芸術人類学研究所 青山分校! 神田出張所に
おいでいただきまして、
どうもありがとうございます。

この12月まで、「ほぼ日」で
「三位一体モデル」をテーマに
7ヶ月ぐらい、講義をしてきました。

じつは、このモデルについては
すごく長い時間、考え続けてきています。

そのあいだに
「対称性人類学」や「芸術人類学」など
いろんな表現も出てきましたけれど、
どうもそれらの考えかたの根幹には
この「三位一体モデル」というものが
いつも鳴り響いているような、
そんな感じが、しているんです。

あれはたしか、1980年代の後半でした。

ある雑誌の取材で、バルセロナへ行ったんです。
バルセロナは、はじめてだったんですが、
街に着いたら、とにかく一人で歩いてみました。

とてもおもしろい人たちに、出会いました。

そのなかのひとりに、
有名な古書店のおやじさんがいて、
その人と、いろいろな話をしたんです。

彼は、バルセロナを象徴する数は
「3」なんだという話をはじめました。



「3」という数字は、ものすごく重要である。

そのおやじさんが話していると、
まわりに、だんだん
バルセロナの街の人たちが集まってきて、
話を聞きながら、みんなお互いに
「3」という数について
いろいろと、語りはじめたのです。

たとえば、
バルセロナ市の旗を見てごらん。
あれはみっつの色で塗りわけてあるし、
しかも、その比率には、
非常に絶妙なかたちで
「3」という数が組み込んであるんだ。
あるいはまた、
この街の、どこそこに出かけてごらん。
そこには必ず「3」という数字があるだろう?

つまり、「3」という数の話を
ずーっと、聞かされ続けていたわけですね。

はじめ、「3」という数ですから
これは、キリスト教でいう
「三位一体」の考えかたなのかなぁと
思っていたんですね。

ところがどうも、そうではないらしい。

バルセロナの人びとが
「3」という数を重要視してるのは、
「2」という数字に対抗してるからだ、
というのです。

いわく、「2」という数は、
とても暴力的で支配的な数だ。
人間の世界から
生命力を奪っていく数字なんだ、と。

それにくらべて「3」という数は、
人間の世界に
自由と生命力と活力を与えてくれる数字。
スペインでは、その「2」と「3」が
長いこと激烈な戦いを続けているんだ、と。

ここで、現代世界というのは
「2」という数字であらわせる原理によって
支配されはじめていると気づきます。

つまり、現代世界でいちばん
典型的な「2」の原理と言えば、
言うまでもなく「コンピューター」だからです。



ご存知のように
コンピューターは「0」と「1」という
ふたつの数字の組み合わせで、
この世のありとあらゆるものごとを
「情報」に変えていきますね。

そして、いったん情報に変えてしまうと
どんなものでも
貨幣価値に換算することが
できるようになるのです。

土地であろうと、何であろうと。

「0」と「1」という
ふたつの数字の集積体に置きかえれば、
かならずそれらは
貨幣価値に換算でき、
売り買いができるようになったり、
あるいは情報として
持ち運びが可能になって、
どこへでも流れていくことができる。

それが「2」の原理であり、
現代世界というのは
「生命」から
私たちの日常生活のすみずみにいたるまで、
この「2」の原理によって
支配され尽くそうとしているのです。

けれども、バルセロナの人びとが
長いこと自分たちの根本精神としてきたのは、
その「2」という数字が意味する
「支配」や「管理」に対して抵抗し、
生命力や歓喜、そういうものを
この「3」という数字であらわして、
つねに「2」の原理と戦い続けてきた、
ということだったのです。

<つづきます>


2007-01-15-MON