BOXING
私をリングサイドに連れてって。

予想をはるかに越える名勝負!
チャベス対モラレス



もの凄い戦いだった。
何が両者をそこまでかきたてるのか。
様々な意味で感動してしまった試合だった。

WBC世界S.フェザー級タイトルマッチ
「ヘスス・チャベス対エリック・モラレス」
はラスベガス、MGMグランドガーデンで開催された。

事前の独占取材時の印象通り、
2選手とも高い人間性、そして能力をもった
素晴らしいボクサーだった。
今回の試合では勝利至上主義ではなく、
シンプルにどちらが強いかということを
正面から証明しようとした対決を堪能することができた。

17歳でギャング団で強盗を犯し
3年近く投獄されたチャベス。
しかし母国メキシコと夢の国アメリカの狭間での
痛い経験を人間という器で見せてくれた。
目の前にした実際の印象は、自信に満ちた
物静かな思想家のような人物。
穏やかで、紳士的。気取りもなく、素朴。
経歴と真反対の静かな戦士のオーラに引き込まれてしまう。

モラレスも3階級制覇を狙うスーパースター。
達成すれば英雄、フリオ・セサール・チャベス以来
メキシコ人で2人目の偉業となる。
99年の取材時、すでにJCチャベスは
メキシコボクシングの未来をモラレスに託すと言っており、
さまざまな激戦を超えて
伝説英雄JCチャベスに並ぶところまできている。
受け答えも優等生で、インテリジェンスもあり、
現在の世界スポーツではモラレスはメキシコの顔だ。

ラスベガスに入り、強烈に、
この試合を見たいと思った瞬間がある。
理由はお互い相手に尊敬の念をもっていると感じたからだ。
ライバル心、プライド、時には憎しみさえ
イベント演出の特殊効果のように使用されるのが
格闘技であるボクシングである。
しかし今回双方とも煽る発言は一切なし。
お互いを認めながらも、対決しなければならず、
それを運命のよう感じた受け答えを
奇しくも両者がしていた。
それは一般の人から見れば
「地味な戦い」に見えるだろう。
しかし私にとってはこの崇高で純度の高い
戦うハートを持った両者の単純な激突だからこそ
ぜひ見てみたい対決だった。
イベント名は「Brave Warriors Collide」。
偉大なる戦士の激突。
そのキャッチを超える本当の激突だった。

1Rのゴングが鳴る。
オープニングラウンドから見せ場満載だった。
異端的な展開といってもいい。
S.フェザー級(130lbs、約58.9kg)では
一回り小さいチャベスは
開始直後からジャブを中心にどんどん攻めていく。
様子を見る体のモラレスだが、
チャベスの左ジャブのうるささに対抗するために
右を使い始める。
小さいチャベスはモラレスの懐に入らなければならない。
そのための崩しとしてのジャブがこの回は完璧だった。
モラレスが思わずロープを背にした瞬間、
チャベスの大きなモーションの右ストレートが一閃。
あのモラレスの膝がガクっと落ちた。
間違いなくダウンか、と思った瞬間、
背にしたロープにもたれ体を支え、奇跡的に窮地を逃れた。
1Rからまさかの展開に会場は興奮の坩堝と化した。
しかしモラレスもここからが底力を発揮する。
必死に攻撃に耐え、逆襲を行いなんとか凌ぎきった。

大歓声に飲み込まれたまま2Rが始まる。
モラレスは持ち直したものの1Rのダメージは明らか。
チャベスは千載一遇のチャンスと
積極的に攻撃を仕掛けていく。
チャベスのジャブが冴える。
距離に勝るモラレスのアドバンテージを
見事にかき消していく。
一発が当たれば、新たなメキシコ英雄伝説は
消滅していく展開だ。

