門をつくりはじめたきっかけと「マッテルモン」
はじめてのかたは
こちらのプロローグからご覧ください。

翌日の8月25日、朝。
荒井さんと仙台駅で待ち合わせ、
仙山線に乗って山形へ向かいます

JR仙山線の中で。荒井さんの手にも腕にも、
昨日の絵の具が残っていました。
「洗ってもなかなか落ちないんだよ」とのこと。

山形が地元である荒井さんから
「仙山線は、すごく気持ちいい路線だよ」と
教えてもらっていたのですが、
たしかに、窓の外の風景がすばらしい。
木々の中を分け入るように走るためか、
目に入ってくる緑の色がとても濃いんです。
流れる景色を飽きずに眺めていたら
荒井さんが言いました。

「畑のビニールハウスとか見ていると、
 あぁ、あの門にもっとビニール紐を
 ぐるぐる巻いたら良かったかな、とか
 いろいろ考えちゃうよね」

私が日本の原風景のような
景色に見とれている間に、
荒井さんは昨日のワークショップで
つくった門のことを、ずっと考えていたようです。

「あの門は、あれで完成ではないよ。
 もっともっと変えていくから」

午後、山形に到着した我々は、
東北芸術工科大学のキャンパスで
取材をさせていただくことになりました。

小高い丘になっているその場所からは
街を一望することができます。
「俺の実家、この近くなんだよ」と
荒井さんが教えてくれました。
つまり、荒井さんにとっては
ふるさとに門をつくるということ。
それって、どういう気持ちなんだろう。

では取材を‥‥と思ったその瞬間、
荒井さんを見つけた
ちいさな男の子たちがやって来て
「よぉ!」と言って走り去っていきました。
「俺、なめられちゃうんだよね、こどもにも」
そんなふうに言いながら笑う荒井さんは、
どこまでもフラットな姿勢を崩さず、
目の前にいる人に、全く威圧感を与えません。
海外でも賞を受賞している
すごいアーティストであるはずなのに。

――
‥‥荒井さんは、なんで門を
つくろうと思いはじめたんですか?
荒井
俺、もともと門をつくろうなんて、
全然思っていなかったんですよ。
――
えっ、そうなんですか?
荒井
そう。最初につくったのは
大分県の「マッテルモン」という門なんですけど、
きっかけを話すと、去年の3月に、
大分ウォーターフロント研究会から
街づくりのために
なにかオブジェを製作してほしいという
依頼を受けたんです。
それで、BEPPU PROJECTという団体と
いっしょに作ることになって
現地を案内してもらっているときに、
西大分にある「かんたん港園」という
昔のフェリー乗り場跡に、
赤い鉄の残骸があるのを見つけたんです。

――
赤い鉄の残骸。
荒井
岸と船をつなぐ役割を
していたものらしいんだけど。
高さは10メートルで
幅が15メートルくらいだったかな。
赤い塗料が塗ってあるだけの
鉄の塊が、忘れられたようにポーンとあって。
これを利用できたらいいなと思って眺めていたら、
だんだん赤い鳥居に見えてきて、
じゃあこの形をそのまま利用して
「門」にしようかなって。
――
鳥居って、
神社の参道にある‥‥?
荒井
そうです。
それと同時に、その場所は
古い時代から外国船がたくさん寄港していた
歴史のある貿易港だったということを
教えてもらったんです。
港ってことは、
知らない人たちが降り立ったり、
知らない所に旅立ったりが日常で、
「行ってきます」「おかえりなさい」みたいな
挨拶からはじまって、
いろんな人の気持ちや願いが
行き交っていたわけでしょう?
――
そうですね。見送る人の
「無事で帰って来てね」という思いとか‥‥。
荒井
うん、そういういろんな気持ちが
ここを通り抜けていったんだ、と思うと、
「門」という形が
自然と湧き上がってきたんです。
しかも、その後で鳥居のことを調べると、
語源が「願いが通り入る門」っていう
ダジャレみたいな説があるのを知って。
「通り入る(とおりいる)」から「鳥居(とりい)」。
「願いが通り抜ける」という発想が
「なんだ、俺が考えていたのと同じだ。
 やっぱり、これは『門』を作るべきだな」
というふうに合点したわけです。
――
あぁ、なるほど。
でも、なんで「マッテルモン」という
名前をつけたんですか?
「マッテルモン」
荒井
門のスケッチを描きはじめながら、
いろんな人の気持ちが行き交う港を見ていたら、
「人はみんな、なにかを待っている
 存在じゃないのかな」という思いが
浮かんできたんです。
待っているのは、人なのか、物なのか、
希望のようなものなのか‥‥
それは人それぞれだけど、
ふだんの生活でも、我々はみんな、
電車を待ったり、人を待ったり、
願いが叶うのを待ったりしてますよね。
それで「なにかを待つ門」という意味で、
「マッテルモン」と付けたんです。
ただの駄洒落でしょう、って笑われそうだけど(笑)。
でも、よくよく考えると、
「待ってるもん!」と言っている人からは
「だれかの意思にかかわらず、
 私はこうします」という 強い意思を感じるんです。
それってかっこいいな、と思って。
――
たしかに、決意を感じる言葉ですね。
荒井
それで、門の上には
「待ってる者」をイメージした
キャラクターを設置しました。
顔はつぼみをモチーフにしていて、
海の方向を見ながら座っています。
柱には、「待ってるもん」の言葉を
イタリア語、ドイツ語、スワヒリ語‥‥と
およそ70言語に置き換えて入れました。
当時の写真。つぼみのキャラクターをつくる荒井さん。
柱には、各国の言葉で「マッテルモン」と。
――
70言語も!
すごくグローバルな門ですね。
荒井
留学生に協力してもらったんです。
大分県のためにつくった門ですが、
海は世界中の海につながっているし。
それから、俺が東北出身ということもあるんだけど、
やっぱり、つくりながら
3.11の震災のことがよぎるんです。
それで、東北の人にも何か
感じてもらえたらうれしいなぁと思って、
マッテルモンの両目に金色で、
漢字の「希」と「望」を2文字入れました。
――
「希望」と。
荒井
高さ10メートルの所に設置してあるから
下からは見えないんですが。
――
‥‥誰も見ることができないけど、
ここには「希望」が入っているんですね。
荒井
うん。そのことを、
入れた俺とスタッフしか知らないんです。
そこにだけ、自分の気持ちを
投影させてもらって‥‥
まぁ、完全に作り手の特権だよね(笑)。
(つづきます)

2014-09-17-WED

取材協力:東北芸術工科大学美術館大学センター事務局
大分県のオブジェ写真提供:NPO法人大分ウォーターフロント研究会/NPO法人BEPPU PROJECT