『MOTHER』の気持ち。
いちばん近くで、
この不思議なゲームの話を聞く。
1989年に出た
『MOTHER』というゲームと、
1994年に出た
『MOTHER2〜ギーグの逆襲〜』というゲームが、
2003年6月20日に
ゲームボーイアドバンス用ソフト
『MOTHER1+2』として発売されます。
超大ヒットしたわけでもないのに、
いつまでも熱心に語られるこの不思議なゲームのことを、
制作者の糸井重里という人に、たっぷり聞きました。
(ちょうどそこにいたものですから)
制作中の「あの作品」についても、聞きました!


『MOTHER』と、『MOTHER2』が、
『MOTHER1+2』という
1本のソフトになって、
ゲームボーイアドバンスで出ます。

それで、ほぼ日では、特別な連載を用意していました。
ほぼ日を主宰する糸井重里ではなく、
『MOTHER』を作った糸井重里という人に、
『MOTHER』というゲームについて
インタビューしてみようというものです。

先日、数時間をかけて、その取材を行いました。
そこで語られた言葉は、驚くほど濃いものでした。
当の糸井重里も、そんなつもりはなかったのだと思います。
けれど、そこで、だんだんと語られていった言葉は、
ずいぶんと糸井重里の深い場所にあったものでした。

そうして、そのインタビューの最後に、
何かに押し出されるようにして、
糸井重里は『MOTHER3』について語りました。
たぶん、そういう話の順番でしか、
糸井重里は『MOTHER3』について
語ることができなかったではないかと思います。

私たちは、そのインタビューを、
語られた順番でもって掲載し、
最後に、『MOTHER3』について
お知らせするつもりでいました。

けれど、『MOTHER1+2』の発表にあわせて、
多くの人が、『MOTHER3』の情報を求めて
ここを訪れることが予想されます。
それで、もう一度、緊急に糸井重里を取材しました。
それを今日から始まる特別な連載のはじまりとして、
まず、掲載いたします。

〜はじめに、
  『MOTHER3』について〜

── 『MOTHER3』が制作中、ということですが。
糸井 はい。ただ、まあ、僕は
ゲームの制作については「前科者」ですから、
こういう発表することに対して、
同じことをくり返してしまうんじゃないかという
怖さのようなものを感じてしまうんです。
ものすごく慎重になってます。
本当は、完成してから発表したいくらいなんです。
でも、『MOTHER1+2』が出るというときに、
当然、「『MOTHER3』は出ないんですか?」
という声が上がることになるでしょう。
そこで、制作しているのに、「出ません」と、
いちいちうそをつくのはいやだったんで。
それで、まずは「作っています」ということを、
お知らせすることにしました。
── いったん開発中止になった
『MOTHER3』が出るということについて、
率直な気持ちを教えてください。
糸井 たくさんの人をがっかりさせてしまった自分が、
こんなふうに言うと怒られるのかもしれませんが
出るということは、ぼく個人にとっては、
とてもうれしいことです。
出したくて、本当に、出したくて、
作っていたものですから、
出るということ自体は、個人的に、
とってもうれしいことです。
一度、出せなかったという事実がなければ、
もっと気持ちよくお知らせするんですけど、
まあ、なんていうんでしょう、
どうしても、遠慮があるというのが、
正直なところです。
── 純粋に、待っていた人にとっては、
うれしいニュースだとも思うんですが。
糸井 ありがたいことですし、励みになります。
でも、まあ、笛や太鼓をどんどこ鳴らして、
にぎやかにお知らせすることは、
やっぱりしないつもりです。
本当は、連載の中で、『MOTHER』の話と、
『MOTHER2』の話を読んでもらったあとで、
『MOTHER3』について知ってもらうほうが
いいと思ったんですけど、やはり、この話を、
先に一度しなくちゃいけないですよね。
── 順々に聞きますが、まず、プラットホームが
ゲームボーイアドバンスになりました。
糸井 はい。たぶん、
あきらめずに待ってくださっている多くの方は、
はたして『MOTHER3』が
ゲームボーイアドバンスというサイズの中に
収まるのだろうかとお思いになるでしょう。
たしかに、ぼくの最初の構想としては、
そういうサイズで発想したものではなかったです。
だから、「シナリオを本にしませんか」とか、
「映画にしてみたい」という話もあったんですけど、
検討していくうちに、無理だということがわかった。
やっぱり、サイズというか、
大きさのようなものが違うと思ったので、
けっきょく、どれもあきらめたんです。
── それが、なぜ? というのが、
いちばん気になるところです。
糸井 もっとも端的に言うと、あるとき、
「ゲームボーイアドバンスで出すという方法は
 ありえないのですか?」という提案を受けました。
それで、ぼくには、思いもつかないことだったので、
その場では「わからない」と答えたんです。
ほんとにわからなかったんで。
それから、じっくりと考えてみたんです。
そこで感じたことは、自分が知らず知らずのうちに、
大作主義に陥っていたということです。
当時のぼくは、
すごく肩に力の入った作りかたをしていて、
なんていうか、極端にいえば、
「世界をびっくりさせてやろう」みたいな、
「自分が想像できる全部を入れ込もう」
みたいな感じで、それこそ大作を出そうとしていた。
大作を出してやろうとして、挫折したわけです。
でも、もっと、違う求められかたが
ほかにあるんじゃないかとやっと思えてきた。
そういうふうに思えたということが、
まあ、すべてとはいいませんけど、
『MOTHER3』がゲームボーイアドバンスで
出ることになった、理由のひとつだと思います。
── そういうふうに考えかたが変わった
きっかけのようなものはありますか。
糸井 いろいろあるとは思いますが、
そのうちのひとつを挙げるとすると、
『MOTHER1+2』が
ゲームボーイアドバンスで出ることになって、
テストプレイをしてみたことです。
3Dのキャラクターが動かなくても、
こってり描き込まれた絵が続々と出てこなくても、
ぼくの考えたものっていうのを
味わっていただけるんじゃないかっていうふうに
思えるようになったんです。
だから、ゲームボーイアドバンスという
ハードの力も影響しているといえるし、
もっと大きな枠でいうと、
ゲームというものを取り巻く
時代の気分みたいなものが変わったことも
影響していると思います。
仕事を放り出してでもプレイしようとか、
徹夜を続けてでもゲームにかじりつこうとか、
そういう時代ではなくなっていると思うんです。
なにせ、自分も含めて、いまいちばん難しいのは、
他の人の「時間をもらうこと」ですから。
だから、ゲームボーイアドバンスという
ハンディなハードを使って、
毎日ちょっとずつ楽しむような、
そういうゲームになればいいなと思って。
そういうふうに考え方を切り替えて、
『MOTHER3』を作り始めたということですね。
── 『MOTHER3』がどういうゲームになりそうか、
話せる範囲で教えてください。
糸井 お話は、基本的には、
ぼくのシナリオに基づいて作られています。
開発自体は、着々と、進んでいるところです。
以前は日本シリーズの優勝決定戦のようなつもりで
作ってたんですけど、
いまは開幕第一戦に向かうみたいなつもりで
肩の力を抜いて取り組んでいこうと思っています。
「今日はここまでやったら寝よう」みたいな感じで
ちょっとずつ、休み休みプレイして、
「けっこうおもしろいよ?」って言ってもらえる、
そんなゲームにしたいと思いますので、
そういうものなんだという感じで
のんびり待ってていただけると幸いです。
あの、こんなふうに言うと、
「なぁ〜んだ」って思う人もいると思いますけど、
思われちゃうことは、まあ、
しかたがないのかなとも思います。
けれど、そもそも、
『MOTHER』も、『MOTHER2』も、
そういう軽さを持っていたんじゃないかと思います。
だから、もしも『MOTHER3』ができたなら、
あえて「あんまり期待しないでね!」って、
笑いながら平気で言えるような、
そんな、楽しいゲームにしたいと思ってます。
「いつ出ますか!」、「どんなゲームですか!」
って聞きたいでしょうけど、作ってる最中なんで、
発表はこれくらいにさせてください。
もう少し詳しい経緯なんかは、
たぶん、このあとに掲載されることになる、
連載のほうで読めると思いますので、
そちらのほうも読んでもらえるとうれしいです。

とりあえず、『MOTHER3』について、
わかっていることは以上です。
遠慮しながら、恐縮しながら、
慎重に言葉を選んでいた糸井重里でしたが、
最後に長く考えたあと、こんなふうに言いました。

「大きい荷物を下ろして、自分の足取りで進むように、
 がんばりますので、どうかよろしくお願いします」

さて、次回からは、当初の予定どおり、
糸井重里による『MOTHER』のお話を掲載します。
あの不思議なゲームに何が込められていたのか、
これまでまったく知られていなかったようなことが、
今回よりはずっとずっと軽快な調子で語られますので、
どうぞお楽しみに!


