カレー界のみなさんから見た、水野さん。
聞いた人02『dancyu』編集長 江部拓弥さん
<『dancyu』と江部拓弥さんについて>

「dancyu」はプレジデント社が発行する
1990年創刊の、「食」がテーマの月刊誌。
現在タイトルのそばに掲げられているコピーは
「食こそエンターテイメント」。
毎号「日本酒」「ラーメン」「肉」などの
さまざまな特集が組まれていますが、
夏の定番である「カレー」特集は
読者のかたからの人気がとくに高いとか。
また『日本一の野菜レシピ』や
『新しいワインの教科書』など、
雑誌から生まれたムック本にも定評があります。
江部拓弥さんは2012年から編集長を務めていて、
「ほぼ日」もなにかとお世話になっています。。

▶︎プレジデント社 「dancyu」公式サイト
水野さんって、どんなかたですか?
ぼくは2006年ごろから付き合いがあるのですが、
水野さんとはなぜか年1回ぐらいの頻度で、
偶然会うんです。
駅のホームとか、電車の中で急にとか、
店で飲んでたら隣の席が水野さんだったりとか。
‥‥あり得ないですよね。
いつもびっくりしてお互い、
「なんでいるの?」みたいになります。
カレーのイベントではもちろん会いますけど、
まったく関係のない場所でも偶然会います。
そしてふたりで、
「かわいい女の子と毎年会ったら運命だけど、
このふたりで偶然会っても意味ないよね」
と言い合うんです(笑)。

水野さんはどんな人かというと、
努力の人ですよ。
だけどあまりそれが見えないというか、
白鳥みたいな感じですね。
水面は軽やかに見えるけど、
水中ではものすごく一所懸命努力してる。
たぶん、カレー界であんなに努力してる人は
ほかにいないと思います。
でもその努力のあとが見えないのが
水野さんのおもしろいところで、
ぜんぶを趣味でやってるように見えるんですよね。
で、やっぱりカレーのことになると
「え、何、何?」みたいな感じで
ものすごく食いついてくるんです。
カレーへの情熱、勉強熱心さ、
あと愛情とかも含めて、
「かなわないな」と思いますよ。
「カレーのこんなイベントがあるそうですよ」
と言うと、すぐに興味を示したり、
彼からぼくにもよく
「カレーのイベントありますよ」
とか教えてくれたり。
水野さん、案外ほかの話には淡白だったり
するんですけど(笑)。

いっしょにインドに行ったこともあるんですが、
そのときは水野さんが
高熱を出して倒れたんです。
だけど水野さんは、それでもカレーのところには
ぜったいについてこようとする。
40度近くあって、まわりのみんなで
「いいから、いいから」とか言うんだけど、
「寒い、寒い‥‥」とか言いながら毛布巻いて、
ふらふらになりながらも
カレーのところに行こうとする。
「ここに来るのは人生で一度かもしれないから」
とか言うんだけど、
「いや、水野さん、それちょっと
みんなが迷惑だから」みたいな(笑)。
ご自宅も、カレーの本の
すばらしいコレクションがあったり、
パッケージを集めてたり、
撮影のことをすごく考えられたキッチンがあったり、
カレーにすべてを捧げてますよね。
屋上にはタンドール窯までありますし。
家族もいるのに、休日もすべてカレー。
ほんとに常にカレーのことばっかりで、
たとえば「この土日は?」とかいうと
「カレーのイベントがあるんです」。
「その次は?」と聞くと
「カレーの原稿書かなきゃいけなくて」。
「じゃあその次は?」と聞くと
「カレーの打ち合わせが」とか。
「‥‥水野さん、家族は?」みたいな(笑)。
「いやいや、ちゃんと子供とも遊んでるから」
とかって言うんだけど、
やっぱりいつでも、いちばんにカレーの話がくる。
だけど「ただの変な人」とか
「趣味でカレーをやってる人」とかとは、
まったく違うと思います。
あんなに一所懸命やってる人、いないですから。

「dancyu」の夏のカレー特集では、
ほぼ毎年出ていただいてますね。
2年ぐらい前に、本人から
「水野はもういいんじゃない?」と
言われたくらい(笑)。
カレー特集をやるときは、
水野さんにまず相談に行くんですよね。
水野さんがいま、どうカレーについて考えてるか、
やっぱり聞いてみたいんです。

