OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.183
- The Go Master 2


心の宇宙を描く人
──『呉清源 極みの棋譜』その2



©2006,Century Hero,Yeoman Bulky Co
シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館 ほか全国ロードショー


張震(チャン・チェン)さんの後編です。

中国から日本に帰化した天才棋士、
呉清源を演じるにあたって、
もちろん、チャン・チェンさんのセリフは、
ほぼ全編にわたって日本語でした。
呉さんの佇まいや立ち居振る舞いに加えて、
日本語の習得のために撮影の前に約2ヵ月間、
日本に滞在して密かに特訓していたのだそうです。
え〜、いったいどこにいらしたんですか?
なんていまから聞いても遅いんですけど‥‥。

呉清源という人間像に深く感動してこの映画を作った、
田壮壮監督は、チャン・チェンさんを起用したのは、
「なにか縁を感じたから」と、
記者会見で語っていらしたのですが、
チャン・チェンさんの言葉のなかにも、
監督に呼応するように、
「不思議な縁があると思った」と話し、
彼の、人との縁を大切にするあたたかい心を感じて、
またまた感動したのでした。

呉清源さんが天才棋士であるならば、
私はチャン・チェンさんも天才的な俳優
と言えるのでは、と思っています。
だけどチャン・チェンさんの演技への考えや、
取りくみ方を伺うと、
じつはコツコツと努力の人なのだなと
感心することしきりです。
さらにお茶目な魅力もたっぷりです。
どうぞ。

 

□この人と前に会ったことがあるような‥‥

── 『呉清源』はとても静かな映画で、
   表現するものも精神的なもので、
   “心の宇宙”を表現するということが、
   難しい役だったのではないかと思うんですが。
   エドワード・ヤン監督、
   ウォン・カーウァイ監督、
   アン・リー監督、ホウ・シャオシェン監督と、
   (あとキム・ギドク監督作品もつづきますが)
   名監督と一緒に仕事をされてきた
   チャン・チェンさんにとって、
   今回の田監督の特徴的な演出法は、
   どんなだったのでしょうか。
   またチャン・チェンさんが役に入るときの、
   秘密の方法を教えていただけたら‥‥。


張震 僕がただちに感じたのは、
   雰囲気がいままで出演した映画と
   違うということです。
   僕にとっては、これが初めての
   大陸出身の監督との仕事なんです。
   いまでも憶えていますが、
   初めて監督に会ったとき、
   ちょっとだけお話しただけで、
   すごく親しい感じがしたんです。
   たとえば雑談をしているときに、
   この人と前に会ったことがあるような‥‥、
   不思議なほどに隔たりがまったくなくて、
   縁があるんだなってピンときたわけです。

   会ったあとに、
   監督は僕を使うということを決めたんですが、
   この映画は難しい部分がいろいろあって、
   まず日本語のセリフが多いこと、
   年代が違うことと、
   その年代を生きた人物を僕は知らないし、
   理解しにくいかもしれない、ということです。

   それで、撮影の前に監督と一緒に日本に来て、
   ロケ地を見に行ったり、
   僕自身は2ヵ月ほど日本に住んで、
   囲碁の練習をしたり、それなりの準備をしました。

   監督の演技指導については、
   じつは彼はけっして演技を教えるとか、
   そういうことをしなくて、
   生活に溶け込んだ形で自然に慣れていって、
   入っていく、というやり方なんです。
   もちろん基本的な部分、たとえば、
   脚本についてや、人物については、
   監督とつねに議論を重ねて、現場に入ると、
   さっきお話したような、
   暗黙の了解が生まれて、
   「あ〜こういうことですね」っていう具合に、
   監督だけじゃなくてカメラマンの方とも、
   そういうやり方をしていきました。
   それが監督の特別なやり方じゃないかな
   と思います。

   僕の役作りについては、
   まず呉先生の自伝を毎日読みました。
   2ヵ月くらいの日本滞在の暮らしは、
   シンプルな感じで、
   朝起きて、囲碁の練習をちょっとして、
   午後は、自伝を読むんです。
   囲碁の世界はとても静かな世界です。
   そこで毎日、30分ほど瞑想の練習をして、
   心を静かにする練習をしました。
   夜はジョギングなど運動をして、
   そんな感じで役作りに取り組みました。


   

── ひとつの道を追求して極めるという
   作品のなかの囲碁の道と、
   チャン・チェンさんの役者の道とが、
   共通するのではないかと思うんですが、
   チャン・チェンさんにとって役者というのは、
   どういうものですか。
   そして俳優という職業を選ぶきっかけは、
   なんだったのでしょう。


張震 役者像というのは、複雑なものですね。
   おそらく役者は一人一人、それぞれ、
   求める道が違うと思うんです。
   たとえば役者によっては、
   とにかく自分の普段の生活と違う生活を
   演技のなかに求めて、
   違ういろんな役をやってみたい人もいれば、
   また何かの理由で、演技にこだわって、
   とにかく何かを演じたい、という欲を
   満たしたい人もいます。
   一言では言えないものです。