第1回
「出ること自体がうれしいし、
 自分もやってみたいと思ったんです。」


糸井 (制作中のサンプルROMから流れる
 『MOTHER』のメインテーマを聞きながら)
……う〜ん、いいなあ。
── ……いいですねえ。
糸井 さ、やりましょうか。
── はい。『MOTHER1+2』ですが、
もともと出してほしいという声はありましたよね。
糸井 ありましたね。それはほんとにありがたかったです。
ずいぶんまえのゲームですけど、
ずっと覚えてくださっている人がいて。
── 移植するという企画は以前からあったんですか?
糸井 以前から打診は受けてました。
ゲームボーイアドバンスが出たころなんかも、
「あのくらいのサイズなら完全に再現できますよ」
って言われていて。よそのソフトハウスからも、
「うちにやらせてくれ」という声が出ていたんです。
ところが、ぼくは当時、それどころじゃなかった。
『MOTHER3』の中止を発表したあとも、
いろいろと、頭がいっぱいになってしまっていて。
「移植についてはちょっと考えようがないな」
というのが正直なところだったんです。
── 移植に反対していたわけではなく。
糸井 ええ。そういう話があるたびに、
「出ることに対してはうれしいです」と
いつも言っていました。
ただ、具体的には「考えようがない」と。
そのひと言ですよね。
── それが「考えられるようになった」のは
糸井さんのなかに
どういう変化があったんでしょうか。
糸井 まず、ぼくのなかに、
あのゲームが遊べないっていうことに対して
なにか、変だなという気持ちがあったんです。
ぼくの家にはもう、ファミコンもないし、
スーパーファミコンもない。
それは、いま、普通の人の家の風景として
あたりまえですよね。
つまり、ハードがないからあのゲームは
遊べないわけです。そういう状態で、
たとえば『MOTHER』を好きな人は、
ありがたいことに
古いハードを使って遊んでくださっているわけです。
それに対して、心が痛いとまでは言いませんけれど、
なにか、変なことをさせているような気分があった。
── なるほど。
糸井 そんなふうに感じていたとき、宮本(茂)さんから、
「『MOTHER』のアドバンス版が出るとしたら、
 どういうふうなものだったら糸井さんは満足ですか?」
って言われたんです。それでぼくは
「いや、どういうもこういうもないですよ」と。
出ること自体がやっぱりうれしいし、
自分もやってみたいと思ったんです。
なにより、いまあのゲームをやると
おもしろいんじゃないかという気分が強くあった。
というのは、あれを作っていた当時、
ぼくはゲームにどっぷりと浸かっている
人間じゃなかったんです。
その距離感みたいなものは、
ゲームがふつうの娯楽として浸透した、
いまの時代にこそ合っているんじゃないか
という気がしたんです。
── そこへタイミングよく移植の打診があった。
糸井 そうです。だからぼくはもう、
「いや、もう、やりますよ」と。
しかもすばらしいことに
『1』と『2』をひとつのパッケージで
出すことができて、携帯機で遊べる。
移植の作業も信頼できるチームに
担当していただけるということだったので、
もう、「お願いします!」という気分でしたね。
── 糸井さんの役割としては監修ということに?
糸井 そうです。進行しているものを、
途中、途中で見せてもらいながら。
── とくにアレンジの要請などは?
糸井 あ、それはないですね。むしろそのままでいこうと。
たとえば、ゲームのなかに、
「2001年になったら返しにきてね」っていう
図書館の本が出てくるんですよ。
そのへんの設定のつじつま合わせに関して
「どうしましょうか?」って言われたんですけど、
ぼくはそのとき、なんとなく、
「じゃあ年代だけは直そうか」って言ったんです。
ところが、スタッフのほうから、
「でも、最初糸井さんが言ったように、
 昔出たゲームだということで
 変えなくてもいいんじゃないですか?」って、
逆に提案されたんです。考えてみたら、たしかに、
ズレをそのまま出したほうが逆にいいなと思って。
まあ、どうしてもというところは
若干修正してますけど、
基本的にそのまま移植しています。
── 当時遊んだ人ばかりではなく、
はじめて『MOTHER』をプレイする人も
多いと思いますが。
糸井 それはほんとにうれしいですよね。
ぼくが過去にゲームを作っていたということすら
知らない人はいると思うんですよ。
そういう人に遊んでもらえるということが、
もう、めっちゃくちゃうれしいですね。


