OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.155
- Umihiko Yamahiko Maihiko 1 -


ここに“居る”ことが、大切。
──『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』その1

   〜田中泯ダンスロード インドネシア


©2007デザイニングジム / シアターN渋谷にて公開中

□魂を魅了する、田中泯の踊り

田中泯さんは、
世界的に活動する舞踏家であり、
“農民”でもあり、俳優でもある。

映画『たそがれ清兵衛』では、
日本アカデミー賞最優秀助演男優賞と
新人賞を受賞。その授賞式の席で、
泯さんの居姿に魅了された犬童一心監督の
『メゾン・ド・ヒミコ』では、
ゲイのヒミコを、妖艶に、気高く演じ切り、
最近では、NHKドラマ「ハゲタカ」の、
眼光鋭い加藤研磨技師も迫力でした。

その田中泯さんがインドネシアで撮影した
45日間の踊りの旅のドキュメンタリー映画、
『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』が公開になり、
ドキドキしながらお会いしました。
優しくゆっくり丁寧に話をしてくださる泯さんに、
ますます深く魅了されていきました。


1年前のある日、踊りの好きな友人に
「田中泯の踊りを観に行こうよ」と誘われ、
都内でいちばん高い山、箱根山がある
新宿区戸山公園へ行きました。
「土方メモリアル」という
舞踏家 土方巽を偲ぶイベントの1つで、
田中泯『生理歩測』という舞踏公演が、
「公園」という野外パブリックスペースで
行なわれていました。

公園の土の上を、よろよろと歩き、転げ、寝そべる
という独特の踊りを見せている田中泯さんを、
観客と踊り手との境界線もないスペースで、
観客は微妙な距離をとりながら取り囲み、
泯さんが前触れもなく移動するにつれて
共に動きながら、「次はなにが起こるのか」と、
踊り手の様子をじっと見守りつづける、
そんな不思議な空間と形態の公演でした。

私は、というか、観客のほとんどが、
なにか電流に打たれたような
ショックを浴びている感じがして、
そこにただ「居る」田中泯という人間の存在
そのものに、胸を突き刺されたような状態に
なっていた衝撃を、いまでも憶えています。


©2007デザイニングジム

『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』では、
泯さんはインドネシアを旅します。
それは「島々をめぐる6つの旅」です。

 ヤマヒコ「山と田んぼの旅」(スラウエシ島)
 ミチヒコ「道の旅」(スンバ、ジャワ、マドゥラ島)
 ムラヒコ「村と家の旅」(スンバ島)
 ウミヒコ「海と水の旅」(カンゲアン諸島)
 カオス「牛と芸能の混沌旅」(マドゥラ島)
 マイヒコ「踊り旅」(バリ島)

村々の芸能を訪ね歩き、踊る。
道で踊り、歩き、立ち尽くし、寝転がる。
石墓村で祈り、踊る。
潮流に洗われるように揉まれ、流れる。
牛と踊る。木と踊る。鳥と踊る。豚と踊る。

泯さんの素朴で優しいナレーションが、
ディープなインドネシアの舞踏の旅に
グイグイと私たちを誘い、
気がつくとインドネシアで自分も
牛や木々たちと踊っているような、
すっかり身体中が浄化されていくような
不思議な開放感を憶えました。

その田中泯さんが「いま目の前にいる」、
という夢のような時間の感動の一部始終。
私が受けているウェーブの源流に、
迫ってみたいと思います。
お話を聞くうちにたしかに、
泯さんの意識のどこかと、
シンクロできた不思議な瞬間が‥‥。

── いちばん知りたいなと思っているのは、
   踊っているときの、
   泯さん(と呼ばせていただきました)の
   “意識の流れ”なんです。
   意識はどこにあって‥‥、
   どこか浮遊しているような感じもするし、
   何かを考えていたりするのだろうか、とか。
   その環境に入ったときの気持ちの移り変わりも
   あるのかなとか、そんなことを考えて、
   踊りや映像を観ていたりもします。


田中 原則的には、そこの場で起きること、
   自分の中にも外にも起きることを、
   とにかく許容すること。
   受け入れて、時間が進んでいく、ということです。

   たとえば、戸山公園のときは、
   ここから始めて、この道通って、あそこに行ってと、
   そのくらいしか考えていなくて、
   あとは観に来た人が、ぐっと囲むのか、
   あるいは片側だけに座るのか、
   それもわかっていないし。
   状況がむしろ、僕の瞬間瞬間の踊りを
   作っていくように仕向けている、というか。

   で、木がここにあって、この木からこの木まで
   だいたい何歩ぐらいで、とか、何回か歩いてみて、
   記憶したつもりが、たいがい忘れているんで(笑)。
   「あれ、こんなとこに木があったっけ?」って。
   そういうことも、じつは現場のその瞬間に、
   とてもおもしろいし、
   「あー、こんなところに子供がいる、どうしよう」
   とか。

   それと、絶えず、自分がやってることを、
   ちょっと時間遅れで、検証していたりとかします。
   お客さんの位置が変わってるとか、
   後ろ向いている人がいるとか。
   周囲のアパートから声がして「何だろう」とか、
   すごく開いた状態です。
   たいがいのことは、わかっている状態で、
   自分を踊らせているというか。
   どこらへんに自分がいるかというと、
   上の方にいて、眺めているような自分がいる
   瞬間もあれば、真後ろに立っている
   ような時もあります。


── 踊りの最中に、突発的に、
   子供がパーッと入ってきたり、
   通行人がのぞきに来たりとか、
   いろんな要素がありますよね。
   そういうときに泯さんが、多少なりとも
   驚かれるときがあって、やっぱり、
   中へ中へと入っているのではなく、
   外にも意識があるんだっていうのを感じてました。


田中 意識は、内向した状態で踊りをつづけているように
   みなさんだいたいは思われるんですが、
   逆なんですね。すごい見てるんです。


── そうなんですか‥‥。

田中 ただ、外に向いているということがわかると
   居にくいじゃないですか。
   劇場だと、それでやるというのも平気なんですけど、
   要するに何かを見たいときに、
   こっちから逆に待っていると、距離ができちゃう。
   その距離を逆に縮めるように縮めるように、
   引っ張るように踊ってるんですよ。


── なるほど、遠ざけるのではなく。

田中 そうです。
   遠ざけることのほうが簡単ですよね。
   劇場では、客席に座っているときも、
   こうしているとき(前に乗り出す)と、
   こうしているとき(後ろに寄りかかる)とでは、
   観ている内容が違うじゃないですか。
   やっぱり、前傾してもらったほうが、
   おもしろいし。


── 映画は思いきり前傾で観てました(笑)。
   泯さんのナレーションが素朴でやさしくて‥‥。


田中 それしかできないから(笑)。

── あ、いや、すいません。そうじゃなくて‥‥。
   いっしょにインドネシアを楽しめました(焦)。


   つづく。

次回は、インドネシアのこと、踊ること、
について、さらに深く深く入り込みます。


神様みたいな泯さんになりました。かっこいい〜。

『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』


Special thanks to Min Tanaka and TARA CONTENTS.
All rights reserved.
Written by(福嶋真砂代)

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2007-06-13-WED

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