   僕自身については、
   最初から演技専門ではなくて、
   映画には出ていたわけですが、
   最初の何作品かはどれも、
   「映画って楽しいね、おもしろいね」
   という感覚で模索していたわけです。
   演技とは何か、芝居とは何かが
   よくわからなかったので。
   僕の父はじつはプロの役者なのですが、
   そういう意味では最初のいくつかは、
   演技というものがよくわからないので、
   どこか「やりたくない」という気持ち
   さえもありました。

   後に何を求めたかというと、
   自分が出演した映画について、
   観る人に認めてもらいたい。
   自分の演技ではなくて、
   作品を認めてもらいたい、
   そう思うようになりました。

   いまは、むしろ映画の撮影過程をどれだけ楽しめて
   自分も満足しているか。
   演技に対してつねに情熱を持てて、
   それが自分の生きるエネルギーに変わるように、
   そういうふうなことを求めています。


── 呉清源と木谷実との関係がおもしろくて、
   ライバルでありながら、兄弟のような関係でした。
   演じられた仁科貴さんも含めて
   どのように思われましたか?


張震 僕の立場から仁科さんの演技について
   とてもコメントなんてできません。
   ほんとにすばらしい役者さんだと思います。
   木谷と呉の2人はライバルでありながら親友です。
   どちらかというと木谷は呉のお兄さんのような
   存在だと思うんです。
   現場でもそうで、仁科さんがとても助けてくれて、
   僕の面倒をみてくれました。
   映画のなかで呉が沈黙するシーンは多くて、
   木谷は積極的な人ですが、
   内面の心の交流は別に言葉を交さなくても、
   わかりあえる関係でした。
   現場でもプライベートでも
   仁科さんは助けてくれたので、
   現場がとても楽しくて、自然で、
   いまでもいい友だちです。
   これからごはん食べに行くと思います(笑)。


── 日本での生活はシンプルだったと
   おっしゃっていたのですが、
   なにか楽しいことはなかったんですか?


張震 言っちゃいけないことはあります(大爆笑)。
   ごめんなさい。
   でも故郷を離れて外国で暮らすというのは、
   おもしろかったです。
   だから気分的には違いましたね。
   代々木にいたので、
   そのまわりでジョギングしてたんですけど、
   自分の国で走るときとは気持ちは違うし、
   日本人のいい友だちもできたし、
   楽しかったです。

   あ、じゃあ、ひとつ、お話します。
   (と言って考える‥‥)
   ジョギングしているときに、
   たまたま台湾出身の林海峯さんの自宅を
   走ってて、見つけたんです。
   林先生は呉先生のお弟子さんですから、
   「なんか縁があるな〜」(うれしそうに)
   って思って表札見て、
   「僕の(呉の)弟子じゃないか〜」って(笑)。


── それはすごい偶然!
   やっぱり縁ですね。
   これから一緒に仕事をしたい監督とか、
   いらっしゃいますか。


張震 とくには考えてないです。
   オファーをいただいたら
   脚本をまずしっかり読んで決めると思います。
   もちろん機会があれば、
   いろんな人と仕事がしたいです。
   でも挙げるとキリが無いですね。
   つねにオープンマインドで、
   いままで仕事をした監督も、
   していない監督も、どなたでも。
   脚本次第です。
   最近はジョン・ウー監督の『赤壁』の撮影を
   しています。


── 日本語は話せるようになったんですか?

張震 この映画の撮影が終わってすぐは、
   僕の日本語はすごくて(笑)、
   雑談が日本語で出来るくらいでしたよ!
   最近はしゃべってないけど、
   まだ聴くことはだいぶ出来ます。
   機会があればまた練習したいです。


── ぜひぜひ!

張震 (日本語で)はい、どうも!

   おわり。

さすが聞き取りはOKらしくて、
質問の日本語にも「うん、うん」と、
じっと顔を見てうなずきながら聴いていました。
それから通訳さんに通訳してもらうんですけど、
だいたいはわかっていらっしゃるみたいでした。
難しい言語なのに、感謝しちゃいますね、映画に。

で、マジメに語っていたかと思うと、
突然自分の言葉にウケて笑い出すんですが、
その表情の壊れ方がすごくおもしろくて、
めちゃくちゃ魅力的でしたね〜。


(ちょっと表情がおちゃめです‥‥)

先日の東京国際映画祭で早めに
アレクシー・タン監督『天堂口』を観てきたのですが、
これは『呉清源』とはうってかわって、
中国マフィアのアクション映画で、
仰け反るほどかっこいい「動」の張震がいます。
ほんとに呉清源の「静」の演技とは別人なので、
また公開されたらぜひ見てみてください。
それから韓国のキム・ギドク監督の
『Breath(原題)』も待ち遠しいですよね。
これからも間違いなくアジア映画を牽引していく
俳優さんなので、目が離せないし、
ぜひまた日本でも、
たくさん映画に出てほしいなと思います。

『呉清源 極みの棋譜』
『呉清源とその兄弟 呉家の百年』

次回も中国映画、
超絶映像美に酔ってしまいそうな
『中国の植物学者の娘たち』
おしゃれなダイ・シージエ監督です。

お楽しみに。


Special thanks to actor Chang Chen
and SPO. Photo:marsha. All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2007-11-20-TUE

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