第2回
「それがないと、
 最後までつくれなかった。」


── 『MOTHER1+2』が出ることを
糸井さんがすんなり肯定できたのは、
『MOTHER』から少し離れて、
客観的に見られるようになったことが
大きいんですね。
糸井 そうですね。たとえば自分の子どもって、
生んでしばらくは、幼児として扱うじゃないですか。
で、べったりかわいがる時期があって、
小学校行って、中学校行って、
ほんとに子どもが大きくなっちゃったら、
たまに会ううれしさがあって。
いいところと悪いところっていうのが、
ふつうに受け入れられるようになってくる。
ちっちゃいときはお人形さんみたいにかわいくて、
さぞかし美人になるだろうと思ってた子も、
そうじゃないっていうのが
わかったりするわけですよね。でも、
「それはそれでおまえだよ」って思えるんです。
欠点も含めて、こういうやつがいるんだ、と。
そういう愛しかたができるようになるんです。
今度の『MOTHER1+2』は、
見事にそれですね。
── 「それはそれでおまえだよ」と思えるからこそ、
その子に対して、どうしてあげようかという
判断ができるようになる。
糸井 できますね。お嫁に行くとか、
仕事のことで相談を受けたとか、
そういう感じにすっごく近いですよね。
── それはやっぱり時間が経ったということですか。
糸井 時間の影響も大いにあるけど、
それよりも時代といったほうが近いと思う。
ひとつ大きいのは、
ゲームが単純なブームじゃなくなりましたよね。
それによって、なんというか、
ひじょうに冷静に愛せるようになった。
冷静に愛するっていうと変だけど、
ゲームってなにがいいんだっけな? っていうことを、
みんなも落ち着いて思えるように
なったんじゃないかな。
それはとってもうれしいですよね。
── 一般の人の娯楽として落ち着いたし、
糸井さんのゲームへの関わりかたも落ち着いて、
「考えようがない」状態が変わり始めた。
糸井 うん。たとえば、
好きじゃないけど売れるものを作るんだっていう
方法もありますよね。
それはそれであると思うんですけど、
今回の『MOTHER1+2』って、
「好きなものが売れる」っていう喜びが味わえる、
とってもいいチャンスが来たと
ぼくは思ってるんですよ。そういう意味でいうと、
やっぱり時代の移り変わりって大きいんです。
── なるほど。
糸井 時代によって、売られるものやつくられるものが、
ちがってくるのは、いまにかぎらないんです。
だって、いちばん最初のことでいえば、
ぼくは、自分に子どもがいなかったら、
このゲームを作っていないですから。
あの、個人的なことなんだけど、
ぼくとぼくの子どもは離れて暮らしてましたから。
で、『MOTHER』のなかで、
お父さんはずっと離れた場所にいるじゃないですか。
── あっ。
糸井 そのメッセージが、彼女に対してだけ、あったんですよ。
「離れているお父さんに愛されてる」っていうことが、
たったひとりの子どもに対するメッセージだったんです。
もちろん、それだけでゲームをつくるわけじゃないです。
ひとつの軸にすぎないんです。
けど、その細い軸になっている部分っていうのは、
僕の勝手な思い入れなんです。
だから、ゲームのなかで電話がかかってきて、
主人公は「あ、パパだ」って言うじゃないですか。
あれはぼくですよね、完全に。
あのお父さんは、いつでも遠くにいて、
「振り込んでおいたから」みたいに、
すっごい冷たい言いかたをしているけども、
セーブは必ずお父さんのところでしますよね。
あの形を生み出したということが、
ぼくに、『MOTHER』というゲームを
絶対に最後までつくらせるという動機になったんです。
── ……驚きました。
糸井 そのくらいのことを、いまは言えるんですよ(笑)。
当時は、ナイショにしといたほうがいいんです。
でもいまは、もう言えますよね。
それくらいまで距離が出てきた。
で、それはなにも個人的なことばかりじゃないんですよ。
当時、ぼくは、そういう子は
いっぱいいるだろうなと思ったんですよ。
それも時代の関係だけど、
スピルバーグの映画観てもそうなんですよ。
ええと、たしか『E.T.』なんかも──。
── いないです。お父さん。
糸井 いないですよね。
当時、あんな家はものすごくあって、
自分ちの子どももそうだ、っていうときに、
その子たちが何を思っているんだろうっていうことが、
ぼくのなかで、いっちばん大きなテーマだったんです。
だから、ゲームのなかで、
その子たちに味わってほしいことがものすごくあった。
その子たちが『MOTHER』をやったら、
元気がでるように。
それがいちばん大きいメッセージだったんで、
それがないとぼく、『MOTHER』を
最後までつくれなかったと思いますよ。
── はぁ〜、なるほど……。
糸井 あと、あのさ、軽い話なんだけどね、
あるとき子どもからぼくにメールが届いたんだけど、
そのメールの最後に
「ガチャン、ツーツーツー」って書いてあったの。
── わあ。
糸井 もう、すっかり大きくなってからだよ?
で、子どもはぜんぜんわかってないはずなんですよ。
ほんとは。ぼくの意図とかは。
でも、子どものなかに「ガチャン、ツーツーツー」が
残ってるのがおかしくてさぁ(笑)。
── ……おかしくないですよ!
糸井 うん(笑)。子どもはぜんぜん無意識で書いてるんですよ。
でも、その、「ガチャン、ツーツーツー」は、
親の気持ちとしては、ぜんぶ、ですよね。
で、そういうことを、平気でこんなふうに言えて、
発表してもまったくかまわないよ、って言えるのが、
『MOTHER1+2』を出せた理由ですよね。
だから、うれしいんですよ。ものすごく。
ああ、大きくなったなあという。
── なんかあの、感動してますけど。
糸井 いやいや、みんなそんなもんよ、親って(笑)。
── あの、当時それだけのものを、
糸井さんが『MOTHER』に込めていたということと、
込めたことをさらっと言えるという
ふたつのことに感動しますけど。
そのふたつがあるからこそ
『MOTHER1+2』が出せるんですね。
糸井 まったくそのとおりですね。
いま思うのは、親って大いにまちがうんですよ。
で、子どもだった人たちが親になって、
また同じことをつぎの子どもにしちゃうかもしれない。
大いにまちがっちゃうかもしれない。
でも、大いにまちがったことも含めて関係をつくって、
なんだろう、暗くならずに解決したいじゃないですか。
そこのところは、当時も、いまも、
たとえば、ほぼ日を読んでる人たちにもきっと、
共通するものがあると思うんです。
だから、そういうふうな弱さを、
もういっぺんひっくり返してポジティブに変えていく、
そんな力がゲームにあったからこそ、
『MOTHER』は生き残っているんじゃないかと
ぼくは思っています。
── 『MOTHER』って、数としては
ものすごく売れたというわけじゃないですよね。
けど、いろんな人の心にすごく刺さってる。
それはやっぱり、そうなってしかるべきという、
込められかたっていうのが。
糸井 が、あるんですよ。本気ですから。
ものをつくるときは、いったん忘れるようにしてるけど、
たとえばテキストを書くときに、
小学生のときの自分ちの子どもが
それをどういうふう読むかなっていうのが、
すごく重要になってくる。
直接には言わないメッセージみたいなものが
どうしても入っちゃうんです。
娘ができたから大工さんが娘の家を建てるのと
おんなじように、みんなやってるんですよ。
ポール・マッカートニーがジョンの息子に対して
『ヘイ・ジュード』をつくったとかさ。
エーちゃんもやってますよね。
そのくらいの動機があるとやっぱりね、
いいものをつくろうっていうのが本気になるんですよ。
── うーーーん、なるほど。ということは、
『MOTHER』はとてもポップなゲームですけど、
作られかたとしては、ロックですねえ。
糸井 ロックですねえ(笑)!


第3回
「自分がそれだけものを入れてきたから」


── 糸井さんが生み出すもののなかには、
当然、そのときの思いや時代の空気、
自分の根っこに近いものなんかが
込められていると思うんですけど、
『MOTHER』のように、
一個のパッケージにぎゅうぎゅうと
詰まっているものは特殊ですか?
糸井 特殊ですね。純粋に、書いた分量や考えた分量が
圧倒的に多いですからねぇ・・・。
ゲームって、すぐにできあがるものじゃないから
我慢が要るんですよ。
それは、子育てもそうだし、スポーツのチームとか、
バンドとか、会社やっていくのもそうなんだけど。
もともと、
ぼくのコピーライターという職業というのは、
「みじかいことばの仕事」が多いんですね。
考える時間とかは長かったりするんだけど、
いざ最後の大仕事というのは、
瞬間のひらめきが重要だったんです。
結論にあたる部分だけが空欄になった企画書の、
最後のその空欄を埋めるような仕事ですから。
ゲームはそうじゃないですよね。
ひらめきをもとにしながらも、我慢して、
すべてのレンガを積み上げていかないとできない。
そういうタイプの仕事は、
あとにも先にも『MOTHER』だけです。
小説でもこんなことはなかったです。
── たくさんのひらめきとたくさんの我慢が
積み重なっているんですね。
糸井 うん。だから、
「あのゲームを遊んだ人がよろこんでくれている」
ということに対して、ぼくが感じるよろこびは、
ほかの誰も想像できないだろうなぁってほど、
すっごい大きいものなんです。
だから、「ぼく、『MOTHER』やったんです」
って言われただけで、もう、ぼくはうれしい。
── くり返し何度もプレイする人も多いですよね。
糸井 それはね、ぼくはわかる気がしてるんです。
なぜ、その人が何度もくり返し遊ぶのかという
理由をぼくはとてもよくわかる気がする。
自分がそれだけものを入れてきたからなんですよ。
当時は、実はな、なんて誰にも言わなかったけど、
自分がそれだけのものを入れてきたということが、
スープのかくし味みたいに
なっていると思うんです。
── そのタネ明かしをせがむつもりはありませんが、
なにか、わかりやすいものはありますか。
糸井 たとえば『MOTHER2』では、
ゲイの人が出てきますよね。
あの、イギリスみたいなところにいる、
アツい友情を交わす友だち。
あれはゲイの子どもとして描いてるんです。
ふつうに社会に生きていたら、ゲイの子はいるし、
ぼくも、ともだちにいっぱいいるし、
そういう子がいたほうがいいと思って、
紛れこませてます。
あと、どせいさんっていうのは、
「イノセント」の象徴なんです。
社会の普通の場面では、うまく適応できないけど、
実は人並みはずれた力をじつは持っていたりする。
そういう「無垢の力」みたいなものを、
ぼくは、すっごく好きなんですね。
『情熱のペンギンごはん』のペンギンにも、
そういう役割をさせていたりしたし。
あ、『フォレスト・ガンプ』なんかもそうでしょう。
ああいう「イノセント」な登場人物を、
みんなにも好きになってもらいたいし、
ちゃんと見てほしいと思ったから
ゲームのなかに入れておいたんです。
最初は、「どせいさん」って
呼んでなかったんですけど、
開発中に、そういう名前を獲得しましたね、
あの人たち。
── エイプリルフールのときの
ほぼ日に、ちらっと書かれてましたけど、
『MOTHER2』には、
じわじわくる怖さなんかも入れたつもりだ、と。
糸井 ああ。あの、モノクロになった画面で、
自分の家で自分が生まれるところの会話を見る
っていうところがあったでしょ。
あれなんかは、ぼくにとっては
ものすごく思い入れのある場面ですね。
つまり、「なんて名前つけようか?」って、
両親が話してるところを自分で見るわけですよね。
やっぱり、愛されて生まれたっていうことを
入れたかったんですよ。
子どもっていうのは、愛されて生まれてくる。
それを入れたかったんです。
まあ、それは中身の話で、
じわじわくる怖さとはべつのものですけど。
── なんというか、
よくわからなくて怖い、というものが
『MOTHER』にはたくさん入ってる気がします。
糸井 たとえばね、ちっちゃいころに、
工事現場に落ちてるエロ雑誌を
見つけちゃうことってあるじゃないですか。
ガキの時分は、「やった!」という気持ちがあって、
興奮したりもするんだけれど、
あれを実は「怖い」と感じる気持ちが
混じるんですよ。
なにか、犯罪とエロが隣り合っているというか
暗いもののなかにエロがちょっとだけ入って
生々しくなるというか。
そういう気分は、ゲームのなかに入ってますよ。
あ、エロを入れてるわけじゃないけどさ(笑)
生理的な「感触」みたいなものを、
けっこういじわるに近いくらいに入れてますよね。
だから、
「なんだか怖くないはずの場面が怖かった」と、
よく言われたりもしました。
── 不思議なゲームですねえ。
糸井 あの、ゲームって若い人が作ることが多いでしょ。
若い人って、すごく熱心に調べるんですよ。
伝記とか、神話とか、小説とか、資料として。
それはわるいことじゃないんだけど、
少なくとも、調べてわかっていくようなことって、
ぼくはあんまり得意じゃないんです。
それよりは、いろんなことを経験して、そこから、
みんなが味わう「ある感覚」のようなものを
すくい取っていくほうがしっくりくるんです。
それは親子の話もそうだし、
怖さっていうものもそうだし、
無垢っていうものもそうだし。
── よくわかります。
糸井 そういうふうにつくることこそが、
「大人になってからゲームの作者になった、オレ」
がつくる意味なんだろうと思う。
無理して大人なつくりかたを
しようとしたわけではまったくなくて、
ぼくはそれで勝負しようと思ったので、
ああいうものをたくさん入れてるんです。
だから、ゲームのなかには
怖いものや、楽しいものや、無垢なものが
たくさん入っていて、
それがスープのかくし味になっているんで、
子供にも、その妙な味が
わかっちゃったんでしょうね。