チャベスの調子の良いジャブに
手を焼き続けるモラレスではなかった。
そのジャブをかいくぐり、
必殺の右アッパーをヒットさせる。
この一発で今度はチャベスがダウンする。
立ち上がるチャベス。
しかし足に力が入っていない。
そこにモラレスが一気に攻撃を仕掛ける。
独特の右フック、アッパー、左ストレートで相手を崩し、
そして、右ストレートをチャベスに当てる。
チャベスは思わず膝をつき、前方に崩れ落ちた。
どうみても終りである。
相手は攻撃力のあるモラレス。
まだ時間も残っている。
しかしチャベスの真骨頂もここからだった。
再び立ち上がり、徹底的に反撃する。
足に力は入っておらず、一発もらえば
即3度目のダウンが想像できる状況で、
何とモラレスの攻めを受けながらも
真正面から向かっていったのである。
ダメージを受けた状況で、自分のピークを作り出し
モラレスを迫力で押し返した。
やっと2R終了。

しかし次のラウンドは危ないだろうと
観衆のだれもが思っただろう。
しかしチャベスは徹底的にジャブをつき前に出る。
モラレスも下がって右アッパー、
チャベスの打ち終わりに
長い距離での右ストレートを痛打する。
打たれても打たれてもチャベスは愚直に前に出て
ジャブ、左フックを当てにいく。
これほど壮絶な打ち合い、いや、打たれ合い、
さらにお互いの得意パンチの駆け引きを行いながらの
戦いは正直初めて見る気がする。

その後もポイントではモラレスが有利に試合を運ぶ。
それどころか、チャベスはどう見ても5、6Rで
全てのエネルギーを消耗したようにしか見えない姿だ。
マラソンを短距離で走るような、
フルファイトを見せている。
8Rに情報が入ってきた。
チャベスは肩を痛め右パンチを使えないというものだった。
試合直後、2Rから痛め、3Rから左手のみで
戦わなければならなかったということが判明した。
こうなるとモラレス相手での勝負を競うのは
困難他ならない。
しかしリング上のチャベスは果敢に左手だけで
モラレスを攻め続ける。
最終12Rも左フックを空振りし、
自らバランスを大きく崩すなど
限界を超えた次元での戦いに挑み続けた。

判定は3−0でモラレスの勝利。
夢の3階級制覇を達成し、リング上にはJCチャベスも
祝福に駆けつけた。
しかしモラレスの右目は大きく腫れ上がり、
チャベスの想像以上の左の破壊力、粘りを物語っていた。

試合後に判明したもう一つの事実がある。
モラレスも両拳を痛めていたということだ。
腫れは凄いということだ。
実はそれも2Rに起こっていた。
つまり、3R以降、
両者とも攻撃の要である拳を痛めての
激戦だったということである。

試合を細かく振り返れば、さらに表現したい部分もあるが、
それも必要ないだろう。
チャベスにとっては絶望的な状況の中で、
モラレスも全く余裕がない中での
壮絶な打ち合いがリングで展開された。
それだけである。
ファンを感動に導く試合は、
まず良い相手にめぐり合えなければならない。
そういう意味で今回の観客はこのような試合を見れて
幸せだったに違いない。
その証拠に判定は誰もが予想できたが、
スタンディングオベーションは止まらなかった。

全ての力を奪われ、多くをダメージを持ちこたえる中で、
チャベスは大きな壁に立ち向かっていった。
状態、環境が圧倒的不利に傾いても、
その強い意志は変わらず、糸口を見つけ、
運命への服従を最後まで拒否し続けた。
想定が大きく変わり、
残された時間と力が極端に短い。
そこで人間は何をすべきなのか。
チャベスの境遇やエピソードなどもはや関係ない。
これはボクシングだけの話とも決して思わない。
挑戦する魂が全て、という生き方そのものを
36分という短い時間で諭された。
そんな素晴らしい試合だった。

WOWOWではこの試合を
3月8日(月)午後8時から
放送いたします。
お楽しみに。


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2004-03-02-TUE

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