── 中沢先生の「神田出張所」という特別講義では
人間の考えかたには、
「1の原理」「2の原理」「3の原理」
というものがある、とおっしゃっていました。

「2の原理」というのは、
すべてを情報やお金に換算する
コンピューターの「0」「1」の思想。

それに対して「3の原理」というのは
わたしたち人間のなかに
昔からある自然な考えかただ、と‥‥。
永江 最近のビジネス用語で言うと
「ウィン・ウィン」の関係なんてのは
まさに「2」の思想ですよね。
外交なんかも、それに近いと思います。
── 外交、と言いますと?
永江 日朝問題なんかの外交です。

たとえば「1対1」の対抗関係で考えたら、
もう北朝鮮という国は
なくしてしまう以外にはありえない、
なんて意見も出てきちゃいますよね。
── はい。
永江 だけど、やはりそうした外交問題も
どっちかを滅ぼすまで、じゃなくて
交渉して話し合うことによって、
双方ともに満足のいく解決策が
見つけられるかもしれませんよね。

そういう考えかたなんか、
きっと「3」の思想なんだと思います。
── 1対1の「2」の思想だと
引っ張りあいというか、
パワーゲームになっちゃうんですね。
永江 だからといって、
中間点で妥協しようという考えかたとは
また違うんだと思います。

きっと、「3」というのは
別のステージに行こうって思想なんですよ。

1対1のままだと、それぞれのレベルから
変化がないですけれども
お互いに話し合って
なにかいいアイデアがでてきたら、
まったく別の解決策が見つかるかもしれない。
── なるほど。それでは、
永江さんが長く身を置かれてらっしゃる
出版業界で「三位一体」を考えると、
どんなことが言えそうでしょうか。
永江 これまでも出版産業のなかでは
「三位一体」という言葉じたい、
よく使われてきたんですよ。

── そうなんですか?
永江 ええ、つまり
出版業界における「三位一体」とは
出版社と書店と取次の三者のことです。

利害が完全に一致した
三者の「三位一体」を守って
共存共栄していこう、という意味ですから、
中沢さんが言うような
動きのある「三位一体」ではないんですけど。
── むしろガッチリ固まっている
イメージがありますよね。
永江 それぞれ、それなりの不満を抱えながら、
それでも、たとえば書店が儲かるということは
取次や出版社の儲けにもつながってくる。

そうやって合意していたからこそ、
本は定価で販売しなければならないという
「再販制度」も守られてきたし、
三者のあいだでの利益配分も
きっちりと固定されてきたんです。

でもそれが、ここ最近は
ガタガタと崩れ始めてきていますよね。
── と言いますと?
永江 たとえば、いま、
とくにビジネス関係の週刊誌には
「直接年間予約購読」の
募集ページがあるんですが‥‥。
── これくらいの期間、予約購読したら
何%を割り引きます、という。
永江 これって、出版社と読者が
直接取引をするわけですから、
取次と書店はそこからは外されます。
で、なおかつ4割引きで売るってことは、
書店のお客さんを
出版社が奪うってことになりかねない。
── なるほど。
永江 しかも、その募集をしている雑誌自体は
書店の店頭で売られていて‥‥。
── あ、なるほど‥‥。
永江 書店さんにとってみれば
自分のところの首を絞めるような
商品を売っているんですよ。

ですから、いままで「三位一体」って
さんざん言いながら、嘘じゃないかって
怒っちゃってる書店さんもいるんです。

取次だって、いまのところ静観していますけれど
本音を言えば、自分のところを経由して
売ってもらいたいのは当然ですよね。
── そうでしょうね‥‥。
永江 ただ、この出版業界の「三位一体」、
本当にこの三者での「三位」でいいのか、
ということが、別の問題としてありますよね。

つまり、本ができる過程には、
著者もいれば、編集者もいて、
デザイナーさんなんかもいるわけです。
そして何より、その「三位一体」には
かんじんの「読者」が不在なんですよ。
── 本を流通させる都合にあわせた
かたちになっているような気がしますね。
永江 ですから、出版に関して言えば、
「書く人・作る人」「本」「読む人」でつくる
「三位一体」をどうするかを、
考えなければならないと思うんです。
── そういう別の「三位一体」で考えたら、
不況と言われて久しい出版業界にも、
新しいアイディアが出てくるかもしれませんね。
永江 「書く人・作る人」と「本」と
「読む人」の「三位一体」が繁栄することこそ、
出版業界にとって
ほんとうに大事なことですから。

── ありがとうございました!

<終わります>

2007-02-23-FRI