第4回
「僕の仕事の原点は心地よい嫉妬なんです。」


── 実際の開発についてうかがいますけど、
糸井さんにとって、ゲームをつくるということは
初めての経験だったわけですよね。
しかも作るのに手がかかるといわれるRPG。
当時、すんなりとは進まなかったと思いますが?
糸井 それはやっぱりたいへんな作業でしたね。
RPGに限らず、ゲームって、
ものすごく多くの部分を記号化するから、
あれだけの大きな世界がつくれるわけですよね。
町という記号であるとか、
村人という記号であるとか、
乗り物という記号であるとか。
「これは、町というものです」という記号をつくって、
それで、プレイヤーも「これは町だ」と受け入れて、
そうやって成り立っているんですね。
ところが『MOTHER』では、
その記号にいちいち個性をつけたかった。
村人Aはこんな人で、村人Bはこんな人で、
この町はこんな町で、って。
それはやっぱりたいへんなことなんですよね。
でも、それをしないと、
ぼくがやる意味がないと思ったから、
テキストのところで苦心して変化させたり、
わがままもいっぱい言って、
チームに苦労してもらったり。
そういうことってやっぱり、
制作しているチームのみんなが「なるほど」と思って
腑に落ちている状態で仕事してくれないと
できないことなんですよ。
そういうセンスみたいなものを共有してくれるまで
ってのも、制作の重要なプロセスなんです。
イトイってやつは、
こういうことにこだわるのか、とか、
こういうおもしろさが好きなのか、とかね。
さいわい、つくる人たちみんなが、
それを、わかってやってくれたものですから
最初の『MOTHER』なんて
8ビットの時代ですけど
ああいう世界ができたと思うんです。
── そもそも、なぜ、RPGだったんでしょう。
糸井 それはもう、『ドラゴンクエスト』ですよ。
『ドラクエ』をやりながら、
「オレは明らかに感動しているぞ」って、
星飛雄馬みたいに気づいたんです。
で、「この感動ってなんだろう?」
って思ったんです。
夢中になって推理小説を読むことはあっても、
ゲームで、大の大人が、その、なんだろう、
ウチに帰るのが楽しみでしかたないっていうくらいに、
夢中になる時間を過ごしたわけですからね。
まずは、あり得ないことみたいでしたから。
あの、僕の仕事の原点っていうものには、
心地よい嫉妬というのがあるんですよ。
「オレにこんなことをさせたおまえ」に、
嫉妬するんですよ。で、そのとき、
つくった人間に対してヤキモチ妬くんじゃなくて、
できたものに対してヤキモチ妬くんです。
若いときには、そればっかりでしたよ。
その対象として、ビートルズが原点ですね。
その後、横尾忠則さんとか、唐十郎さんとか、
とにかく、すごいものをみると落ち込むんです。
嫉妬して落ち込むわけですよ。
彼我の差が無限に見えて、
地面に倒れ込んでいるくらい。
でもね、それで起き上がったときというのは、
燃えているわけで。
さぁ、どうしてやろう、と闘志が湧いてくるんです。
ぼーっとしてる人間にしては、そういうとこ熱い。
そして、つぎの仕事をやりたくなるんです。
それは、いまでもそういうところはあって。
歌を聞いてもそうだし、本を読んでもそうだし、
商品を買ってもそうだし、人に会ってもそうだし。
最近だと『ラストワルツ』のDVDを観ながら
さんざんヤキモチ妬いてるわけですよ。
もうたまんないんですよね、実は心地よいわけで。
マゾか、オレは(笑)。
で、はからずも『ドラクエ』というゲームをやって
ぼくはそれを味わっちゃったんで、
ロックファンがギターを買うように、
『MOTHER』の企画書をつくったんですよ。
── そのときに自分のつくるものの
ビジョンはどの程度見えていたんでしょう?
糸井 まず、当時たくさん出ていたRPGには
足らないものがあると思ったんです。
それは、作者が「つくる動機」にあたるものを、
借り物にしているっていうことだったんです。
つまり、当時の日本のRPGは、
いわゆるRPGの歴史の流れに
忠実すぎるんじゃないか、と。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』という
テーブルトークゲームからはじまって、
コンピュータゲームでは
『ウルティマ』、『ウイザードリー』と続いている、
「剣と魔法で世界を救う」というような流れを、
あまりにもお約束にして、つくられていたんですね。
その世界には、ぼくがやりたい動機はなかった。
まず、描きたい世界、つくりたいものが先にあって、
それをあらわすために
RPGという仕組みを使うべきだろうと。
魔法だとか騎士だとか中世だとかいうものに
最初に道を譲ってしまったら
いろんなことを表現できないと思ったんです。
それで、まずは舞台を現代にした。
さっき言ったように、ぼくがつくる動機のひとつに
子どもとの関係というものがありましたから
ぜひ現代物でやりたかったんです。
── 当時、現代物のRPGがまったく
出てなかったわけではありませんでしたよね。
糸井 うん。そういうことをやろうとしている
ゲームはあった。
かたっぱしから買って、やってみましたけど、
ぜんぶ失敗してるんですよ。というのは、やっぱり、
中世を現代に置き換えていくだけではだめなんです。
細かいところに、無数の矛盾や、
クリエイティブで調整すべき問題がでてくるんで。
ただの置き換えではできないんですね。
── なるほど。
糸井 そういう状態を、ずっと見ていたひとりが
田尻(智)くんだったりもするんですよね。
当時、田尻くんというのは、
たしかナムコから1本ゲームを出しただけのころで、
つくる力は十分に持っていたんだけど、
大作を任される予算やチームを
持っていなかったんです。
でも、ゲームボーイというハードでなら、
「自分の『MOTHER』」が
つくれると思ったらしい。
── それが、『ポケモン』だった。
糸井 そう。以前から田尻くんは
「『MOTHER』が作りたいんですよ」って
ぼくに言ってくれてたんです。
それは、
「『MOTHER』みたいなゲームをつくる」
という意味ではなくて、
ぼくが最初に『MOTHER』を絶対つくろうと
思ったときの動機が伝わったからだと思うんです。
それは、ぼくとしてはうれしいですよね。
── 『MOTHER』のような志を
もったゲームということですね。
でも、『MOTHER』が出る前というのは
それこそまったく前例がなかったわけで、
そのあたり、たとえば任天堂の人にすら
伝えるのがたいへんだったんじゃないですか?
糸井 ぼくとしては、そのたいへんを覚悟したうえで
企画をつくったつもりでしたけどね。
ただ、たしかに任天堂としては
そういうつもりで来たとは
思えなかったらしいですね。
当時、タレントゲームって
けっこうあったじゃないですか。
『さんまの名探偵』とか『たけしの挑戦状』とか。
まあ、ぼくがキャラクターに
なるわけじゃないんだけど、
任天堂がつくったものを、ぼくのほうで監修というか、
「もうちょっとこうして」って言うような、
そのくらいの関与のしかただろうというふうに
任天堂側の人たちは思っていたみたいですね。
── ふつうそう思いますよね。
糸井 うん。だから、制作チームの人たちも、
打ち合わせは
基本的に最初の一回がすべてだろうと
思ってたんです。
そのときに、ぜんぶ話しておいてください、と。
そういうミーティングがあったんです。
いま思うと、そのときのチームがよかったんですね。
遠慮がちにではあるけれど、
「どうしたいですか?」ということを
そこでたくさん質問されたわけです。
そのミーティングが終わったあとも、
「ここ、どうしますか?」という問いかけを
頻繁にこっちへ投げてくれた。
当時はメールなんてないんです。
だから、行く、会うしかない。
当時、『MOTHER』は
千葉県の市川ってところでつくられていたんですよ。
だから、ぼくは
だいたい8時とか9時に東京で仕事を終わらせて、
そこから高速に乗って市川に出かけていって、
『MOTHER』を見ていたわけです。
そういうふうにして、
できあがるプロセスをいっしょに見ながら
いろんなものをそのつどそのつど積み上げていく。
1本目からそれができたということが
よかったですね。
── まさに手づくりで進めていくことが
できたんですね。
糸井 そうですね。
だんだん、向こうもそれが当たり前になっていって、
つくる呼吸も合いはじめるんですよ。
そうやってつくっていくのは楽しかったですね。
当時、2階建てのアパートの
2階4部屋くらいを使って、
まるで住み込みみたいにしてつくっていたんですけど、
マップなんか実際に床に広げながらつくってましたよ。
かと思うと、隣の部屋では絵を描いていたり、
プロダクションのオーナーが地元の人で、
食べ物買って差し入れしてくれたり、
暖房器具とか布団とかを買ってきたりね。
零細企業の楽しさに満ちてましたね(笑)。
「ほぼ日」の初期の頃も、似たようなもんですけど。
つまり、ぼくの好きなタイプの仕事だったんですよ。
「それぞれが自分の得意な分野で力を発揮して、
 みんなで無理なことをやっていく」っていう、ね。
最初の『MOTHER』はそうやってできたんです。


