『ほぼ日刊イトイ新聞の謎。』について詳しくはこちら。


第4回
こんな中継&イベントもあったねと。
待ってました!
よっ、にっぽんいちっ!
たっぷりっ!
それ浪曲の掛け声じゃない?
覚えてますかな。
麻布十番温泉でやった
「なごみの夜」を。
もちろんよ〜。
2000年の7月5日よ。
そこに浪曲の国本武春さんに
出ていただいたんじゃないの。
よく覚えてるね〜!
じゃあクイズ。
「なごみの夜」で
舞台にあがった芸人さんを
すべて挙げなさい。
かんたんよ〜。
ポカスカジャン、
国本武春さん、
雨上がり決死隊。
この3組よ。
ブブー。
えっ? まちがえた?
記憶の権化のこのあたくしが?
ひとり足りません。
‥‥糸井重里?
それは芸人じゃないでしょ。
あ、わかった、カルト芸人の
パンチユーホーさん!
ピカチュウの着ぐるみを着て
司会をしてくれたんだった!
前職が吉本興業のマネジャーだった
にしもっちゃん
懇意にしていたのよね。
そして当時雨上がり決死隊の
マネジャーだったのが
のちに転職して、いま糸井重里の
マネジメントを担当している
乗組員のコイケちゃんだった
っていうのも、不思議な縁だよね〜。
あのイベントは創刊2周年の
記念イベントだったのよね。
そして「読者をまねいて開いた」
はじめてのイベントでもあるんだよ。
とはいっても、5組だけだったけど。
読者をいっぱい集めて
イベントをしようよ、
という発想じゃなかったんだよね。
そんなことを自分たちができるとは
思ってもいなかったし。
そもそも「なごみの夜」は
いつも御迷惑をかけている、
お世話になっているかたがたに、
たまには楽しんでもらおうよということで
だしものもあるちょっと大げさな食事会、
というくらいの感覚だったよね。
1周年のときは、
当時の事務所・鼠穴(ネズアナ)に
ポカスカジャンに来てもらって
「お座敷ライブ」を
やってもらったのよね。
そのときはほんとうに知り合いだけを
呼んだものだったので、
コンテンツにすら、
しなかったんだけれど。
「なごみの夜」になると
大勢のひとに見てもらえたら
嬉しいなあという気持ちと、
ストリーミング中継が
現実的なものになってきたころだったので、
ホームビデオで録画しておいて、
翌日に配信をしたんだよね。
それってけっこう英断だったのよ。
当日の生中継じゃなかった理由は
会場の麻布十番温泉に
高速回線がつながっていなかったから
という理由なんだけれど、
でもそもそも2000年当時って
動画配信なんてとんでもないっていう
通信速度の時代だったから。
創刊当時なんて、動画はおろか、
画像1枚載せるのも、
「重くて、ブラウザが止まった」
というような環境の人もおおぜいいたし。
創刊日のhomeをみると
画像の多い重いページには
「重いです」っていう
おさるのアイコンがあったりするしね!
‥‥ところで中継って
最初は何だったの。
正確には中継とはちがうんだけど、
糸井さんが出張する先から
「いま、どこにいる」
っていう連絡を電話でもらって、
それを鼠穴から更新していった
「尾道足どり速報」かしら。
画像もなんにもない
中継だったけど。
それが99年の3月。
ぼくが入社する直前か〜。
覚えてるのは、1999年末に
「徳川埋蔵金」のスペシャル番組を
テレビでやることになったとき
生中継をしたことかな。
ページに“この場所にテレビのような
「動く・音のでる」画面が、
現れるようにする仕組みです。”って
書いてあるくらいの時代なのよ〜。
ぼくは鼠穴待機班だったんだけど
ものすごく粗い画像だったのを
覚えてる。
「なんか写ってるな〜」みたいな。
あれ、生で見た人は
そんなに多くないと思うよ!
そのあとが「小判鮫ラジオ」じゃない?
音だけだけど。
あれ、面白かったよね!
ぜーんぜん、アクセス数が
なかったんだけど!
第1回目のタイトルが
「ほぼ日もオリンピックに参加!
 (ブラジル人募集中)」だよ?
なんのことだかわかんないよ。
シドニー五輪のときに
みんなはほぼ日刊イトイ新聞なんか見ないで
きっとオリンピックを観るだろうと。
だったらオリンピックを
いっしょに観るようなコンテンツをつくれば
ほぼ日刊イトイ新聞にもお客さんが
来てくれるにちがいない、
っていうことだったのよ〜。
それで、オリンピックをテレビで観ながら
勝手に解説して、
その音声を配信しちゃおう、
ということだったのよ。
豪華ゲストだったんだよ。
女子柔道をみうらじゅんさんと
渡辺祐さんに。
体操男子を八谷和彦さんに。
野球をパンチユーホーさんと
ココリコの遠藤さんに。
サッカーをペナルティのヒデさんに。
女子新体操を
「ほがらかな人々」の
ジョージさんに。
すごい!
でも当時ペナルティは
まったくブレイクしてなかったのよね‥‥
にしもっちゃんに
先見の明があったよね。
ペナルティといえば、
ワッキーの顔は
ちょっと永田くんに似てるね。
それはともかく。
はい。‥‥で、募集したブラジル人は
来たんだっけ?
応募ゼロ。
そっか。
そのあと小判鮫ラジオは
プロ野球日本シリーズの
ジャイアンツ戦を
糸井重里とリリー・フランキーさんが
観てしゃべる! とかもやって。
リリーさんも
いまほど忙しくない時期だった。
ほんとよね〜。
その後、こうした中継やイベントは
いまやほぼ日刊イトイ新聞の
定番的コンテンツになって
いま連載中の
「ほぼ日ブックス製作中!」に
いたるわけですな。
そんないろいろもわかる‥‥
『ほぼ日刊イトイ新聞の謎。』を‥‥
よーろーしーくーねー♪
よーろーしーくーねー♪

2006-11-06-MON

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