ほぼ日刊イトイ新聞

妻 と 夫 。 01 Nさんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え!」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

01 Nさんご夫妻
結婚25年め。東海地方在住。
自他ともにみとめる、なかよし夫婦。
(娘さん曰く「バカップル」‥‥)
数年前に、奥様が「脳発作」で倒れ、
一時的に記憶を喪失。
夫のNさんのこともわからなくなる。
Nさんは、
そのショックを抱えきれず、
ほぼ日の読者投稿コーナーである
「今日の女房」に投稿。
2016年5月7日に掲載されるや、
たいへん大きな反響を呼ぶ。

「脳発作」を発症し
意識不明の状態で救急搬送された妻。
翌日、意識を戻したときに、
わたしの顔を見て
「どなた様ですか?」と言った。
知り合ってから30年、
付き合いはじめてから25年、
結婚してから22年。
二人で歩んできた歳月すべてが
消え去った瞬間だった。
それでも時間を掛けて話をして行くうちに、
わたしのことを思い出してくれた。
今は退院して、自宅で療養している。
今日も朝、起き掛けに妻に聞く。
「おいらはだーれだ?」
今日も妻はこう答えてくれる。
「○○くん」(○○は私の名前です)
30年分、すべて思い出せなくても構わない。
今この瞬間、横にいる人間が誰だか
わかってくれるだけで良い。

01 妻の記憶がなくなった。

──
どんなご夫婦なんだろうって思いながら、
電車に乗って来ました。
Nさん
じつは、今回の件については、
妻に、まったく知らせてなかったんです。

──
それは、投稿自体を?
Nさん
ええ、投稿したことはもちろんですが、
採用していただいたことも、
こうして本に載せていただいたことも、
妻には言ってませんでした。

ですから、今回、
取材というお話をいただいたのを機に、
告白しまして(笑)。
──
奥様は「ほぼ日」のことは‥‥?
Nさん
知りませんでした。
奥様
すいません。

──
いえいえ、じゃあ、
「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトの、
「今日の小ネタ劇場」のなかの、
「今日の女房」に載ったって聞いても。
奥様
はい、ぜんぜんピンときませんでした。
「え、わたしのこと書いたの?」って。
──
ちょっと調べたところ、Nさんからは、
それまでも
何度か投稿をいただいていたのですが。
Nさん
そうですね。
──
そんなにたくさん投稿をくださる人では、
なかったんです。

なので、
どうして、ああいった投稿を送ろうって
思われたのかなあ‥‥と。
Nさん
ああ‥‥。
──
だって、ある意味では、
ほぼ日へ投稿することに慣れているような
常連投稿人さんでも、
おいそれとは、難しい内容じゃないですか。
Nさん
そうですね、妻のことは‥‥
つまり「脳発作」で倒れたあとの妻から、
一時的にであれ、
記憶がなくなってしまったことは、
友人はもちろん、
親にも兄弟にも実の娘にも、
打ち明けられないところがあったんです。

──
お子さまにも。‥‥そうですか。
Nさん
じつは妻が倒れたのははじめてじゃなく、
今回で3度めだったんです。

全身状態としては、
4年前、最初に倒れたときが最も深刻で、
意識不明、心臓が3回も止まって、
自発呼吸もできなくなり、
人工呼吸器をつけてICUに入れられて。
──
ええ‥‥。
Nさん
でも、辛うじて、いのちは助かりました。
──
辛うじて、というレベルですか。
Nさん
2度目は、この家(=ご自宅)の2階で、
発作を起こして倒れたんです。

そのとき、たまたま1階にいたわたしが、
心肺蘇生して、救急車を呼んで。
──
心肺蘇生‥‥。
Nさん
で、最後の3度目は、
もう少し発作がゆるやかだったんですね。

わたしがとなりにいるとき、
妻が「なんかおかしい」って言いだして、
直後、身体が硬直していって‥‥。
──
はい。
Nさん
そのまま、救急車で搬送されたのですが、
ありがたいことに、
今回も、いのちは助かりました。

ようするに、回を追うごとに、
症状が軽くなっていってるんですけども、
自分としては、
心臓が3回も止まった1度目の発作より、
比較的、
症状の軽かった3度目のほうが、
精神的なショックが、大きかったんです。
──
それはやはり、奥様の記憶が‥‥。
Nさん
はい、昏睡状態から目を覚ましたときに、
わたしの顔を見るなり、
キョトンとして「どなた様ですか」って。

──
投稿の文面にも、
「知り合ってから30年、
付き合いはじめてから25年、
結婚してから22年。
ふたりで歩んできた歳月すべてが
消え去った瞬間だった」
と書かれていて、
その重さ、想像もつかないです。
Nさん
やっぱり、わたしのことが
誰だかわからなかったことがショックで、
そのことを、
すぐには子どもにも言えませんでしたし、
親にも、友人にも‥‥。

かといって、
ツイッターでつぶやくようなことでも、
ないじゃないですか。
──
自分のなかに抱え込むしかなかった?
Nさん
だから、周囲の誰にもわからないように、
愚痴じゃないですけど、
もう誰でもいいから、
知らない誰かに聞いてほしいと思って、
ほぼ日さんに、送ってしまったんですよ。
──
はー‥‥そういうことだったんですか。
投稿というよりも、むしろ。
Nさん
まあ、送信ボタンを押すまでには、
50回以上、
ちょこちょこ書き直してるんですけど。
──
そんなに。
Nさん
表現が生々しすぎると、
読んでくれるかもしれない乗組員さんたちが
嫌な気持ちになるかなとか、
そう思うと言葉選びが難しかったです。
──
なるほど。
Nさん
でも、精神的にどうしても、
いわゆる「ガス抜き」とでも言いますか、
誰かに聞いてほしくて‥‥。

すいません(笑)。
──
じゃ、掲載されるかどうかについては。
Nさん
考えてもいませんでした。

そもそも‥‥投稿したという感覚では、
なかったような気もしますし。
──
そうみたいですね、聞いてると。
Nさん
でも、エイヤって送信してから数日後、
会社のお昼休みに、
いつものように「ほぼ日」を開いたら、
「今日の女房」の欄に
自分の投稿が、載っておりまして‥‥。
──
はい。
Nさん
「ヤベェーーーーーーっ!」って(笑)、
「載っちゃったァーーっ!」って(笑)。

──
まさか掲載されるとは、と?(笑)
Nさん
よく採用されたなあって思いました。

だって、
楽しい内容じゃないじゃないですか。
──
たしかに、「今日の小ネタ劇場」って、
基本的には
「明るく、朗らかで、楽しい」投稿が
ほとんどなので、
正直、ちょっと迷ったんですけど、
でもそれ以上に、
Nさんの文章に感動しちゃったんです。
Nさん
いやあ‥‥。
──
読者のみなさんからの反響も多くて、
「いつものように、
笑うつもりで小ネタ劇場を開いたら、
泣かされた」
みたいな感想がたくさん来ました。
Nさん
えっ、そうなんですか。
──
はい。
Nさん
申しわけない気持ちです‥‥なんだか。

そもそも、どうにもならない気持ちの
「ガス抜き」だったので‥‥。
──
さらに、こうして書籍化された際にも、
和田ラヂヲ先生が、
こんな、とてもいい感じのイラストを
添えてくださいまして。

Nさん
本当に、申しわけないですし‥‥
本当にありがたく思います。いろいろ。

<つづきます>

2017-06-28-WED

目次