海馬。
頭は、もっといい感じで使える。

第8回 脳とクスリの関係




(海馬の研究者・池谷裕二さん)


今日から、
『海馬』の先行発売を開始いたしました。
最後の1ページをめくりおえたあとに、
快感物質が脳を飛びまわる……。
そんな本になっているとうれしいなぁと思います。
こちらの先行発売のページにも、
行ってくださると、さいわいです。

前回にひきつづき、池谷さんによる、
みなさんのご質問への反応を、ご紹介していきます。
『海馬/脳は疲れない』でも、薬物に関して
扱う章(第3章 脳に効く薬)がありますが、
薬学博士である池谷さんに対して、
「脳とクスリの関係は……?」
というご質問が到着しているのです。

「ほぼ日」内ではちょっと感動を呼んだ
池谷さんのコメントをお届けいたします。
ぜひ、読んでみてくださいませ。






 脳の話、とても興味深くて面白いです。
 盲点の件ですが、私は青い○が消えて、
 黒い一直線の棒が現れたように見えました。
 それで思ったのは、どこかで
 吹き込まれたのかもしれませんが、空白のところは、
 脳が勝手に周囲の景色を塗ってしまうんじゃないかな、
 ということです。まるでCG技術のブラシのようにね。

 私は実はうつ状態で薬を飲んでいて、
 いつもこんなちっちゃい薬で
 人間の心のありようが変わっちゃうなんて
 人間の心は適当やなーと思っていました。
 でも 自分の勝手な判断で薬を一日辞めると、
 とても辛いんですよね。
 それで友達に言ったら怒られたのですが、
 医者の言うとおりに薬を飲んで
 血中濃度が下がらないようにしていれば
 うつ病はじきに治るよ、と言われて安心しました。
 私は一生薬を飲み続けなければならないのかなぁ、
 と暗い気分になっていたのです。
 うつ病など心理的、精神的な病気に対しては
 偏見が本当に多いですね。
 私も落ち込んでいるだけなのか、
 抑うつ症状なのか、本当にはわかりません。
 また、薬を飲んでいると言うと、
 「薬なんかに頼ってると
  一生その依存から抜け出せなくなるんだぞ」
 なんて言われます。
 そうすると、無理して
 薬をやめようと焦ったりするんですよ。
 それは医者からみたら危険なことらしいですね。
 自己判断でやめて自殺なんかするほうが
 たしかに、危険ですからね〜。
 ほんと、うつ病の症状が「左手が動かない」とか
 目に見えるものであればいいのに、
 と思うことがあります。
 そうすれば、よくわかってない人から
 「そんなことで落ち込むなよ!(背中ばんばん)」
 なんてされずに済みますからね。
 (匿名希望)




 うつ病は、よく
 「脳の風邪」と言われています。
 そのぐらい誰にでもかかる可能性があるものです。
 そのかわり、うつ病になっても、治るんです。
 ふつうは1か月ぐらいで治ります。

 ……しかし、そういった
 ありふれた病気であるのにも関わらず、
 たとえば会社で「わたしは、うつ病です」と言うと、
 異動されてしまったりだとか、不当な扱いを受けるから、
 まわりには黙っている方が、とても多いのです。
 精神科にかかっているなんて、誰にも言えなかったり、
 そもそも精神科のドアを叩く敷居が、
 そういった風潮によって、高くなってしまってもいる。
 まわりの目が、まずは治るといいなぁ、
 ということは、よく思うんですよ。
 
 この四月から、
 精神分裂病という言葉がなくなりました。
 その言葉はもう使わず、
 「統合失調症」という名前に改めるようになっています。

 そういうように、医療の現場では配慮していますし、
 精神科医の方々も、
 「ぼくのところに通っているからと言って、
  何もハンディキャップを感じる必要はない」
 というサポートの体勢ができています。
 ところが、それはあくまで病院の中のことで、
 世の中の人一般は、まだ、
 「アイツ、精神科に通っているよ……」
 という目で見ている。
 そこの意識が、このメールの人をはじめ、
 患者の方々のストレスになっていると考えています。
 
