桜井政博さん(ゲームクリエイター)『スマブラ』とスポーツカーと
誠実の怪人。
桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出。

任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた
『岩田さん』という本を出しました。
それをきっかけに、いろんな方に
岩田さんのお話をうかがっているのですが、
この人にお会いしないわけにはいきません。
HAL研究所に在籍中、岩田さんとともに
『大乱闘スマッシュブラザーズ』を開発した
ゲームクリエイター、桜井政博さんです。
はじめて出会ったころの話、
岩田さんが任天堂に入る前の話、
プライベートの一面‥‥たっぷりうかがいました。
桜井さんと、もう何年も前から親交のある、
ほぼ日の永田が担当します。

聞き手:永田泰大(ほぼ日)

第3回E3の発表の翌朝に

──岩田さんと桜井さんが一緒に試作をつくった
NINTENDO64の初代『スマブラ』(1999年発売)、
そして岩田さんがブースに入って修正した
ゲームキューブの『スマブラDX』(2001年発売)と、
まさに桜井さんと岩田さんの関係は、
『スマブラ』に大きく影響してきたと思うんですが、
Wiiの『スマブラX』(2008年発売)のときも、
ふたりのあいだにドラマがありましたよね。

桜井そうですね。
とくに『スマブラX』は大きな分岐点でした。
いま『スマブラ』シリーズが存続してるのは、
あのときの岩田さんのウルトラCの
おかげだと自分は思っているんです。

──2005年のE3
(Electronic Entertainment Expo :
ロサンゼルスで毎年開催される
世界最大のコンピュータゲームの見本市)で、
『スマブラ』の新作の開発が
アナウンスされたときのエピソードですね。

桜井はい、間違いないです。

──順を追って確認していきましょう。
まず、『スマブラDX』をつくったあと、
桜井さんはHAL研究所をやめて、
フリーになるんですよね。
お辞めになったのは、何年ですか?

桜井2003年ですね。
だから、2005年のE3には、
ふつうにフリーのゲームデザイナーとして
ゲーム市場の動向を知るために行ってたんです。

──そしたら、その場で、Wiiの『スマブラ』、
つまり、のちの『スマブラX』が
開発されることがアナウンスされた。
それは、桜井さんもほんとうに
現地ではじめて知ったということですよね。

桜井はい、E3の会場でそれを聞いて、
はじめて知りました。

──びっくりしたでしょう。

桜井そりゃあ(笑)。
でも自分はHAL研を辞めてフリーになってますから、
『スマブラ』をつくる立場にない。
実際、つぎの『スマブラ』はどうなるんだろうなと
気になってはいたんです。
というのも、つぎに『スマブラ』をつくるとしたら
そのときのHAL研のスタッフだけでは
開発できない規模になるだろうと思ってましたから。
まあ、フリーになってからも、周囲の人は、
私にやたらと『スマブラ』の続編を期待するし、
かといって自分はなにもできないですし、
ちょっと困った状態になっていたんですね。
もうすこし突っ込んだ話をすると、
じつはそのとき私は、ある大手の会社のソフトを
つくろうとしているところでした。
そんなとき、E3の現場で、
新しい『スマブラ』が開発されると知った。
で、岩田さんに呼ばれて、発表のつぎの日の朝に、
ホテルで会って話すことになるんです。
まあ、そこで岩田さんがおっしゃったのは、
Wiiの『スマブラ』をつくってほしい、と。

──しびれる話ですねぇ‥‥。
当事者の桜井さんはそれどころでは
なかったでしょうけど(笑)。

桜井ええ(笑)。
そのとき、自分もつぎの企画がありましたから、
『スマブラ』をやるとなったら、
いったん仕事をリセットしなければならない。
だから、もしも自分がWiiの『スマブラ』の開発を
引き受けなかったらどうするつもりなんですかと、
そのとき岩田さんに聞きました。
すると岩田さんは、
「桜井くんが受けてくれない場合は、
ゲームキューブの『スマブラDX』を
そのまま移植するだけにする」
という話をしてくださいました。

──つまり、桜井政博抜きで、
新しい『スマブラ』はつくらないよ、と。

桜井そういうことになります。
でも、それってかなり特別なことなんです。
いまは、実際に『スマブラ』の新作を
私が手掛けていますから、
岩田さんの提案がふつうに思えるかもしれませんが、
会社を辞めてフリーになったディレクターが
フリーの立場で続編をつくることって、
かなりめずらしいことです。
たとえば、『バイオハザード』を
つくった三上真司さんが会社を辞めたあと、
『バイオハザード』の続編を
三上さんがつくるかっていうと、
そうじゃなくて、カプコンがつくるんですよね。
だから、自分が辞めたあとも、
ふつうは『スマブラ』はHAL研究所がつくる。
でも、まあ、あのゲームはなかなか
それも難しいだろうと言われていた。
それがなぜかということについては、
想像していただくしかないんですけど、
私の仕事を知っている人ほど、自分抜きでは
『スマブラ』はつくれないって言うし、
自分を知らない、遠くにいる人ほど、
いやそれはなんとかできるだろう、
っていう話をするんです。

