OL
ご近所のOLさんは、
先端に腰掛けていた。

vol.138
- Darwin's Nightmare -


至近距離の恐怖‥‥、
──『ダーウィンの悪夢』



2006年12月23日よりシネマライズにてロードショー

□答えは映画の中にありません。

去年『ホテル・ルワンダ』で幕開けでしたが、
今年は『ダーウィンの悪夢』という、
これまた深刻な問題を描いたタンザニアの
ドキュメンタリーものでスタートです。

「汝、年の始まりには世界のことを考えよ!」
という神の啓示なのだろうか‥‥。
山形の映画祭上映や、NHK-BSでも放映していたので、
もう観た方もいらっしゃると思いますが、
とにかく「悪夢」について一緒に考えましょう。

舞台は、「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほど、
生物多様性の宝庫だった(過去形)、
アフリカのビクトリア湖。ココ
一時期、淡水魚の乱獲によって漁獲量が激減したため、
その救済策として放たれた一匹の大型肉食魚
「ナイルパーチ」。

そこからコトがとんでもない悪循環を起こし、
まさに「北京で蝶が羽ばたくと、
ニューヨークで嵐が起こる」という
“バタフライ・エフェクト”さながらに、
その影響は世界へと波及していきます。
『ダーウィンの悪夢』を観た後には、
どんなホラー映画よりも怖い現実におののき、
立ちくらみやら吐き気やらしたのを憶えています。

ちょっと脱線しますが、
以前肉体改造なるものに挑戦していたとき、
スーパーマーケットに行っては、
目をさらのようにして探していたのは、
タンパク質の源、白身魚でした。
白ければなんでもいいやとばかり掴んで
食べていたのは、じつは、そのナイルパーチ
だったかもしれません。
以前「シロスズキ」として売られていたらしいですが、
いまはちゃんと「ナイルパーチ」という品名で、
けっこうおいしい切り身が店頭に並んでいるようです。
もし目につかなくても、お弁当とか、
ファーストフードとか、知らずに食べているかも。


パックに入ってます(by 配給会社の人)

とはいえ、この映画は、
「ナイルパーチが問題だから買うな」
と言っている映画では決してない! と、
オーストリア出身のフーベルト・ザウパー監督も
来日したときに強く主張していました。


フーベルト・ザウパー監督

そんな映画だと誤解されたり、あるいは、
タンザニア政府からネガティブキャンペーンを受けたり、
(実際、数千人規模の反映画デモが行われた。
 しかもデモ参加者は、警察に雇われた、
 映画を見る権利のない人々だったのだと‥‥。)
いろいろと大きな反響を呼んでいますが、
2006年アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞
ノミネートほか19の賞も受賞しています。

思うのは、ものごとの伝え方とは、
クリエイターによって多種多様であり、
ドキュメンタリーとフィクションを
完全に切り分ける境界線を見つけることに
それほどの意味は無い(映画にとって)。
なによりもこの映画がしようとしていることは、
事実の検証ではなく、あるひとつの問題提起。
なにも知らずに白身魚を食べるよりは、
何が起こっているのかという現実を知ることが
少なくとも必要だということです。

なぜなら、その問題は遠い国のことではなくて、
至近距離にある問題だから。




さて何が問題なのか?

ビクトリア湖の一匹のナイルパーチに話を戻すと、
次のような「悪の連鎖」が見えるという。

1. ナイルパーチが大繁殖し、生態系が崩れた
      ↓
2. ナイルパーチの加工品輸出のための工場ができ、
  農村や遠くからも労働者が流れ込んだ
      ↓
3. 漁師の仕事も減り、貧富の差が拡大した
      ↓
4. 工場の周りに労働者に群がる売春宿ができた
      ↓
5. 避妊用具を使わず、エイズが蔓延し、
  エイズによって親を亡くした
  ストリートチルドレンが増えた
  職にあぶれ、国外脱出者(EU、香港、日本など)
  も増えた(手配師によって歌舞伎町、六本木へ)
      ↓
6. エイズは国外脱出者や、魚の輸送者など
  によって世界各地へ拡散
      ↓
      ↓
      ↓
     ループ



ナイルパーチは単なる1つのサンプルであって、
ビクトリア湖も単なるサンプルの場所であるとすれば、
魚を、ダイヤモンド、石油、金などの資源に置き換え、
場所を、ほかの同じく搾取されている土地に
置き換えても、同じ方式が成り立ってしまう。
つまり、これはグローバリゼーションがもたらす、
「悪の連鎖」と呼ぶことができる、と監督は捉える。

