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july2014
八月のテーマは猫

両親の住む京都の家が、猫屋敷になって久しい。
はじまりは、1匹の捨て猫だった。

遡ること10年とすこし前、母が神社で拾ってきた子猫は
捨てられてから数日間、懸命に生き延びようと
変なものを色々食べていたらしく、見つけたときは
ひどく衰弱しており、動物病院で診てもらうと
お腹の中から悲しいくらい虫がいっぱい出てきたそうだ。
もう助からないかもしれない、と獣医に言われたが
入院している間に回復力をみせ、なんとか無事退院へ。
シャムの雑種とみられ、しっぽの先が
フックのように折れ曲がっていたその猫は
私の両親のもとに迎え入れられ、ミイナと名付けられた。

私はちょうどそれくらいの時期に日本を離れたため、
ミイナとは帰国時に顔を合わせる程度。
しかし、毎日いっしょにいる父母弟はミイナを溺愛し
家の中にはどんどん猫グッズが増えていった。

極めつけは、大学生だった弟がしばらくして
もう1匹捨て猫を拾ってきたことだ。
こんどは茶色に黒いぶちの、緑の瞳をした子猫で、チイナと命名。

新しく建て替えた家は、以来、せっかくの壁紙も
2匹の猫に爪でひっかかれてズタズタ。
ロンドンと京都でたまに動画通信をすると、
画面に映った両親の横で、大切なソファーもバリバリやっている。
「ちゃんと爪研ぎを使わせな」と私が言うと
「買い与えたけど、こっちのほうがいいんやて」
と、父母はのんきに笑う。
実家が恐ろしいスピードで荒廃していくのを
所詮そこに住んでいない者は止めることができず、私は無力だった。

次に帰省したとき、家は完全に猫の天下になっていた。
食器棚の上、電話機の横、テレビ棚の上、など
お猫様のお気に入りスポットすべてに、
かまくらのような形をした市販の猫ハウスが設置されていた。
決して広くはないリビング・ダイニングにだけでもその数6つ、
水飲み場4カ所、花瓶に生けてあるのは猫草。
私の幼少時代の思い出の茶碗に、キャットフードが注がれている。
そして、ベランダのそばの陽当たりの良いスペースには
巨大な猫アスレチックがグランドオープンしていた。
縦横2m以上ある、板と柱が組み合わさった複雑なタワー。
私が青ざめて「なにこれ」とつぶやくと
「すごいやろ。父ちゃん渾身の作」と、背後で弟が答えた。

せっかく実家にいるというのにまったく寛いだ気になれず
私は渋い顔でソファーにどさっと腰をおろした。
台所から母が言った。「あ、そこチイナの場所やから、
もうちょっと向こうに座ってあげて」

はじめは、母にしか懐いていなかったミイナも
父の献身愛が通じたようで、今では
父の帰宅時間になると2階の窓辺からじっと外を見やり
駐車場に車が停まるのを確認すると、さっと階下へ下りていき
玄関で三つ指をついてお出迎えするようになったという。
父は幸せそうだ。「忠猫(ちゅうびょう)ミイナ」と母は呼ぶ。
もう、好きにしたらいい。

何度言っても「忙しいから」と言って無惨な壁を放置する両親に
業を煮やした私は、数年前に、弟の協力のもと工務店に連絡し
とりあえず玄関と階段だけ、ペットがひっかきにくい壁紙と
いうのに張り替えてもらった。だから、郵便屋さんや
入り口を出入りするだけの近所のひとたちは知らないのだ。
いまだに、奥には目を覆うような猫御殿が広がっていることを。

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今月ご紹介するのは
19世紀の終わりにイギリスで作られた猫のアンティークブローチ。
ロンドンに住むアンティークディーラーの友人
アマンダの蒐集品から選ばせてもらったものだ。
彼女は数えきれないほど猫モチーフのジュエリーを所有しており
猫への愛は、私の両親のそれに匹敵するほど深い。
アマンダを見ていると、猫の魅力(魔力)は
海を越えるのだなとしみじみ思う。

 
2014-08-25-MON


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