 うつ病というのは幸いなことに、
 精神科が扱うものの中では、
 もっとも治療が簡単なものなんです。
 ただし、この方が
 「薬を自分の判断で辞めた」
 とおっしゃるように、薬を飲んでいないと、
 たいへんなことになってくるんですけれども。
 
 薬に関しては、副作用があるとか、
 あぶないということと結びつけてしまう人が
 たくさんいらっしゃると思いますけれども、
 その先入観を、まずは取ってもらいたいのです。
 どんな薬にも、副作用はかならずあります。
 ところが、副作用はあくまで「副」ですから、
 主作用を見てもらいたいなぁ、と、
 薬を開発する側としては、考えています。
 薬は、必要だから、生み出されました。

 副作用が仮に出るかもしれないけれども、
 勝手な判断でやめることことのほうが
 よほど「あぶない」ということなのです。
 確かに、頭がいたいから頭痛薬を飲むような
 わかりやすいメカニズムではないから、
 「飲まないでもだいじょうぶなんじゃないか」
 と思うかもしれませんが、
 お医者さんの処方通りに飲むことをおすすめします。
 うつ病にかかっている時は、確かにつらいと思います。
 だけど、薬さえ飲んでいれば、いつか治る。
 
 うつ病の際の薬は、
 うつ病そのものを直すというよりは、
 「うつ症状」を弱めるものであって、
 症状を弱めていれば、そのうちになおるという、
 そこが脳の風邪と言われる所以なのですが。
 熱を下げているといつしかなおる、というニュアンス。
 だから、ずっと薬を飲み続けなければいけないのかな、
 というこの方に対しては、
 「いまは、飲んでくださいね」
 と申しあげたいんですね。
 それと、依存を心配されていますが、
 うつ病の薬には、依存はないのですよ。
 (池谷裕二)







 池谷さんは、薬学博士で脳の研究をされていますよね。
 すこしのクスリを加えただけで
 大きな変化をきたす脳や人体の様子を、
 実験などでたくさん見られてきていると思います。
 それを見ると「人って脆いな」と感じますか?
 (し)




 そのまったく逆、なんですよ。
 その理由を話しますと……。
 
 うつ病の話が前に出たので、その例を出しますね。
 うつ病の薬は、セロトニンという物質の
 はたらき方をちょっと変えることによって、
 うつ薬をなおそうとしています。
 そういったセロトニン以外にも、
 脳の中には、ドーパミン、アドレナリンなどなど
 さまざまな物質がありまして、
 ぜんぶで百種類を下ることはありません。
 
 そんなにいっぱいあるうちの、
 たった一個の物質の状態を変えただけで、
 脳のはたらき自体が変わってしまう
わけですよね。
 百個以上あるにもかかわらず、です。
 他の物質を変えたら、
 また脳のはたらきがとても変わるわけです。
 ドーパミンやアドレナリンの状態を変えたとしたら、
 それぞれなりの変化が出てくる。
 
 百個以上もあるものに変化を加える
 薬というものを見つめている立場としましては、
 百個もあるものが、非常に均整が取れていること、
 そのものに、とても驚いてしまうのです。
 それこそ、「脳は小宇宙だなぁ」と言うか。
 つまり、その百個以上の物質のやりとりを
 常々見ていると、いかに人間のカラダが
 バランスよくできているかに気づく
のです。
 
 誰が設計したのかはわからないけれども、
 こんなにうまくできていることに驚きます。
 だから、カラダが脆いとは思いません。
 まったく反対の感想を、持つのですよね。
 
 逆に言うと、そんなに百個もあるものが
 バランスを取っているというのは、
 極めて難しいことをしているわけで、
 ですから、一個ぐらい、
 たまたまおかしくなるぐらい、あるんですよ。
 それが精神症状に出るというぐらいですから、
 精神疾患も、あまり特別なものとは思わないのです。
 (池谷裕二)






(※次回は、明日木曜日に更新をいたします。
  こちらの先行販売のページにも、
  ぜひ、お立ち寄りくださるとうれしく思います)

2002-05-22-WED

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