第5回
「センスでは最高のチームでしたよ」


── 『MOTHER2』は、開発に時間がかかりました。
糸井 かかりましたねえ。いったんは、
もう出ないかもしれないっていう状態になりましたから。
── 原因はいろいろあるんだと思いますが。
糸井 物理的な理由というのは、プログラムの組織体制の
見積もり違いだったとは思うんですが。
それだけじゃ、ぼくの関わりとしてはよろしくない。
自分に関わることで考えた場合の、
いちばんの理由は、
つくっている現場とぼくの位置が
近すぎたということはあると思うんですね。
物理的にも、精神的にも。
まず、『MOTHER2』をつくっていたエイプと
当時の東京糸井重里事務所が、
同じビルの5階と6階にあったんです。
ま、そういうふうにしたと
いうことでもあるんですけど(笑)。
そして、つくっているメンバーのなかには、
「萬流コピー塾」の連中が入ってますから
センスの粒みたいなものがすでにそろっていたんです。
だから、要するに、思いついたことを
すぐに伝えたり試したりできたんですね。
だから、最高!ということは、まず、言えるんですよ。
しかし、こういういい場ができると、
企画だけが、どんどんふくらんでいくんです。
「こないだああ言ったけど、もっといいのができた!」
っていうことを、おたがいがしょっちゅう言うんです。
で、話すと「うわあ、おもしろい!」って沸いて、
そこから、こだまのように、おもしろいことが
もっとよくなって返ってくるんです。
これに、融通の利かないプログラマーが付いていたら、
「そんなの無理です」と切っちゃったと思うんだけど、
プログラムの人も、
「どんどん受け容れます」というような
ある種の天才肌の人だったもんだからねぇ。
やっぱり、出口のところで詰まっちゃうでしょう。
あれをシステムとしてコントロールして
きちんと活かせるようになったらすごいんだろうけど。
いまだからこそ、そう考えられるんだよね(笑)。
つまり、研究室としては最高のチームでしたよ。
── 「研究室として」(笑)。
『MOTHER2』の構想そのものは、
いつぐらいからあったんですか?
糸井 シナリオの構想はもう、
最初の『MOTHER』(以下、『1』)を
つくっているときからありました。
つくる動機というのもずっと維持できてましたね。
だから、『1』と同じ動機なんだけれども、
もっと愉快にできるっていうのが
『MOTHER2』だったんです。
伊丹十三さんと対談したことがあって、
『マルサの女』と『マルサの女2』についての
彼の戦略的な意味を聞いたことがあったんです。
第一段階で入ってきたお客さんに、
そのまま気に入られるようにつくるんじゃなくて、
次の広いところにいるお客さんによろこんでもらう、
という・・・。
いい意味での「大衆化」ができないと、
縮小再生産になってしまいやすいんですね。
そのへんは、かなり意識しました。
『1』は、動機の部分が大きい処女作ですよね、
「おもしろいぞーっ」って思いながらつくってて。
『2』は、「みなさん待っててちょうだいね!」
っていう気分だった。
── いろんな人を巻き込むように、
もう、どんどん愉快にしてやろう、と。
糸井 うん。愉快とか、華のある、とか意識しました。
打ち合わせで、
「ここどうしますか?」って訊かれて、
これはこれでいいか、ということじゃもの足りなくて、
もっと、その場でみんなを驚かせる
っていうのがぼくの楽しみでしたから。
たとえば、地底王国ってありましたよね。
そこで、なにしろ恐竜をでかく見せたい、と。
もっとでかいんだ、もっとでかいんだ、って言ってた。
ぼくのイメージとしては、
「とにかくものすごくでかい」が大事だったんです。
しかし、いろんな関係で、
そんなでかさは表現できない。
そこで、はっと思いついて、
「そうだ、人をちっちゃくすればいいんだ!」
って(笑)。
よく写真なんかに、
大きさを表すためにタバコ置くでしょ。
相対的に大きさをわからせるという手がある、と。
そういうときに、みんなが大喜びするんですよ。
それは、楽しいよねえ。
ホームラン打って、ベンチに帰ってきてさ、
みんなに頭をポカポカ殴られるようなうれしさがある。
── 楽しいですね、きっと(笑)。
糸井 みんなで遊びに行っても、ついアイディアを
出したくなっちゃうんですよ。
ダンジョン男なんて、ふと、
「ダンジョン男っていうのはどうだ!」って
単にことばを思いついただけではじまった。
よく、ぬいぐるみをかぶった犯人とかいると、
「ぬいぐるみ男、逮捕」みたいに言うじゃない。
なんにでも「男」を付けられるんだ、と思っててさ。
── そこからあんなものができたんだ(笑)。
糸井 あと、どこかのダンジョンで、
「どうしても辻褄が合わないんです」って
スタッフが相談してくるときが、
ぼくのキラリーンって楽しむときでもあるわけで。
大きなしかけを入れ込む余裕もないっていう状態で、
とにかくなんとかする、って好きなんですよ。
タコケシマシーンとか、ね。
飛び道具ですけどね。
タコでいいじゃんって。
「それでぜんぶ解決しない?」って言うと──。
── 「そりゃ解決しますけど……」ってことに(笑)。
糸井 なるんだよ。「そんなんでいいんですか?」って。
ところがね、
だんだん「いいんですか?」ってことを
スタッフが言わなくなるんだよ。言わなくなって、
「なるほど、タコケシマシーンか!」って
すぐにわかりあえるようになるんですよ。
ああいう快感は、
離れてるチームじゃ絶対ありえないですよね。
── そりゃ開発が長引きそうですねぇ(笑)。
糸井 ですよね。企画はじゃんじゃんよくなっていくけど、
まあ、プログラムにしわ寄せがいく、と。
そこで出てくるのが、
いまは任天堂の社長である岩田(聡)さん。
── スーパープログラマーが登場、と。
糸井 うん。もう、まとまらなくて、
でも出さなきゃいけなくて、
どうしようというときにやって来て、
まあ、これはもう有名なことばだけれど、
「現在のこのプログラムを活かして直すには
 2年かかります。
 でも、いちからつくり直していいのでしたら
 半年でやります」と。
 すごいセリフだよね。
── すごいセリフですねえ(笑)。
糸井 それを聞いたとき、実は
すごい絶望感を感じもしたんですよ。
発売日を何度も、伸ばしに伸ばしてきていたし。
今日か明日かみたいに急ぎ続けてたところだったのに、
「最短でも半年かかる」って言われたわけだから。
でも、それは
「どんと半年かければできる」ということで、
よろこびも同時にあったというわけですよね。
もちろん、「お願いします!」ですよ、答えは。
── で、最終的には岩田さんがそれをまとめあげた。
つまり、段取り以外は
最高のチームが企画をふくらまし、
それをスーパープログラマーがまとめたと。
糸井 ふ〜〜。
なんだか、ゲームよりずっとオソロシイ思い出です。
いい思い出も含めてなんだけれど、
あんな「ぽえ〜〜ん」みたいなこと考えながら、
薄い氷の上でスケートしていたわけでさ。
よく生きてるよ、という気さえしますよ。
── 当事者って、コワイものですねえ。

次回も『MOTHER2』の話が続きます。
ゲームの常識と、なぜか落語について?!


