不機嫌な職場
高橋克徳+河合太介+永田稔+
渡部幹


── 上村さんが選んだのは『不機嫌な職場』。
上村 今年の春先に、よく売れていた本です。
── 率直に申し上げますと、この本、
『はたらきたい。』とは
かなり雰囲気のちがう本だと思うんですが‥‥。
上村 正反対ですよね。

そもそも
『不機嫌な職場』で『はたらきたい。』とは
思いませんでしょうし、ふつう。
── ええ、思いません。
上村 ものすごく簡単に言っちゃうと、
「はたらくって楽しいんだ!」ってことを
いろんな専門家や著名人が、
その人なりの話しぶりで語ってくれている本が、
『はたらきたい。』だと思うんです。
── はい。
上村 本に希望が満ちている、というか‥‥。
── そういう感想を言ってくれる人は多いです。
上村 他方で『不機嫌な職場』のほうはというと、
もう‥‥タイトルそのもの。

現代の会社員が置かれている職場を
「不機嫌」と表現して、
社員どうし・同僚どうしが互いに協力できない、
殺伐とした状況を描いています。
── たしかに正反対ですね。
上村 だからこそ、ならべたいなと思って。
── それはまた、なんでですか?
上村 だって、『不機嫌な職場』なんて題名の本が
売れるっていうことは、
自分がはたらく職場にも
「不機嫌」のこころあたりがあって、
それをどうにかしたいと
たくさんの人が思ってるってことでしょう?

それって裏をかえせば、みんな、
「『はたらきたい。』みたいに、はたらきたい」って
思ってるってことじゃないですか。
── なるほど、本のアプローチは真逆だけど、
読み手の気持ちは同じじゃないかと。
上村 そうそう、そうなんです。
── 上村さんは『はたらきたい。』のように
はたらいているなぁと、お見受けしますが。
上村 ありがたいことに、そうかもしれません。

でも「本が売れれば、うれしいか」っていわれると
そう単純でもなくなってきたんですよね‥‥最近。
── え! 本が売れたら
うれしいんじゃないんですか!?
上村 いや、いろいろと語弊がありそうなんで
あわてて言い直しますけど(笑)。
── はい、どうぞ。
上村 書店員にとって「本が売れる」ということは、
もちろん、うれしいことなんです。

でもそれは、なんというか
必ずそうでなければならないこと‥‥というか。
── つまり「前提」なわけですね。
上村 ええ、そうなんです。

だから、はたらくことのうれしさといったら、
ただ単に「本が売れる」以上の何か、
になると思うんです。
── それは、たとえば?
上村 そうですね、本を「売った先」が見てみたいですね。
── つまり、具体的にいうと‥‥?
上村 わたしがお薦めした本を買ってくださった人に
読んだ感想を、聞いてみたいです。
── そういう機会って、ないんですか?
上村 わたしは「ブックアドバイザー」という立場なので、
それでも、あるほうだとは思うんです。

でも一般的には、ほとんどないですね、残念ながら。
── そうなんですか。
上村 本を買って読んでくださったかたから
もっとうまく
フィードバックがもらえたら
もっときっと、
本屋をおもしろい場所にできるだろうなって
思ってるんですけど‥‥
それは、これからの課題ですかね。
── それじゃあ、書店員として
上村さんが「たいせつにしていること」って
なにかありますか?
上村 うーん、そうだなぁ‥‥。

もう10年ほど書店員をやっていますので、
思い出ぶかい本は、いろいろあるんですけど。
── はい。
上村 そのなかの1冊が
『ハリー・ポッター』なんです。

なかでも4作目の「炎のゴブレット」は
自分でもビックリしたんですけど‥‥
1日で1000冊も、売れちゃったんですよ。
── なんと!
上村 しかも、今いる丸善丸の内本店のような
大規模総合書店じゃなくて、
駅の構内にある、小さな規模のお店で。
── それって、売れたって事実もすごいですけど、
在庫が1000冊、あったってこと‥‥ですか?
上村 いや、それが、なかったんです。
── えー、どういうことでしょう?
上村 かきあつめたんです、いろんなところから。

本の問屋さんの倉庫にタクシーで乗りつけて
在庫をあるだけ積んで帰ってきたり、
出版元の会社に電話して、
「4冊しかないよ」なんていわれても
「それでもいいです!」って取りにいったり‥‥。

そんなふうに、
わたし一人でいろんなとこ、駆けずり回って。
── それで1000冊!? すごいですね‥‥。
上村 社長賞が出ました。
── あはははは(笑)、そりゃ出そう!
上村 書店員として駆け出しのころだったからこそ
できたことなのかもしれないけど‥‥
でも、そのとき、強く思ったことがあったんです。

そのことが、いまでも、わたしが
「たいせつにしていること」のひとつで。
── それは?
上村 悩んだり、迷ったりなんかしたときに
ふと、思い出すことでもあるんですけど‥‥
本は「切らしちゃいけない」ってこと。
── ああ‥‥なるほど。
上村 本屋さんには、本がなくちゃ。
── ぼくたちも、
やっぱり何かとたよりにしてますからね、
本屋さんのこと。
上村 もう、この先も一生本屋なんでしょうけど、
駆け出しのときに思ったこのことは
ずっと、たいせつにしていくことだと思います。
── もう「一生、本屋」なんですね。
上村 この丸善という書店は
福沢諭吉の命を受けて洋書輸入業を興した
貿易商の早矢仕有的(はやし・ゆうてき)って人が
創業者なんです。
── ハヤシさん。
上村 ええ、福沢翁から言われたらしいんですよ。

「おまえは、西洋の書物を仕入れろ」と。

「それがみんなに読まれるようになれば、
 日本も発展していけるから」‥‥って。
── ははぁ‥‥。
上村 ですから、ちょっと大げさに言ってしまうと、
わたしたちは
日本の文化の担い手なんだって誇りを持って、
はたらいているんですよね。
── いや、本屋さんて、そんな感じですよね。
上村 一万円の人にそんなことを言われたら、
やるしかないでしょう?(笑)
── なるほど、そうですか‥‥
ハヤシユウテキさん。

へぇー、むずかしい漢字を書かれる‥‥
え、ハヤシライスの人?
上村 はい、ハヤシライスは
早矢仕有的が考案したって言われてます。

この店のカフェでも食べられますよ。
── へぇ‥‥ハヤシライスってこう書くんですか、
「早矢仕ライス」。
上村 そう、ちょっと文化のニオイがするでしょう?
「早矢仕ライス」って書くと(笑)。


037
何かで迷ったときには、
「昔の自分がかっこいいと思ってた大人」を
思い出せばいい。
二十歳のころの自分が理想としてた大人って
どんなだったっけって思うと、もう、すぐ解決する。
奈良美智(アーティスト)

『はたらきたい。』所収
「100のことば」より抜粋(p100)

次回の更新は11月16日(日)となります。
有隣堂ルミネ横浜店の
磯野真一郎さんにご登場いただきます。


2008-11-09-SUN



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