──まあ、これまでの話を総合しても、
『スマブラ』は桜井政博のゲームなんですよね。
いちから企画して、ぜんぶ調整して、
攻略サイトの原稿まで自分で書いて、
遊び方まできちんとフォローして。

桜井だから、そういったことを
客観的に理解すればするほど、
自分がやらなきゃいけない、というのはあると。
だけれども、自分は会社を辞めちゃって
ひとりなんですよね。
たったひとりでゲームがつくれるわけはないし、
かといって、たとえば、HAL研に招致して、
HAL研でつくるというのも‥‥。

──辞めた意味がなくなっちゃうもんね。

桜井そうですね。
そういう難しい状況を岩田さんはわかっていて、
けっきょく、『スマブラX』をつくるために、
東京の高田馬場にオフィスをつくってしまって、
しかもそこに人材をババっと入れてしまった。
ゲームアーツさんとか、そのほか、
いろいろな会社と提携して、
100人規模のスタッフを集めて、
専用のオフィスをつくってしまった。
それによって、なんとか『スマブラ』シリーズは
存続できるようになったんです。

──岩田さんはE3の発表の翌朝に
そこまでの提案をなさったんですか?

桜井話をふくらませたのは、
もうちょっとあとだと思うんです。
そのときは、とにかく
ディレクターの私をまず押さえたんですね。

──でも、その‥‥なんていうか、
これはもう雑談みたいに言いますけど、
E3で発表する前に、まず桜井さんを
誘っておけばよさそうなもんじゃない?

桜井そう思いますよね(笑)。
1時間でも前にその話すればいいのに、
という気もしますけどね。

──そうそうそう(笑)。

桜井なんだろうね、それは(笑)。

──なんでしょうね。
そこも含めて、そうしたかったんですかね?
やむを得ない理由があったのかな。

桜井わかんないです、わかんないです(笑)。

──ああ、岩田さんに訊いてみたいなぁ。
いまなら「それはですね‥‥」って、
きれいに説明してくれそうな気がする。

桜井(笑)

──そのとき岩田さんは、
桜井さんなら断らないだろうという確信というか、
決して上から目線ではなく、
桜井さんを信じていた部分が
あったのかもしれないですね。

桜井なんとも言えないですね、そこは。
だって、仮に自分がすでに
大型タイトルの開発をもっと具体的に進めていたら、
どんなに『スマブラ』をやりたくても
受けられないですからね。

──そうか、桜井さんがそのとき
どんな仕事をどのくらい抱えているかというのは、
岩田さんにはわからないですものね。

桜井そうですね。
それで思い出しましたけど、
私がHAL研を辞めてしばらくしたころ、
岩田さんが私を食事に
誘ってくださったことがあったんですね。
そこでいろいろ話をするなかで、
自分はフリーだから、
任天堂のハード以外のゲームを
つくる可能性もありますって言ったら、
ちょっと悲しそうな顔をしてらっしゃいました。

──ああ‥‥。
でも、まあ、それはそうですね。
シビアな話ですけど。

桜井はい、そこはシビアなところで、
ほんとうにそういう可能性もありました。
でも、だからといって岩田さんが私に、
なにかを強制するようなことは
まったくありませんでした。

──だから、やっぱり、
岩田さんの誠実さを考えると、
E3の発表の翌朝に桜井さんを呼んだとき、
桜井さんに引き受けてもらうか、
だめだったら『DX』をそのまま移植するか、
そこでほんとうに決めようとしていた。

桜井はい。そうだと思います。

──岩田さんなら、そうですよねぇ。
そこで半端な駆け引きとかするわけがない。

桜井ええ。

──返事は、その場ではしてない?

桜井したと思います。
「やります」と。

──ああ。なんだかちょっと感動的です。

桜井まあ、E3会場での発表から
一晩明けているわけですから、
当然、そういう可能性もあると考えながら、
その場に臨んでいましたからね。

──そうですね、
そのタイミングで呼ばれてるわけだから。

桜井やっぱり、『スマブラ』以上に
たくさんの人をたのしませることが、
そのときの自分には残念ながらできない。
だから、引き受けました。

──世界中でたくさんの人が待ってるというのは、
はっきりとわかりますものね。
これはちょっと脱線する質問になりますが、
HAL研を桜井さんが辞めたとき、
それは『スマブラ』をつくれなくなる
ということとほとんどイコールだと知りつつ
辞めるわけですよね。

桜井もちろんです。

──そこに、つらさはなかったんですか?

桜井ないですね。

──人がつくってもいい。

桜井そういうことだと思っていました、
会社を辞めるというのは。
むしろそれがふつうだと思っていたので。
現に『カービィ』とか、私は手放してるわけで。
あくまで会社のものですからね。

──ああ、そうですね。
しかし、もしそうなってたら、
どうなってたんでしょうね?
いまとは違う『スマブラ』があって、
桜井さんは違う何かを
つくってるんだよね、きっとね。

桜井そこまではわかりませんね(笑)。

これまでの岩田さんを知ってる人たち。