ただ、水野さんと飲みに行くことになって、
「どこのお店に行きましょう?」と聞くと、
だいたい「お任せしますよ」とあって
メールの最後に
「カレー以外なら何でもいいです」
って書いてある。
だからそこはいっしょにカレー以外の店に行きます。
‥‥でもそれで会ったら、
やっぱりカレーの話(笑)。
そして水野さん、まじめだから、
けっこうお酒を飲みながら、
まじめな話をするんですよ。
すごくまじめに
「今後のカレー」について話す(笑)。
でもべつに水野さんはそれを企画として
持ってきてるわけでもなく、
ただただ純粋にカレーの話をしたいだけなんです。
3時間カレーの話をして、
そのまま「じゃあ」って言って、別れる。
それを仕事にするわけじゃない。
ただ飲んで、カレーの話しただけ。
水野さんはその感じもおもしろいですよね。

そうですね、考えてみると
水野さんと会って話してることって、
ほんとにカレーのことばっかりだな。
あんまり世間話はないですね。
会って、うちの雑誌の話をしたり、
水野さんがやってるカレープロジェクトの
「イートミー計画」の話をしたりもしますけど、
そういう話も、結局カレーの話ですよね。

似た人は、いないです。
あんなにカレーを愛してる人はいないです。
心からすごいなと思いますよ。
そして、あんなにカレーだけで
長く続けてる人はいないんじゃないかな。
みんなどこかで飽きちゃうんです。
だけど水野さんだけは
まったく浮気せず、カレーひとすじ。
そのあたりのぶれなさかげんもかっこいいというか。
そして会うといつも、
これは10年前から変わらず
「カレーでやりたいことがありすぎて、
自分が死ぬまでにできないかもしれない」
って言うんですよね(笑)。
あと、水野さんは「えらぶらない」んですよ。
たぶんいま、カレー界での影響力が
いちばんある人だと思うんです。
なのに、まったくえらぶるところがなく、
知識をひけらかしたりもしないでしょう。
「イベントやるから来てね」とか
「本出すから、紹介してね」とかも
ぜったい言わない。
そのあたりのさらっとした感じも、
水野さんの魅力ですよね。

「水野仁輔」さんという人に、新しい肩書きをつけるとしたら‥‥?
肩書き、うーん、なんだろう‥‥。
あんまり「カリ~番長」とか思ったことはなくて、
ぼくにとっての水野さんって、
もうそのまま「水野さん」なんです。
スッとした青年で、会った感じは
カレー感が漂ってないじゃないですか。
昔は妻夫木君に似てたんだけど。
あ、いや、今もかっこいいけど(笑)。

だけど、見た目にカレーの感じはないのに、
話すことはほとんどカレーで、
やってることはカレーばっかり。
カレーについて誰よりも知ってたいし、
わかっていたいという気持ちはいつも感じます。
ぼくはおいしいカレーに出会うと、
なぜだか水野さんの顔が思い浮かぶことがあるんですよね。
おいしいカレーというものが、ぼくのあたまのなかで、
水野さんという単語に
翻訳されてしまう瞬間があるわけです。
そんなときは、ちょっと悔しい。
せっかく、おいしいカレーを食べているのに、
水野さんのことを考えてしまった自分に、
あぁ、もうっ、てなる(笑)。
もしかしたら、ぼくにとってのおいしいカレーと、
水野さんが同じ意味合いを持ってるのかも。
それはやっぱり、悔しい(笑)。
でも、何なんだろう。
あんな人いないですよね
どの業界でも、評論とか研究とか、
マニアックにやってる人はいても、
あんなにメジャーにやってるとなると、
いないですよね
‥‥だからやっぱり、
水野さんは「水野さん」でしかないかなあ。

ぼく自身の個人的な思いを言うと、
将来的に、水野さんのカレーの本は
作ってみたいですね。
ただ『dancyu』という雑誌で
これから水野さんとやってみたいことというと、
簡単には答えられないです。
水野さんが生き生きする企画ならいいですけど、
ぼくらが新しい企画だと思うものでも、
水野さんは10年ぐらい前に考えてたりします。
だから『dancyu』では、
水野さんには意外とスタンダードなものを
やってもらうことが多いですね。
それでも、いつか水野さんが
「おっ」と言うようなものは、
考えたいと思ってますけど。
「何それ!」とか「やったことない、知らない」とか、
言わせてみたいです。
あんなにずっとカレーについて
一所懸命考えてる人に、
無理じゃないかとも思うけど(笑)。
でも、いつか、ギャフンと言わせるカレー企画を考えて、
また水野さんにぶつけたいと思います。
だけど、またこっちが
ギャフンと言わせられちゃうかな。
「え? そんなんもう、
何年も前に考えてますよ、江部さん」
とかって(笑)。
水野さんって、どんなかたですか?
2016-04-27-WED
01 「デリー」社長 田中源吾さん
02 「dancyu」編集長 江部拓弥さん
03 「ナイルレストラン」3代目、「東京スパイス番長」ナイル善己さん
04 「ナイルレストラン」2代目店主 G.M.ナイルさん
05 「新宿中村屋」総料理長 二宮健さん
06 放送作家 小山薫堂さん