坊さん。
57番札所24歳住職7転8起の日々。

第2回「お葬式に初めて行った時のこと」

ほぼにちは。

前回、お寺の名前を書くのを忘れました。
自分の文章に責任を持ちたいので、
みんなに知らせておきます。

四国88ヶ所霊場(お遍路さんって、知ってる?)
57番札所の「栄福寺」(えいふくじ)っていうお寺です。

英語のガイドブックを買ったら(わかんないのに)
「ザ テンプル オブ “グッド ラック”」
ていう英語名になってました。

あいさつじゃん!

でもかなり、気に入ってます。
ほぼ日読者のみんなも好きなんじゃないかなぁ、
このネーミング。


今日は僕が、初めてお葬式に行った時のこと
(お坊さんとして)を書こうと思います。

僕がまだ書店に勤務してた頃で
突然入院したじいちゃんの、
ピンチヒッターとして行きました。

ベンチで元木選手と馬鹿話をしてたマルちゃんが
シューズも脱いでリラックスしてたのに
「バッター、マルちゃん!」って
急に監督の声が聞こえてきたって感じでした。
(野球の話です。興味ない人ごめんなさい)

ちなみに、高野山でしていた修行と
葬式の方法は全然、別のものなので、
経験はありませんでした。

そこで導師(どうし)という
僧侶のボス的役目は親戚にやって頂いて
僕は隣で補佐的なことをしました。

でも緊張するよ、やっぱり。
中途半端な気持ちでは絶対出来ないことですよね。
カズ的にいうなら(サッカーです)
「魂、込めました。」

でもそこで僕が、「くぅーーっ」って
感動してしまったのはその死者を送る地元の人たちと、
風景とがホントに素敵な光景だったってことなんだ。

まず集まった人たち
(農村なのでほとんど、じいさん、ばあさん)の格好が
みんな、野良着
(農作業の出来る、ラフな服装)なんです。

たまたま父親(高校教諭)の同僚の
お父さんだったので父も参列してたのですが、
喪服がすんごい、浮いてました。

「なにはともあれ、駆けつけました。
 なんでも手伝います。」
っていうメッセージなんだって。

そして、大往生だったからだとは思うんだけど
みんな、笑う!笑う!!
クワを持った人なんかもいて
(ホントに駆けつけたんだろう)
すごい、カジュアルな雰囲気なんです。

そして一生を過ごしたむらを近所の人と
旗をもって行列します。
その旗には僧侶の手で
「諸行無常」
「是生滅法」
「生滅滅已」
「寂滅為楽」
というメッセージが。
(四本幡といいます)

幡を掲げているおっちゃん達は、
すこし誇らしげです。

その葬列の途中では参列できなかった人たちが
待ちかまえていて手を振ったり、
手をあわせたりしてます。

風で幡が、きれいに、はためいたいます。

それは、死を自分たちから遠ざけることなく
自然な形で送り出してあげようとする

本当に素敵な光景でした。

僕が子供の頃から、霊柩車を見たりすると
親指を隠したり(しませんでした?)
「死」はなんとなく
口に出すのも、はばかれるような
怖い、イヤな存在でした。

でも、その日、別の町から、
たまたま通りかかかった人が
カメラを持ってたとしたら
思わず、笑顔でシャッターを押したくなるような
光景ではなかったかと思います。

そして、たぶん、これから、ずっと
その光景に関わっていく自分の“職業”を
誇りに思いました。

それは本当に、特別で、大切な感情でした。

それでは。

ミッセイ

2001-12-07-FRI

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