第6回
「実は、オーソドックスが好きなんです」


── タコケシマシーンにしろ、ダンジョン男にしろ、
『MOTHER2』って
ゲームの常識を外すようなことを
たくさん含んでますよね。
糸井 それはもう、
最初の『MOTHER』をつくるときからあった
コンセプトのひとつでした。
それこそ、バットに名前をつけるときから、
ゲームのお約束そのものをネタに、
遊んでみたかったんです。
たとえばふつうのRPGでは、武器でも、
銅の剣、銀の剣、金の剣っていうふうに
レベルアップしていきますよね。
いまはどうか知りませんけど、当時はどのゲームも、
そういうことをわりと律儀に踏襲してたんです。
それはまあ、オリンピックのメダルなんかで
みんなに染みついた価値観を利用しているわけだけど、
たんにそこに依拠してやっていくのは
不自由だなぁと思ったんですよ。
たとえば名前で武器のレベルアップをあらわすときに、
じつは比較級の使える形容詞なら
なんでもかまわないとも言えるわけですよ。
だから、ボロのバット、ふつうのバット、いいバット、
最高のバットなんていうふうにしてあるんです。
アイテムに名前をつけるような、ごく初期の段階で、
なんかもう、普通とちがうものになってました。
── あの、それができる人って、
パロディの方向に行きがちというか、
つくられるものがアンチの作品に
仕上がりがちじゃないですか。
糸井 ああ。そういうことはあるかもしれないですね。
── ところがそれがあるにもかかわらず、
結果的に『MOTHER2』は
アンチでもパロディでもなく、
ど真ん中をいく作品に仕上がっている。
それはなぜなんでしょう?
糸井 たぶん、そうなりたいと思っているから。
そこのところを、注意深くやってるからかなぁ。
── は!
糸井 たとえば、「ここのセリフ、仮に入れておきました」
なんていうふうに、スタッフの誰かが
ぼくのやりそうなことを
書いてくるときがあるんですよ。
けど、やっぱり違うことが多いんです。
なんというか、
見えやすい悪ふざけが入ってるんですよ。
絶対ぼくはこんなセリフを書かないなっていう、
違うものが入ってるんです。
それはね……なんだろう?
── いったいなんですか、それは?
糸井 なんだろうなあ……ああ、そうか……
……オーソドックスが好きなんですよ、
ぼく個人が。
── あああああ〜。
糸井 ふつうの白いご飯がいちばん好きなんです。
── はい……はいはいはい。
糸井 変なことをするのはぜんぜんいやじゃないんだけど、
「変でしょ?」って言って
変なことをするのはいやなんですよ。
変じゃなくて、いちばんふつうで、
質のいいものを作りたいって思ってるんです。
まぁ、どうしても材料がない場合には、
大根の葉っぱで大根めしを作ろう、
っていうことは考えつくし、好きなんです。
だけど、その大根めしを名物にして
お客さんを呼んでくるみたいなことはしたくない。
だから、
「アイテムの名前が変でしょ?」って言って、
お客さんを呼んだ覚えないんです。
タコケシマシーンにしても、やっぱりどこかに
遠慮や謙遜がこっそり添えてあるんです。
あいつ、困って困りぬいて、
こんな変なことを考えたんだろうなぁ、と、
プレイヤーがいっしょに笑えるようなことが、
いいと思うんですよ。
正面で戦えない場合のゲリラ活動なんでして、
最初から「オレはゲリラだ」ってのは、
「理由ないじゃないか? なんで?」と思っちゃう。
なんでも、ほんとうはオーソドックスにやりたい。
そう思っているほうが、ひねりも外しも効くんです。
そこを外しちゃうと、わざとらしくなってしまう。
── そういう意味で、「注意深くやった」と。
糸井 そうですね。
ぼくが落語を好きだったりするのもまさにそこで、
最初から変型でやる落語っていうのは
ぼくはあんまり好きじゃないんですよ。
この様式のなかでこんなに掘り下げられるとか、
こんなに気持ちよくできるっていうのが、
好きですね。
志ん生さんを好きな理由っていうのも複雑でね……。
あの人は、本当は
オーソドックスがやりたいんだけど、
ある意味、その力が一部欠落してると思うんです。
で、そこのところを補うための苦し紛れの力が
発達したんだと思うんですよ。
どっかの世界から違うものを連れてくるって感じ。
人格全部をフル稼働して。
そこが、すごいんですよねー。
で、息子の志ん朝さんは逆に、そのへんはもう、
絶対に親父独自のものだからかなわないと思って、
文楽さんとかの、ものすごく端正な芸を
学んでいった人だと思うんですよ。
それでも、血のなかには
志ん生が入っているんだなぁ。
登場人物ひとりひとりへの愛情が
ものすごく深いんです。
で、結論として、
ぼくは「志ん朝が好き」ってなるんですよ。
わからないか?
── わかりません。
糸井 我ながら、ちょっと通じにくいなぁとも思う(笑)。
── 不勉強ですいません。
糸井 いえ。ぼくが悪いです。
で、談志さんがどうかというと──。
── まだ続きますか。
糸井 談志さんは、そういうセンスに関しては、
もう、体つきからして違うって感じなんですよ。
ボディが。
上手に落語をできるような才能を、
しっかり持ってる。
談志さんは速く走ることもできるし、
すごいホームランも打てるし、
ぜんぶできるんですけど、
「何が足りないんでしょう?」っていうと、
たぶん「足りない、が、足りない」。
神様を呼び寄せるための隙間が、埋まっちゃってる。
年齢が加わって、いい感じでボケが入れば、
自然に「足りない」を獲得できると思うんですけどね。
ほんとは、志ん朝さんにしても、
もっと年齢が加わったら、
もっといい「隙」ができて、
またさらにおいしい味になったと思うんですけどねぇ。
おそらく、永遠に志ん朝さんと談志さんはライバルで、
お互いに、最高に認め合っていたでしょうね。
ぼくは、趣味として志ん朝さんというのは、
ほんとに好きなんですよね。
でも、「談志が好き」ってのもあるわけです。
両方があるんです。
これはもう、わかろうとわかるまいと、
しっかり書いておこうぜ!
── 書いておきます。
読み飛ばされないとは思うけど、やや心配も……。

次回は、『MOTHER2』の持つ重い一面について。
糸井重里が抱える幼い日のトラウマとは?!


