坊さん。
57番札所24歳住職7転8起の日々。

第190回 熱をあつめて

ほぼにちは。

ミッセイです。

急に吹雪いてきた、
四国は栄福寺からお伝えします。

いきなりですが、
僕、今年は風邪をひいていません。

例年だと、
年に4、5回はひくんです。

どうしてだろう?

今年から始めたのは、
仕事をしている机の、
足下に電気ストーブを置いてるんです。

因果関係はいまいち、
はっきりしませんが、
よかったら、皆さんにもおすすめします。
(会社にいる人とかは難しいでしょうけれど。)

そういえば、
内科の先生が、
ふくらはぎを伸ばすストレッチを
教えてくれたのですが、
その時に、

「ふくらはぎは、
 第二の心臓って言われてるんだよ。」

って言われていましたよ。

あっ、それから、
もう一個思いつくのは、
いつもより、あきらかに、
緑茶をいっぱい飲んでますね。
関係あるのかな。

あと、
犬のサクラがいるので、
散歩に外に出て汗をかきます。

けっこういっぱいありましたね。
来年はあっけなく、
ひきそうな気もしますが。


さっき、
なんとなくパソコンに入れてある、
辞典で遊んでいる時に、

前回の「坊さん」で書いた、

「たてる、頼る」

という言葉を調べてみました。

辞典での意味を紹介して、
その前提から話を進めるという、

「辞典での意味至上主義」

というのは、
僕はすこし違和感があるのですが、
(辞典だって、辞典を書いた人の創作物だから。)

このふたつの言葉の意味は、
すこし思う所あったというか、
おもしろかったです。

「頼る」

の一番上に載っている意味は、

「縁を求める。」

なんだよ。

かなり一般的に浸透している言葉でも、
仏教から来ている言葉って、
意外と多いのですが、
(前にも書いた「一人法師」→“ひとりぼっち”とか)

自分が東寺の仏さんの前で、
強く感じた、

「頼る」

という普通の言葉の、
一番最初の意味が、

「縁を求める。」

なんて、
あまりに仏教的な言葉で、
シンプルに辞書に言われると、

なんか、
ほんと、おもしろい感覚を受けますね。

そういう意味での、
辞書の客観性ってなんだか便利だな。

ちなみに、
僕の今年のテーマは、

「能動」―自分が動かせるものもある。―

なのですが、
(そういう傾向が足りないと思っています。)

「縁」

というのは、

「原因をたすけるもの」

なので、
みんなが一般的に思っているよりは、
選択可能な能動的な意味合いも、
たくさん含まれているというのが、
僕の感じる感覚です。

ん?

ってことは、
“頼る”っていうのも、
僕の感覚と違ってくるなぁ。

「原因を助けるものを求める。」

ってことかー。

「あまりに小さく思えるような、
 ささやかな要素も、
 必死でかき集める。」

そういうことなのかな。


「たてる」も、おもしろいんだよ。

「事物に盛んな運動をおこさせ、
 姿をはっきり現させる。」

グッとくるねー。
こない?
いいよー、なんか。

これが二つに分かれてるんだけれど、

「煙・湯気をあがらせる」

という“熱”に関したものと、

「波・風をおこらせる」

という“その結果”みたいなものに、
分かれているみたい。

おもしろいなぁ。

僕達は風を起こしたかったとしたら、
まず、熱がいるんだ。

風呂が、いいわけだよ。
体に風がおこるんだから。

「心と体に熱を作る方法を考えること。」

これ、よさそうだなぁ。
これが、したいな。
お寺でも、僕も。


僕の大好きな曲で、
前奏のギターが少し鳴っただけで、

「ああ、
 世界にはいいものが、あるもんだな。」

と思ってしまう、

「風をあつめて」

という名曲がありますが、

風をあつめてたら、
熱を感じることも、
あるのかもしれないね。

でもあの曲が、
もし、

「熱をあつめて」

という名前だったら、
全然、グッとこないどころか、
笑えるよなぁ。
(この曲を知っている人は、
 風を熱にかえてサビを歌ってみてください。
 理科の授業のテーマソングみたいになります。)

論理として本当のことを間違いなく
説明することよりも、

心に寄り添う緊張感が時に、
より強い力を持つのかもしれないね。

言葉って、
どこか限定的なイメージがあったけれど、
便利でおもしろくて、微妙なんだな。

そして、熱をつくれるって思うよ。


言葉でなくても、
いろいろなものが、
熱をつくる可能性があるんだろうな。

「欲しい心をつくるもの」

それは、熱じゃないかって思ったよ。

そのために、
どこか本気で耳を澄ませる、
ことが大切なんだろうな。


「いらぬ心をつくるもの」

これも熱であるんだろうけれど、
熱が好きな以上、
僕はいろんな矛盾を認めて生きようと思います。
(たとえば僧侶としての矛盾)

僕は憎しみや苦しみを持つ。

そして、僕や誰かを愛する。

僕はいらぬ心が欲しいんだ。


ミッセイ

お知らせ。
四国88カ所のお寺が88枚の切手になります。
原画の撮影は「坊さん」の文章の中でも、
何度か登場した三好和義さんです。

栄福寺は11月5日発売の第一集、
20ヶ寺の中に収録されます。
(紅葉が綺麗な秋の風景)

全国の郵便局でも、
通信販売の申し込みが出来るようですよ。

詳しくは、こちらまで。
シンメディアという出版社刊行の
『季刊 巡礼マガジン』
というシブイ名前の雑誌で、
「おもいだす空海」という連載を、
最新号の31号から始めました。
(ほぼ日を読んだ編集者の方から、
 お話を頂きました。)

空海の著作の言葉に、
僕が短いコメントと、
写真を添えるという、
見開き2ページでの連載です。

手に取られる機会があれば、
ちらっと覗いてみてください。


このページへの激励や感想などは、
メールの表題に「ミッセイさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2005-03-03-THU
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