ポケットに『MOTHER』。
〜『MOTHER1+2』プレイ日記〜

8月16日 忘れることについて


どうして僕はこの場所を覚えていないのだろう。
これまでに、何度かここに、そう書いた。
どうして僕は、この印象的なイベントを
記憶にとどめておかなかったのだろう。
ゲームのなかで軽い衝撃を受けるとき、
しばしば僕はそのように自分の機能を疑う。
たとえそれが9年前のことであるとしても、
これを覚えていない自分はどうか、と思う。

以前、タレントの伊集院光さんに取材したとき
大好きなものを忘れることについてこう言っていた。
「マンガで『ドラえもん』読んでたとき、
 アニメになって「うわ、声が違う」って思ったくせに、
 いま『ドラえもん』読んでも、
 まえに思ってた声は憶えてない。
 大山のぶ代の声で俺の読んでるマンガが
 しゃべってることに、もうなんの違和感もなくて、
 じゃあ「最初に違うって言ってけど、どう違ったの?」
 って訊かれても、もうぜんぜんわかんないでしょ。
 やっぱ人は忘れるよ。忘れる。
 それはもう、忘れてることに愕然とする。
 いままだ俺は「自分はもう忘れてるのかも」って
 思うだけましだと思うけど、
 思ってたことすらも忘れてたりすると、
 もう、わかんなくなってくるよね」

僕は『MOTHER2』が大好きで、
きっと9年前にクリアーした直後は
ゲームのなかのさまざまな場面を強く詳しく覚えていて、
それこそいろんなことを一晩中でも語れたのだと思うけど、
どうやら僕は大好きだった『MOTHER2』の
さまざまな場面を忘れてしまっているのである。

「やっぱ人は忘れるよ。忘れる。
 それはもう、忘れてることに愕然とする。」

俺こそが3番目に強い、と主張する砂漠のモグラ。
停電中のデパートに流れる不気味なアナウンス。
歌姫ビーナスのきらきら光るスパンコール。
石を見つめながら自己の存在について語る人々。
「おまえのばしょ」に添えられる印象的なフレーズ。

たくさんのことを僕は忘れている。
忘れていることに愕然とする。
こうしながらもきっと何かを忘れていってる。

アンニュイな海辺の街をうろうろしていたら、
突然、電話がかかってきた。
以前、ゲームのなかにちらっと登場した男の子からだ。
彼はメガネの仲間の古い友だちである。
彼はとっても優しくて繊細な男の子だから、
旅に出た自分の友だちをとても心配している。
電話を切る間際の言い回しを聞いて
僕はまたしても少し泣きそうになってしまう。
彼はなかなかその電話が切ることができなくて、
最後の最後にこう言うのだ。

「ながくなっちゃうからもうきるね。
 さよなら。
 がんばってね。
 きをつけてね。
 ほんとにきるからね。」

そういうことも、僕はすっかり忘れていた。
たとえ9年前にプレイしたゲームの
一場面にすぎないことだとしても、
僕はすっかり忘れていたのだ。

「やっぱ人は忘れるよ。忘れる。
 それはもう、忘れてることに愕然とする。」

センチメンタルな気分になったついでに飛躍するけれど、
ひょっとしたら、人が絵を描いたり、歌をつくったり、
写真を撮ったり、言葉をつづったりするのは、
いつかそれを忘れてしまうからなのかもしれない。

そんなふうに思ったことを忘れないように、
電話のことといっしょにここに書いておく。

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2003-08-17-SUN


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