第7回
「ギーグのセリフ、作っててもきつくてさ」


── 『MOTHER2』は
ヘビイな一面も持っています。
糸井 終盤とか、いやぁ〜な決断を迫られますよね。
「なんて答えてボタンを押せばいいんだ?!」
みたいな。
博士と話す場面とか、
作っているときに自分で怖かったもの(笑)。
── プレイヤーとしても、恐怖を感じました。
糸井 ああ。ありがとうございます。
その瞬間まで思い出して言えるものなあ。
博士が、断崖のところまで歩いていって、
言いにくいから間があって、
背中向けたままで言うんですよね。
「いいにくいんだが」。
── しかも、いままで歩いてきた道が道だから、
そういう展開を信じていいんだかどうなんだか、
いろんな意味で不安になるんですよね。
こう、いつのまにか、深い道へ入ってるんですよ。
あの感じが『MOTHER』にしかない。
糸井 そうなればいいなぁと思ってつくっていたから、
うれしいです。
自分のつくったものだけど、
あらためて見ると、嫉妬しますね(笑)。
で、同時に、「二度とできない」っていう恐怖がある。
だけど、そのいっぽうで、ファイトも湧くんですよね。
読んでいる人は、なんのこと言ってるのか
わかんないかもしれないけど、
それを実感できるっていうのがゲームのよさですよ。
もうね、ギーグのセリフとかね、
作ってて、苦しくてさ、泣いたもの(笑)。
そういう入れ込み方って、一回性のものだからなぁ。
── (笑)
糸井 ギーグって、要するに、その、
なんだかわからないものじゃないですか。
でも、愛すべき生ものっぽい部分がある。
あれが、『憲兵とバラバラ死美人』における
筑波久子のおっぱいなんですよ。
── ……は?
糸井 『憲兵とバラバラ死美人』における
筑波久子のおっぱいなんですよ。
── 不勉強でわかりませんが。
糸井 誰にもわからないと思いますが。
── なんですか、ソレ?
糸井 トラウマ。
── トラウマ? 糸井さんの?
糸井 そう。子どものとき、映画館で、
まちがって観ちゃった映画が
『憲兵とバラバラ死美人』(※)って題名の
新東宝の映画だったの。
観たあと、家に帰って、無口で元気がなくなって、
親に心配されたっていうくらいショックを受けた。
なにせ、レイプですよ。河原で。映画のなかで。
そのときに、おっぱいをむんずとつかむと、
おっぱいがボールのようにゆがむんですよ。
それが、もう、ね。脳を直撃なんですよ。

※【編集部註】
映画そのものは存在していることが判明したが、
内容まで、そういうものだったかどうかということは、
不明のままであります。案外、糸井重里少年の
記憶違いということもありそうでもあります。
── 糸井少年の。
糸井 糸井少年の。
つまり、犯罪とエロティシズムが
隣り合わせになったときの
恐ろしさっていうのがあって、
それが最後のギーグのセリフなんですよ。
あのなかで、「イタイ」って言うじゃない。
あれが……おっぱいなんですよ。
こう、なんというか、生ものな感覚というか。
── ええと、これはどうすればいいんだろう。
糸井 もう、書いちゃえば?
── あははははは。
糸井 ほぼ日ならではの情報。
でもね、これは、オレしか知らない。
── 当たり前ですよ。
糸井 でも、けっきょく、あの場面は、
プレイヤーの心を動かしたわけで。
── それはそうですが。
糸井 あれがさ、たんなる悪者がいてさ、
「わっはっはっ!」とか笑っててもさ、だめでしょう。
まあ、悪者が「わっはっはっ!」って笑うのも、
考えてみると、興味深い様式なんだけどねー。
悪人がクライマックスで「わっはっはっ!」と笑う
ということはどういうことなのかということを、
徹底的にひとりで何日も考えても無駄じゃないですね。
そういうことをする人は、
ゲーム業界では、あんまりいなそうな気がする。
── ゲーム業界にかぎらないと思いますが。
糸井 つまり、「悪人が笑うとはなにか?」うーむ。
── ギーグの話に戻ってください。
糸井 あの、その当時って、
ぼくはコンピュータが使えなかったんですよ。
だからね、セリフを口でね、しゃべるわけ。
隣にスタッフがいて。
三浦弟、まーちゃんというんだけど。
部屋にぼくとそいつだけがいて、
ぼくがしゃべると、彼がタイピングしていくんです。
── へええ〜。
糸井 ひと文字、ひと文字、言うわけ。
すると、それが、すぐにタイピングされて、
画面にひらがなで出てくる。
ひらがなだから、またちょっと怖いんだよね。
「てんてんてん(・・・)」まで言うんですよ。
「あなたは」って言うと、『あなたは』って打たれる。
画面見て、「いや、『あなたは』消して」って言うと
消してくれて、しばらく考えて、
「……グ、ギ、ゴ、ゲ、ガ」とかって言うんですよ。
で、画面の『グギゴゲガ』を見ながら、
「『ゴ』を、もう1個増やして……うん……
 『てんてんてん』……
 もう3個『てんてんてん』……
 一行空けて……もう一行空けて……
 まだ空けて……はい、改行!」って言うの。
── ……すごい制作風景ですね。
糸井 そんなふうにしてつくっていると、
「うわあ!」っていう瞬間があるんですよ。
言った本人が「うわあ!」って思って、
打ってる三浦くんも「……糸井さん」って
ちょっと、泣きそうになってるんですよ。
で、「オッケー、そこまで」って。
たぶん、ひとりでやってたら、ああはならないですね。
「グギゴゲガ」を自分で打って、消して、
もう1個打ち直して、みたいなことは、
自分でタイプしてたら、手の面倒くささに合わせて、
口のほうが遠慮しちゃうと思うんですよ。
過剰に丈夫な手足になってくれる人がいてくれたから、
ぼくは考えることだけをすればよかったんです。
しかも、横でセリフを打っている彼の顔が見えるでしょ。
そのセリフがすごくいいときは、
彼の顔つきが明らかに変わるんですよ。
そうやって、集中しながら、
小さい反応を見ながらできるやり方っていうのは、
偶然の発明だったですね。

次回へ続きます!


第8回
「いったん忘れてくださいね」


── で、『MOTHER3』という順になるんですが。
糸井 開発中、という発表をしましたけれど、
ぼくは、これについて
いろいろいまからしゃべるのって、
よくないような気がしているんです。
何か言ったことが定着してしまうことも、
つくるときの自由さをなくさせやすいですし。
── 聞きたい人は、とても多いと思うんですが、
企業秘密、という面もある?
糸井 そういうんじゃないんです。
ほら、よく、妊娠がわかった夫婦とかが、
しっかり安定するまでは、
みんなに言わないでしょう。
あんな気持ちですかねー。
とっても期待もしていただいているし、
一度挫折したものだから、
不安も抱かせていると思う。
そこで、いろんなことを言い過ぎると、
また、ぼくらを含めて
おおぜいを混乱させると思うんです。
つくっているのは事実で、
進行しているのも事実ですよ(笑)。
── できてから発表するということに
なるんでしょうか?
糸井 それに近いことにしたいんです。
あれこれ想像しながら待っているという楽しみも、
もちろんゲームの遊び方のひとつなんだけれど、
こんどの『1+2』にしても、
今回なんかの場合、できてからの発表で、
よかったねーって、言ってもらえているでしょう?
それに近いかたちにしたいと思うんです。
── いったん、『3』を忘れていただくと?
糸井 そう。頼む!
映画というかたちでもなく、小説でもなく、
ゲームボーイアドバンスの
ソフトとして開発している、と。
それだけをお伝えして、あとは忘れていていただく。
もっと、試行錯誤しながらつくれるゆとりを、
制作チームが持っていられたほうが
いいと思うんです。
工場で、ベルトコンベアの前で
つくるものじゃないんで。
よくも悪くも、手作りですから、
迷い道、回り道をしながら
つくれるようにしてないと、
いけないんじゃないかと思うんです。
── 前に一度中止になったということで
慎重になっているとも言えますか?
糸井 それは、もちろんです。
チームにも、緊張をあたえすぎないようにしたい。
発売が近づいたら、「できました」と、
そういうふうにさせてください。
ほら、よく野球なんかでも、新人の選手が
しばらくファームで静かに力をつけていって、
ある日、一軍のマウンドにあがったりするでしょう。
あんなふうにさせてください。
── わかりました。
大きな動きがあったら、また、教えてください。
それまで、『3』という数字を
忘れているようにします。
糸井 すいません。
ぼく自身も忘れているような顔を
していますから(笑)。
── まずは、『1+2』までも、
しばらく時間がありますし、
そっちをめいっぱい楽しみたいと思います。
ありがとうございました。
糸井 いやいや、こちらこそ。
思いっきりホラが吹けなくて、恐縮です。
── いやいや、こちらこそ。
糸井 いやいやいや、こちらこそ。
きりがないから、テープ止めましょうや。
読んでくださった方、
どうもありがとうございました!!
── 勝手にしめないでください。
最後に、もう一度『MOTHER1+2』について
話してもらいますよ。みんな待ってるんですから。
糸井 おお、のぞむところです。

次回、いちおう、この取材の最終回です。
再び、『MOTHER1+2』について!