北は、南を搾取する。

いくら資源の宝庫が見つかっても、
その利益がその土地を潤すことはなく、
北側の生活が向上するばかり。
南側では、それまでの生活の均衡が崩れ、
環境は破壊され、貧富の格差は広がる。
貧困、飢餓、病気、内紛が起こり、
生活のために兵士になる者も増えていく。

ナイルパーチをEUへ運ぶ輸送機は、
タンザニアに来る際、空っぽで来るわけではない。
何を運んでいるのかを示唆しているシーンが映っている。
つまり、武器を運んでいるのではないかと思わせる。
実際そうなのだろう。
ザウパー監督がこの映画を作ろうと思ったのは、
コンゴの内戦の記録映画を作っていて、
知り合ったロシア人パイロットが運ぶ、
積み荷について興味を持ったことがきっかけで、
そこには、内戦で使用する武器、爆薬、
地雷、義足もあったそう。

いったいどういうことなんだろう、と。

要するにめぐりめぐって、
紛争に手を貸していることにはならないだろうか、
いま白身魚を口にしている私は‥‥。

4年の年月をかけて地元の人たちと少しずつ
関係を築いていき、その間、逮捕されたり、
危険な目に遭いながらも撮影したのは、
“現実だけでなく、私の魂を撮った”のだと
監督は、撮影エピソードを教えてくれました。

元ストリートチルドレンの画家のジョナサンや、
パイロットたちの売春婦のエリザを追うカメラは、
彼らの息、彼らの声、笑顔、悲しみを捉えます。
配給される少ないごはんを争って食べる子供たちは、
教育も受けられず、麻薬の餌食になっていく。
絶望的で地獄のような状況に呆然とする‥‥。
だけど、ザウパー監督が言いたいことは、
こんな状況の中にも「希望」があるはず、
ということなんだというのです。



それは子供たちです。
こんな悲惨な状況下でも、きれいな瞳で
「学校に行って勉強したい」と、
夢を語る子供たちがいること。
彼らが、こういう世界を作っている
間違ったシステムに早く気づいて、
自分たちでよい社会を作れるように
なってほしい、という希望。
どう見ても、いまのままでは
絶望的な希望のように見えるけれど、
このままではいけない。

監督を迎えて行われた映画のシンポジウムで、
明治学院大学の勝俣誠教授が指摘していたのは、
「ナイルパーチが問題なのではなく、
 公の欠如、つまり政治がないことが問題」
ということ。

ナイルパーチで儲ける会社があるのなら、
魚工場の衛生管理、
輸出用以外の部分を現地の人が食べられるように
すること、エイズの予防、治安、
労働条件の改善、分配の平等、とか、
派生する様々な問題を整備する公の機関が
まるで機能していないということが、ある。
(いまは随分改善されたのだと、
 タンザニア政府は主張していますが。)



だから、子供たちが教育を受けるということが
とても重要なわけで、教育を受けた人たちが、
ワイロだらけの社会ではなく、公平で健全な社会で
職につけるようにしていかなければ、
人材が国に留まらなくなってしまう。

「ODAがあるじゃないか」と言うかもしれない。
でもODAが最下層の本当に必要な人々に
行き渡っているかというと、どうも疑問。
どこかでショートカットが起きている
という現状もある。で、それは、
つまり、我々の税金なわけですから、
そういう意味でも至近距離な問題なのです。

じゃあそうやって石油を採り、白身魚を食べ、
りっぱな家に住み、ダイヤを買うような先進国では、
人々はほんとうに幸せなのだろうか、
という問題もかなり至近距離にあります。

自殺や、殺人、いじめ、心の病など、
とくに弱者にものすごいしわ寄せがある、
経済発展の末に訪れる心の地獄というのも、
ものすごく至近距離です。

ザウパー監督は、
「この映画を自分の問題として観てほしい。
 解答は示していない。どうしたらいいかを
 考えてほしい」と結んでいました。
2007年の課題として胸に刻んでおく、ですね。


では今年も、こんなにも問題満載で、
興味が尽きない世界と人間を、
「映画」というミラクルなメディアを通して、
クリエイターやみなさんと一緒に、
考え悩み続けていきたいと思ってます。

Happy New Year!!



『ダーウィンの悪夢』


Special thanks to Moviola.
All rights reserved.
参考資料:「ダーウィンの悪夢」プレス資料
シンポジウム@明治安田生命ホール(2006/11/7)

Written by(福嶋真砂代)

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2007-01-03-WED

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