BOXING
私をリングサイドに連れてって。

大逆転KO!佐藤修悲願の王座奪取

2002年5月18日、土曜日。
首都圏では前日から降り続いた雨が朝方やっと止み、
スポーツ新聞は前日発表になった
ワールドカップ日本代表の記事で溢れ、
いつもの紙面バランスを完全に失っている。
一般紙でもトップの扱いだ。
代表選手当落における悲喜こもごもが
読者の興味をひくのだろう。
記事の中でも特に選手個人にクローズアップ
されたものが目につく。

ボクシングでも前回の無情を糧に
二度目の世界に挑む選手がいる。
佐藤修、25歳。WBA世界S.バンタム級6位。
2月の世界初挑戦、WBCタイトル戦ではチャンピオン、
ウィリー・ホーリンに序盤2度ダウンを奪われながら
驚異的なスタミナと手数と精神力でドローまで持ち込んだ。
だが世界戦のドローは挑戦者にとって地獄でしかない。

その地獄から僅か3ヶ月後、
ターゲットをWBAに変え再び頂点を目指した。

WBA世界S.バンタム級タイトルマッチ
「ヨーダムロン・シンワンチャー×佐藤修」
さいたま新都心にある、
さいたまスーパーアリーナで行われた。

雨は止んだものの曇天。
雲が雲と重なり合い、一向に空が見える気配はない。
それどころか重なり合った雲が灰色に鈍く輝き
上空を覆っていた。
東京から電車でおよそ40分。
大宮のわずか手前にさいたまスーパーアリーナはある。
周りには忽然と高層オフィスビルと、
はやりの高層マンションがそびえ
その一角だけ超近代化された都市のようだ。
ボクシング興行では畑山がロロシーに敗れて以来
2回目とまだ歴史も浅い。

今回の予想は王者が若干有利。
27戦全勝で21歳という若さが勢いを、
戦績がキャリアを感じさせる。
ボクシングスタイルはフットワークが良く、手数もある。
しかし逆に一発がない。
これがボクシングの面白いところだ。
さらに国外で初の防衛戦、減量苦の話も伝わってくる。
なにしろ21歳、肉体と精神はまだ成長するのだ。
佐藤とはほぼ同じタイプのボクサーではあるが・・・・。
果たして何が勝負の分かれ道となるのか?

日本初来日のチャンピオンが入場する。
世界戦とはマッチしない、明るく軽い
タイのポップスにのり、
手でリズムを取りながら軽快に歩いてくる。
無頓着なのか、それとも重圧を跳ね除ける演出なのか
全くわからない。
まあよい。ゴングが鳴ればわかることだ。

挑戦者の佐藤修が入場する。
ビートの効いた音楽に、フラッシュのように
カラフルなライトが瞬断し、まるで会場がクラブのようだ。
しかしガウンを被ったままの佐藤はずっとうつむき、
重々しい。
プレッシャーと無我を纏って極めて不機嫌そうに、
そして何も目に入らないといったほど集中している。
そこには以前、二枚目ボクサー、CM出演等で話題になった
柔らかい姿は見る事ができない。
地獄を体験し一皮剥けたのだ。

全く好対照な態度の二人。
注目の第一ラウンドのゴングが鳴った。

チャンピオンはタイ人独特のゆったりとした
柔らかい構えから繰り出すパンチは軽いが早い。
早くも中盤から佐藤がじわじわと下がる。
あきらかにプレッシャーがあるのだ。
一ラウンド終了。
ボクシング全体ではチャンピオンが確実に上だ。

佐藤も持ち前の手数とスタミナで以後必死で攻撃する。
ジャブ、左フック、ボディブローを積極的に打つも、
徐々にチャンピオンの驚くべき能力を知ることとなる。
それは防御である。
足を使い相手の動きを見て的確に左右に微妙に、
絶妙に動き的確にパンチを当ててくる。
逆に佐藤はパンチを空転させられ、
タイセコンド数名の景気のよく、甲高い声だけが
スーパーアリーナを支配する。

