リズカシミールと呼ばれるフルーツカレーがある。インド料理の影響だといわれているが、生クリームをスープで伸ばしてカレー粉を混ぜたようなソースに具としてさまざまなフルーツが入っていて、ライスと共に食べるのだが、日本人の僕には何度も食べたくなるようなおいしさは感じられなかった。

 ドイツには、カリーヴルストと呼ばれる人気の屋台料理がある。簡単にいえばソーセージにカレー粉とケチャップをまぶして食べるもので、カレーというよりはカレー粉料理である。東欧諸国やロシアでインド料理以外のカレーというのは聞いたことがない。ヨーロッパ諸国については、イギリスを経由してカレー粉が普及した時期があったから、それを使った料理がわずかに残っているという状況だ。

 アフリカ諸国もあまりカレーという料理には縁がない。南アフリカはヨーロッパ人が香辛料貿易の航路の拠点にしていたこともあってカレー粉を使う料理がある。また、アフリカ大陸東海岸側はインド人がインド洋を渡って移民した関係から、インド料理の影響を受けたカレーのようなものがあるようだ。だが、アフリカンカレーなるものが存在するわけではない。残るはオセアニアとアメリカ大陸となる。引き続き見てみよう。

# カレー料理の3つの成り立ち

 世界中にカレー、もしくはカレーに似た料理が存在するとしたら、それらは大きく3通りの成り立ちによって生まれたものである。

A.インドから伝わったもの。
B.イギリスから伝わったもの。
C.その国で独自に生まれたもの。

 インドとその周辺諸国は完全にAである。タイに関してはCだが、その周辺、東南アジア諸国については、主にA(インドから伝わった)だろう。AとBが混在するパターンもある。イギリス人がインド人を労働者として連れていずれかの国に渡った場合だ。そもそも、イギリスはインド統治時代にアングロインディアン料理という新しいカレーの姿を生み出しているから、「A+B」が伝わるパターンもある。

 Aについては、華僑と同様に印僑なるインドの商売人たちが世界各国に移り住み、コミュニティを形成して商売を行っている。どの国へ行っても規模の差はあれインド人街が存在するのはそのためだ。自ずとインド料理は世界中に伝播することになる。ただ、印僑が活躍するのは少なくとも20世紀半ば、すなわちインドがイギリスからの独立を果たしてからのことだから、まだ100年も経っていない。

 実は、世界中にカレーという概念を広めた一番の功労者は、イギリス人じゃないかと思う。かつて7つの海を支配したこの国の国民は、主に19世紀に世界各国に移住した。当然、自国の食文化を引っさげて。彼らのポケットにはカレー粉が入っていたはずである。

# アメリカのカレー

 アメリカに移住したイギリス人は、カレー粉だけでなく、その使い方が書かれた料理書も携えていた。アメリカで初めて出版されたカレーのレシピは、1743年に生まれたキャサリンという女性が考案したアップルカレースープだったという。この時点ですでにアメリカ人はカレー粉を手にしていたことになる。

 しかも、イギリスでは家庭用料理書の大定番となっているミセスビートンのレシピ(19世紀半ば)には、玉ねぎと一緒にリンゴを炒めるカレーのレシピがあるから、カレーにリンゴを加えて加熱する手法は、イギリスでは長い間、行われていた可能性もある。

 アメリカ初のアメリカ料理書は、1824年に出版された『バージニアの主婦の料理』というものだが、ここには、東インド風のカレーとともにカレー粉を使ったカレーのレシピが掲載されている。19世紀の料理書にはカレー粉がよく登場するが、当時、人気のあったカレー料理が、カントリー・キャプテン・チキンというものだ。

 玉ねぎを炒め、肉にカレー粉をまぶしたものを加えて炒め、スープを注いで煮込むというシンプルなものだが、これは、イギリスで19世紀半ばに作られていたブリティッシュカレーに酷似している。アングロインディアン料理だという説もあるが、インド料理のエッセンスは極めて少ない。いずれにしてもこの料理は当時のアメリカ人にはかなりの人気を誇っていたそうだ。

 中米のメキシコには20世紀に入るとインドからの移民が入るようになり、メキシコ人と結婚してメキシカン・ヒンドゥーと呼ばれるようになる。かつてのイギリスのようにインド料理がメキシコ料理と融合することになるが、それがカレーという形で昇華して今も人気を誇っているという目立った動きはなさそうだ。

 カナダやオーストラリアにおけるカレーの伝播も北アメリカと同じタイプだ。移住または、入植したイギリス人がカレー粉とともにカレーのレシピを持ち込んだのである。19世紀に活躍したオーストラリアの小説家、マーカス・クラークは、当時、フランス製を偏重する傾向に反対し、人々に愛されているカレーという料理を国民食にするべきだと著作の中で唱えたという。しかし、現在のオーストラリアの国民食は残念ながらカレーではなさそうだ。

……つづく。
2017-05-28-SUN