『MOTHER』の音楽は鬼だった。
鈴木慶一×田中宏和×糸井重里、いまさら語る。

第9回
「『MOTHER』と
 アメリカン・ニュー・シネマ」


ゲームのことを思い出した時に、
その映像と同時に「そのゲームで流れていた音楽」まで
思い出してしまうという感じが一番強かったのが、
MOTHERシリーズであったと思います。

MOTHERシリーズの曲って、なんかこう、
うまくことばにならないんですよね。
例えば、MOTHER1でロイドが仲間になったあとの
フィールドの曲って、
「なんか知らないけど聞いてると
 心が頑丈になった気分になる」
という感じがします。
あと、MOTHER2のラストダンジョンの曲は、
「なんか知らないけど、
 寂しくて、とても恐ろしく、そして悲しい」
という感じです。エイト・メロディーズにおいては
「曲が直接自分の涙腺を刺激してきて涙が出る」
って感じですかね。
とにかく、なんか、曲のことを文章にしようとすると
自分でも何書いてんだかわかんなくなるんです。

でも、「頭じゃなくて心に残るもの」というのは、
こういうものなんじゃないかなと思います。
そんなゲームの製作に関わってきた方々を、
心から尊敬し、感謝し、そしてちょっと嫉妬しています。
そして、MOTHERというゲームを知っている自分を
ちょっとだけ誇らしく思います。
(なかむ)



── うかがっていると、やっぱり、
すごいつくりかたをしてたんだな、と感じます。
田中 当時はあまり意識してなかったけど
いたるところに
ある種の過剰さを感じますね。
それがお互い影響しあって
混ざり合って、、という、、
鈴木 はたから見たら、あまりにハイなんで、
まともじゃなく見えたかもしれないね(笑)。
糸井 まともに仕事のこと考えてる人から見たらね。
どことどこが無駄で、
どことどこが下らなくて、
どことどこはやめたほうがよくて、
っていうチェック・リストを作ったら、
『MOTHER』はできないね(笑)。
鈴木 ゲームの容量いっぱいいっぱいで作ってると、
こっちの容量もギリギリまで
使わないとって思うんだな。
暴走してる感じがあったもんなあ、砂煙あげて。
ママ助けて、止めてくれー。
田中 そうそう(笑)。
── そういうふうにつくっていったとしたら、
「なぜ破綻しなかったんだろう?」
って感じるんですけど。
糸井 それはさ、最初に、
「何がしたいか」ってことをわかってたからだよ。
そこだけはキリッとする瞬間、
みたいなのが、ひとりひとりにあったからね。
不良だけど泥棒だけはしねぇぜ、みたいな。
鈴木 暴れるけど、命だけは助けてやる、とかね。
糸井 うん。だから、
「自分たちが自由にやんないと、
 人も自由にできないかな」みたいな感じが
そのころのムードとして強くあったんだ。
かといって「オレがオレが」っていって
でしゃばったりはしないんだよ。
やっぱり、なんていうか、
「裏方に回るつもり」が、すごくあったよね。
鈴木 そうだね。自由にまかせてもらってる、裏方。
糸井 たとえば、ひとつおぼえてるんだけど、
テレビCMの最後に「糸井重里発明」っていう
文字を入れようっていう案があったんだよ。
そういう気持ちはわかるんだ。
だけど、ゲームをつくるってことってね、
すごく、「裏方だ」って気があったんだよ。
で、裏に回ったまんまでいいものを作って、
それで拍手がほしかったんだよね。
だから、ひとりひとりが
プロデューサー的っていうか。
田中 うんうんうんうん。
鈴木 CDつくるときもやっぱり、
プロデューサーとしての自分が、
自分の後ろにいたからね。
いや、前か。わかんなくなってきた。
── なるほど。
糸井 そういうふうにして、
なにをしたかったのか、っていうと、
忘れないようにさせる仕事なんだよね。
そのために、いろいろ過剰にやったんだよ。
あれで、オレが金まで握ってたら、
えっらいたいへんだったろうね。
お金のことを最初に考えてたら
絶対につくれなかったゲームですよ。
だって、維持費だけで、あり得ないぜ(笑)。
鈴木 音楽に関してもそうだよね。
ほんっとにいまとなっては
ありがたいと思ってるんだけど、
いいスタジオも使えたし、
いいミュージシャンも使えたし。
いい録音状態にもなったしね。
それはその後にも生きていくわけで。
糸井 うん、そうだよな。
無駄なセリフ入れるっていうことも、
同じようなことじゃないですか。
無駄だってわかっていても、
無駄にしたいために入れてるんじゃなくて、
あったほうがいいから入れてるわけだから、
入れる必然性はぜんぶあるんですね。
だから、『MOTHER』のパターンを
マネしているつもりのセリフとか、
たまに人のゲームで見たりすると、
「それは無駄でしょう」って
言いたくなるときがあるんだよね。
それはセリフでもそうだし、
音楽でも絶対そうだよね。
いまはできないんだよな、って言いかたは、
悲しいけどほんとだよね。
だって、だいたいさ、
タイトルが中身を直接的に
表してないじゃないですか。
田中 うん。
鈴木 そうですね。
糸井 もし、ぼくの上に
もうひとり決定権のある人がいたら、
もうちょっとこう、なんか、
『ネスの大冒険』とか、
なんかあるだろうが、って言いますよね。
パッケージだって中身をぜんぜん表してないし。
でも、だからこそ残ったんですよ。
みんながおぼえていてくれるんですよ。
こういう言いかたは誤解を招くかもしれないけど、
アクションゲームでやれないことをやりたかったし。
「『マリオ』のどのシーンよかった?」
っていう思い出は語れないものね。
鈴木 そこ重要だよね。だから、
『MOTHER』って、映画でいうと、
アメリカン・ニュー・シネマ
(※60年代の終わりから70年代にかけて
 アメリカを中心に制作された、
 それまでの常識にしばられない
 自由な作風の映画)だと思うんだ。
── アメリカン・ニュー・シネマ。
鈴木 それ以前の映画って、
映画監督はたんなる演出家だったわけだ。
つまり映画を演出する、それでおしまい。
編集や細かい仕上げは違う人がやる。
その意味で、映画監督は作家ではなかった。
それが、ニュー・シネマ以降になって
ようやく変わるんだ。
そこで初めて映画監督は作家になる。
『MOTHER』って、
そういうタイミングのものだと思う。
糸井 奇しくもぼくはあのころ
「『MOTHER』はロード・ムービーだ!」
って言ってたね。
鈴木 ああ、そうそう。
だから、ゲームの隅から隅まで
糸井さんの息みたいものが、
かかってるんだよね。
糸井 ワルい意味でもね(笑)。
あのころは、やっぱり「ワルいイトイさん」が
まだ生きていた時代で。
それはそれで、ゲームのなかに
うまく作用したとは思うんだけど。
鈴木 ハッハッハッハ。



よくよく考えると、ファミコンとスーファミで
こんなにゲーム全体のデザインがイカス作品って、
多分現在主流のゲームにもあんまりない。
映画で言うと「時計仕掛けのオレンジ」。
真っ赤な箱に金色で書かれた
「MOTHER」と地球の絵なんて、
めちゃめちゃカッコイイもの。
「1」「2」とも、箱取説付きで大事に保管しています。
(yam)

(続きます!)

2003-06-10-TUE

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