3R終了時に観衆が驚きでどよめいた。

それほどチャンピオンの足さばきと攻撃が見事で
それをその目の前で見てしまった唸りと、
その能力が佐藤を敗北へと導くことを
うっすらと悟ってしまったのだ。
チャンピオンの攻撃はそれだけでは終わらない。
私たちは6Rに世界戦、いや日本リングでも
滅多にお目にかかれない動きに遭遇した。
チャンピオンが佐藤の射程距離内の右手側から左手側に
2メートル近く、目にも止まらぬ早さで
スライドするように動き、
停止状態の佐藤の左頬に右を炸裂させた。
この劇画のような必殺の動きに佐藤はなすすべもない。
さらに闘牛士のように右に左にひらひら動き
翻弄、空転させ、観客も絶望の淵に追いやられた。

しかしボクシング、いや勝負は何が起こるかわからない。

7R開始と同時に無謀なほど佐藤が攻めていく。
アクセル全開の攻撃だ。
捕まえられるか最後までガスが持てば正しい作戦だが、
それは人間では不可能だ、採点でもすでに後がなく
ギャンブルのGOサインが出たとしか考えられない。

しかし作戦、いやギャンブルが的中する。
そこから前代未聞の逆転劇が始まった。
佐藤の前進とパンチ回転に
耐え切れなくなったチャンピオンに右フックが当たり
まさかのダウン。
そしてその後ラッシュで、もんどりうって
ロープに伝いに体を横にし、さらにダウンする。
チャンピオンがプロキャリアで初めて喫するマットの味だ。

忘れていた。
2月の試合で劣勢から驚異のドローに持ち込んだのも
4Rから12Rまでのロングスパートだったのだ。
見た目やパワーではなく肉体、精神を駆使し、瞬間ではなく
時間という単位を長く使う必殺の武器なのだ。

8R開始。この回がチャンスだ。
しかしチャンピオンがマウスピースを含み忘れる。
あまりにも稚拙だ。ひどすぎる。
しかしそれほどグロッキーなのだ。
この確信犯的遅延行為で減点1が課せられる。
しかし減点よりも数秒の回復が必要なのだ。
若いチャンピオンに与えられる10秒の休憩は
全力を出し切った一般人の5分にはあたるだろう。
案の定、回復した若いチャンピオンが打ちまくる。
佐藤の頭が揺れる。
そしてお互いが頭をつけてど突き合う。
いよいよクライマックスだ。
疲れ果てたチャンピオンがよろよろとし
朦朧とリングに倒れこみ、レフリーが試合を止めた。

まぎれもない大逆転勝利。
観衆も喜んではいるが、余りにも早い展開の変化に
戸惑いを見せるほどだ。

本当に勝負というものはわからない。
21歳で初の海外防衛戦。減量がきつかったのか、
はたまた調整に失敗したかのようなスタミナ切れと
ボディブローへの嫌悪。
それは肉体、精神が一致していない幼さ、脆さとも見えた。
世界チャンピオンというものはただ単に
獲るだけのものでは完成しない。
獲ることももちろん難しいが、保持し続けていくための
進化と準備、経験、チャンピオンとして必要な資質、
その何かがヨーダムロンには欠けていたのだ。
反対に佐藤には、二度と負けられない、
そしてドローはご免だ、という
確固たる勝つための頑固なまでの目的があり、
そのために無情のドローという経験をフルに活かし
何をどうすべきかを組み立てた3ヶ月間を
見事に出し切った。

悔しさと屈辱の経験が、
隙のない精神と肉体のバランスを築き、
人生最大のはっきりとした目的意識を宿らせ、
己の肉体自らを導き、
圧倒されていた試合をひっくり返す、不変の力となった。
奇しくも先日のワールドカップの代表選考でも注目された
中山、秋田といった経験豊かなベテランが口を揃えた
「あきらめてはいなかった」というコメントと
ダブってくる。
人間とは魂と意思が司る生き物なのだと改めて思う。
修羅場をくぐった経験から厚みが出て、期待をいだかせ
魅力ある選手になっていくのだろう。

試合後、佐藤は涙で支えてくれた人々に感謝を述べた。
しかし感激に漬かるのもつかの間である。
すでに頂点に立った瞬間から佐藤は追われる身となり、
世界のあらゆる挑戦者が虎視眈々と首を狙っている。
チャンピオンとしての評価は今後の防衛戦という
守るための戦いに主題を変える。
実力的には今はまだ他の王者と比較すると厳しいが、
自分のスタイルを貫き通して勝った経験は大きい。

思いのほか試合が早く終わり会場を出ると、
空を覆っていた幾重もの雲は薄くなり、
切れ間からは青い空が覗いていた。
佐藤選手の初防衛に注目したい。


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2002-05-21-TUE

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