第9回
「これは、いわば、ぼくの盆栽なんです」


── さて、再び『MOTHER1+2』について
おうかがいします。
『MOTHER』と『MOTHER2』。
いま振り返ってみて、どうですか?
糸井 うーん、とにかく、いろんなものを込めました。
『MOTHER』も『MOTHER2』も、
「つくり足りない」と思えないくらい、
作れましたよ。我慢しなかったです。
「もっと時間があれば本当は……」
なんていう気持ちは、ないですよ。
なにかをつくり終えて、
そんなふうに感じることって
なかなかないですよね。
十分、作りました。
── ゲームをつくっている人が、
そんなふうに言うのをはじめて聞きました。
糸井 料理と同じじゃないかな。
「時間があればもっと美味しくできる」って、
料理人は言わないですよね。
── あああ、なるほど。
糸井 まあ、ちょびっとくらいはあるんだけどね。
「パセリ、もっと新鮮なのがあったんだよな」
っていうくらいはありますけど(笑)。
でも、少なくとも、思いの丈は
ここにぜんぶ入っているっていう自信がある。
── たとえば『MOTHER』は14年前の作品です。
昔の自分を振り返るような気分はありますか。
糸井 いや、特別にはないです。
あの、野田秀樹が30歳になるまえに作った脚本を、
最近になって再演したりするときに
こう言ったことがあるんです。
「脚本としてはあのころしか書けないものだ。
 だけど、演出はあのころより
 いまのおれはずっとうまい」って。
そういう気分に近いですよね。
なんていうんだろ、いい初々しさがまだ残ってる。
まあ、若さを感じる部分もありますけどね。
たとえば『MOTHER』で、
雪の町を歩く場面がありますよね。
急に雪が降って、白い景色になって、
あの音楽が鳴る。そこで初めて、
いっしょに歩く女の子がいるわけですよね。
なんかこう、若さを感じるよね、自分の(笑)。
ああいう女の子を設定しているところに。
でも、うーん、実際にはそんなのねえよ(笑)!
白い世界で出会った少女だもんねぇ・・・。
ないよ、そんなのはねえ(笑)。
でも、登場させるんだ、やっぱし。
── 当時の糸井さんといまの糸井さんを
会わせてみたいですね(笑)。
そういった当時の作品が、
最新のゲームに混じって発売されるわけですが、
いまプレイされることということに対しては?
糸井 あのころよりも、いまのほうが、
みんなの知性が深いと思うんですよ。
いわゆる学校の勉強的な教養じゃなくって、
考えの豊かさというか、そういうものが。
だから、あの時代よりも、
もっとわかってもらえるんじゃないだろうか
っていう予感と、喜びがある。
いまだからこそ、
新しさとして感じてもらえる部分も
あるんじゃないかな。
だからこそ、ゲームボーイアドバンスの、
ちっちゃい箱でやってもらえるっていうのは、
かえっていいんじゃないかな。
── ゲームをはじめてやる人、
RPGはじめてやる人なんかも
多いんじゃないでしょうかね。
糸井 それは最高にうれしいですね。
それで思い出したんですけど、
爆笑問題の太田くんが、初めてやったゲームが
『MOTHER』だったそうなんです。
彼と会ったときに、『MOTHER』をプレイして、
ゲームが作りたくてしょうがなくなったって
言ってましたね。相方の田中君に、
「おまえなんかにあのよさはわかんないんだよ!」
って言ってましたから(笑)。
「おまえの言ってる感動と
 オレの言ってる感動は違うんだ!」って(笑)。
そういうの聞くと、うれしいですよね。
── いま一線で活躍する人のなかにも
『MOTHER』ファンって多いのかもしれません。
糸井 川上弘美さん(芥川賞作家)も
『MOTHER2』を褒めてくださいました。
あの人の文章って、ぼくは本当に好きなんです。
田中小実昌の子どもは川上弘美だと
ぼくは解釈しているんですよ。
それくらい、ある種、憧れに近いくらい
尊敬してる川上弘美さんが、
とある座談会で初めて会ったときに、
「30回くらいやったんです」
みたいなことを言ってくださって、
あれもうれしかったねえ。
なんというか、あれだけの作家が、
あのゲームをそんなにやってくれたっていうことで、
ぼくは彼女の住む町にいることができるんだという
喜びを感じることができたんですよ。
── 『MOTHER』の子どもたちが、
これからもどんどん世に出ていくのかもしれません。
糸井 そうなると、うれしいですねえ。
『トトロ』を何十回も観ましたっていう人が
いるのとおんなじように、
『MOTHER』で育ったっていう人が
いてくれるっていうことは。
それはべつに有名人に限らなくて、
昔やってくれた人がお母さんになって
自分の子どもにやらせたとか。
そういう話はもう、とんでもなくうれしいよねえ。
── 『MOTHER1+2』が発売されれば、
さらにたくさんの種がまかれることになります。
糸井 たくさん売れたら、ものすごくうれしいですね。
これが多くの人に渡るということがすごくうれしい。
だって、いままでしゃべってきたような話を
わかってもらえるっていうことじゃないですか。
それはやっぱり、作り手冥利につきますよね。
あとは、なんていうんだろ、
こうやってしゃべりながら痛感するんですけど、
根っこに、「つくること」に対する
喜びとか憧れとか尊敬とか、
そういうものがなかったら、
ブレてしまっていたんだろうなって、
いまさらながら、つくづく思いますね。
── 『MOTHER』の根っこにそれがあるからこそ、
いまの時代に出ても揺るがない強さがある。
糸井 うん。いまでも、ぼくは、
つくることから離れてはいないんですが。
もう少し広いフィールドにいるようになって。
野球場で選手をしている時もあるけれど、
実はその野球場をつくっているというような、ね。
大きな意味でのクリエイティブをたくさん抱えて
ずっと走っているような日々なんです。
たとえば「ほぼ日」の会議に出て、
「もっとアイデアを出せ!」って
ぼくは平気で言うわけです。
場にアイデアがないときは、いらだちさえするわけです。
それはやっぱり、
現場のつくり手としての気持ちが死んでないからなんです。
そういう気持ちがないと、プロデュースもできない。
やっぱり魂みたいなものを信じてるんです。
クローン人間やロボットを持ってきて、
「人間そっくりですよ」って言われても、
ぼくはつき合いたくないんですよ。
良くも悪くも、
人間ならばこそ、ということが好きなんですよ。
また、ちょっとわかりにくい話ですけど(笑)。
── いえ(笑)。そろそろ時間です。
楽しみですね、『MOTHER1+2』。
糸井 そうですねえ。
これは、いわば、ぼくの盆栽なんで。
ゲイの子がいたり、泥棒がいたり、
怪しい宗教があったり、無垢な子がいたり。
自分の気になるものが、ぜんぶ入ってる。
手塩にかけた盆栽ですからね。
好きなものも、嫌いなものも、
気になるものをぜんぶ肯定して入れたかったんです。
かといって、「そういうものはすばらしいんだ!」
って簡単に結論づけたつもりはないんです。
おもしろいものは、おもしろい。
ばかみたいなものは、ばかみたい。
「ぽえ〜ん」って意味もなく言ってたり、
思わず笑っちゃったら、それでオッケーみたいなものも。
最終的に、愛してくれればそれがいちばんうれしい。
たとえば、あんまり詳しく言いませんけど、
『MOTHER2』で
トニーから手紙が来ますよね。
あれ、泣けるけど、笑えるんですよ。
でも無条件で、恋してるんですよ彼。
笑った人も、ちょっとマジになったりしてね。
ああいう気持ちもね、ぼくは書きたかったんです。
── はい(笑)。
糸井 ……けっこうディープなインタビューになったねえ。
こんなになると思わなかったでしょ?
でも、それだけ詰め込んだものなんだっていうのを、
ぼくは思っていたんで。
ほぼ日の読者のひとには、
ぜんぶ伝えたいなって思ってた。
雑誌のインタビューでこんなこと言っても
書く場所ないものねー。
そのためにもほぼ日があってよかったですよ。
ぜんぶまるごと書けるじゃないですか。
── 志ん朝さんと談志さんのことも、
『憲兵とバラバラ死美人』のことも(笑)。
糸井 そうそう(笑)。
── 最後の質問です。
『MOTHER1+2』を
どんな人にやってほしいですか?
糸井 「全員」。
── ありがとうございました(笑)。

とりあえず、糸井重里という人の、
『MOTHER』の気持ちはこれで終わりです。
機会をみて、また取材したいと思っています。
このインタビューの感想など、
送っていただけるとうれしいです。
どうもありがとうございました!