The last piece.  ギー・ラリベルテ  シルク・ドゥ・ソレイユという パズルを埋める最後のピース
彼らにしかできないサーカスで 世界中を魅了し続けるエンターテインメント集団、 シルク・ドゥ・ソレイユ。 ほぼ日刊イトイ新聞は、 彼らを長く取材してきましたが、 もっとも重要な人物に会えずにいたのです。 もとはストリートの火ふき男、 現在はシルク・ドゥ・ソレイユの総帥。 クリエイティブとビジネスの 両輪を回し続けているのは、彼なのです。 ギー・ラリベルテ。 たぶん、貴重なインタビューです。


プロローグ 2010-01-15 交渉 2010-01-22
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1 プロローグ

──ギー・ラリベルテ。

世界で1億人以上の観客を魅了する
エンターテインメント集団
シルク・ドゥ・ソレイユの総帥。

創設者であり、いまなお、
クリエイティブとビジネスの両面で
シルク・ドゥ・ソレイユの舵を切り続け、
4000人のスタッフを導く指導者。

毎日のように世界中を飛び回り、
先日、11日間におよぶ宇宙旅行を体験した彼の、
出身は、ストリートの火ふき男。

ギー・ラリベルテ。

約2年にわたって
シルク・ドゥ・ソレイユを取材するあいだ、
私たちは、その名前を何度も耳にしました。

この、不思議で魅力的な集団の、
いちばん根っこのところには、
どうやら、その人がいるらしい。

「ギーがいるから大丈夫なんです」
「それを決めるのがギーだ」
「最後はギーが判断する」

そんなことばを、何度聞いたことでしょう。
もちろん、私たちは彼への取材を希望しましたが、
それは簡単に運ぶことではありませんでした。

なんというか、
部外者としての勝手な印象からいうと、
ギー・ラリベルテという人は、
シルク・ドゥ・ソレイユにおいて
あきらかに「別格」なのです。

象徴的なエピソードがあります。

カナダのモントリオールにある
シルク・ドゥ・ソレイユの本社を取材したとき、
窓口になって私たちを案内してくださった
若い女性社員がいました。

取材の合間の雑談のときに、
私たちはギーについて訊きました。
なんだかみんながギーについて話しているけど、
ギーってどんな人なの? と。

彼女は、
ギーがどれほどみんなに尊敬されているか、
どんなにすぐれたリーダーであるかを
熱心に説明してくれました。
そして、最後に、ちょっと照れたように、
こうつけ加えたのです。

「‥‥でも、じつは、私もまだ会ったことがないの」

ええっ?

聞けば聞くほど、
ギー・ラリベルテというのは不思議な人でした。

「もともとは、ストリートの火ふき男」

「創設メンバーのジル・サンクロワよりも若いが、
 全社員を導く立場にあり、
 ジルはギーに全幅の信頼を置いている」

「世界中を飛び回っているから、
 決まったオフィスはない。」

「ネクタイが嫌いで、
 取材に来た記者のネクタイを
 ちょんぎっちゃったことがある。
 (そのエピソードを聞いて、
  通訳の角田さんはすぐにネクタイを外しました)」


ギーについてのさまざまな話を耳にするたび、
私たちのギーに対する興味は
どんどん大きくなっていきました。

けっきょく、モントリオールでの滞在期間中、
私たちはギーに取材することができませんでした。
「いま、ギーはカナダにいるの?」と訊いても、
広報の人さえ「さぁ?」と
首をかしげるような状態でした。

モントリオールでの取材は
たいへんに成果が多く、
私たちは大いに満足したのですが、
ただひとつ、心残りだったのは、
「ギー・ラリベルテ」に会えなかったことでした。

シルク・ドゥ・ソレイユという
世にも魅力的なイメージを完成させるために、
「ギー・ラリベルテ」というピースは
欠けてはならないような気がしたのです。

──そして、1年以上が過ぎた2009年。

私たちのもとに、
「ギー・ラリベルテに
 取材できるかもしれないのですが、
 お会いになりますか?」
という連絡がはいったのです。

(つづく)


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2010-01-15-FRI

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