KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

【早口の原因は中世にあるとみた。】


先日、日本在住のアルゼンチン女性と喋ったとき、
マドリードのスペイン語はやっぱりすごい早口よね、
という話題になった。
その後、メキシコにちょっとだけ寄ったら、
ここのスペイン語も、すごくゆったりしていた。

スペイン語話者に広く知られているのだが、
マドリードのスペイン語は、すごく速い。
実際に今回、3倍か4倍くらいの速度差を感じた。
布施明の熱唱する「マイ・ウェイ」と、
奥田民生が絶唱する「大迷惑」、あるいは
たぶんnobodyknows+の曲(最近の日本を知らないの)
くらいの差だ、たとえるならば。

その話を日本の友人にしたところ、
「おっ、あれだね、江戸っ子だね!」
と、冷やかされた。
ウッヒャヒャヒャと笑いつつ、
ハッ!とした。


そうかもしれん。


マドリードは1561年に、首都となった。
(いきなりだけど)
その約70年前に初めて統一されたスペインの
全土に睨みをきかすことができる場所ということで、
イベリア半島の中心に位置するマドリードが
首都として唐突に選ばれたのだ。

それまでマドリードには、あまりなにもなかった。

ご近所の首都である
パリ、ローマ、ロンドン、リスボンが
河口や物資の大量輸送が可能な大きな川の傍にあり、
かつ、都市の歴史が比較的新しいロンドンでさえ
ローマ帝国時代まで遡るのに対し、
マドリードにはずうっと、なにもなかった。

半砂漠のようなところである。
その気候は「9ヶ月の冬と、3ヶ月の灼熱地獄」で、
農業にはまったく適さない。
しょんべん川と、寒村があり、
レコンキスタ(国土再征服運動)のキリスト教徒が
引き連れて南下してきた羊がいたくらい。
しかも13世紀の疫病の影響で、
当時は無人の地域も多かったという。

そこがいきなり、首都になった。
王は1万人の「宮廷」を引き連れて、
なにもないところにやってきたのだ。
役人とその家族だけ、1万人……。
生産者は、いない。
ヨーロッパで初の、「消費都市」の誕生である。

そんなマドリードの人口は、
現在も観光名所として残るマヨール広場(中央広場)が
完成した1606年の頃には、すでに約8万人。
17世紀も半ばを超えるとさらに倍、
実に約15万人にも至ったという。


転じて、江戸。
ご存知のように、徳川家康の江戸入城が1590年。
やはり当時は、見わたす限りの荒れ野原だったという。
晴れて首都となったのは、1603年。
それから間もない1619年の時点で、すでに人口15万人。
その後17世紀のうちに、50万以上になったらしい。
彼らの半分が町人、半分が武士。
これまた、想像を絶する「消費都市」だ。


考えてみた。
17世紀初頭の、マドリード、あるいは江戸。

全国から押し寄せてきた
田舎もんばっかりの集まりだ。
お互いにお互いのことが、まったくわからない。
もう、なんていうか、想像もつかない。
だからたとえば自己紹介だって、
お互いのばーさんの顔まで知ってる田舎と違って、
いきおい長くなってくるだろう。

「えー、オレはパコ(ハチ)つーんだけど」
「あたいはマリア(ヨシ)。
その訛りは、南の方の生まれ?」
「うん、コルドバ(遠州)さね。
そういうおまいは?」
「あたいは北、サンタンデル(出羽)よう」
「それじゃあれだ、おまい、
あんまり美味い魚なんて知らないだろう」
「バカいってんじゃないよ、魚はうちが一番さね」
「ほんとかよー?
じゃあさ、どんなんが美味いか教えてくれよ」
「アラ、っていうかさ、
あたいはおまいさんのお国のことが聞きたいな……」
「えっ、マジで?なにから話す?そうさなー」
……

あるいは両方とも消費都市ってことは、
流行とかが大きな比重を占めるだろうわけで、
そのあたりの探りあいとかも欠かせねぇので。

「ねぇ、マルタ(ミツ)。その扇子いいじゃん」
「そう?ほら、こないだ言ってた店で買ったの」
「あー。あの、西から取り寄せてるってとこ?」
「うん。同じ柄のマントン(道行)もあったんだけど」
「マジ?それ可愛くない?買おっかなー」
「んー、私もそう思ったんだけどさぁ、
カタチがちょっとね。去年っぽい、っつの?」
「あー、そうなんだ。それじゃーちょっとねー」
「っていうかっていうか。
マリア(ヨシ)の髪留め、いいよねー!」
「ありがとー。絶対くると思うんだよね、この色」
「そういえばこないだ、その色の靴下(鼻緒)見た!
そうだね、くるかもねー」

情報交換、かなり大事だ。


想像の私を、その中に置いてみる。
初めて会った男のひとのことぜんぶ、
今年流行りそうなものの情報ぜんぶ、
知りたい知りたい。
私のことも、なにも知らない相手に、
伝えたい伝えたい。

あぁ、こりゃ早口になってるわ。


……と書きつつ、
「いくら
  『16〜17世紀という比較的新しい時期に
  首都となって人口が急増した都市の歴史を背負う
  マドリレーニョと江戸っ子は早口なのだ』
 っていっても、
 サンプル少なすぎるよなぁぁ」
と思っていたら。

なんと英語圏にも、
似たような話があるではないか!

というのは、
どうやらアメリカ英語圏で
早口スピーカーとされるのは、
ニューイングランドを中心とする
北東地域なのだそうだ。
ホラホラホラ。

ニューイングランドの
マサチューセッツ州といえば、
1620年、メイフラワー号に乗って
ピルグリム・ファーザーズが
やってきたところだ!
時期だってだいたい17世紀初頭だし。
ホラホラホラホラ。

やっぱり知らないひとがいっぱい集まったから、
精いっぱい効率よく情報交換しなきゃ
いけなかったんだよ。うん。


と、思ったりしてみたのだけど。
皆さん、どう思います?

ちなみに私は、
おかんに言わせると
「あんたは口から生まれてきた」とのことで、
しかも、口元におしゃべりほくろもあり、
後天的努力じゃどうしようもない
ナチュラル・ボーン・早口でもありました。

早口の本場マドリードでも、何度も
「あ、もうちょっとゆっくり喋ってください」
って頼まれる私っていったい……。
(まぁ、中途半端な発音で早口の外国語は
 なかなか聞きづらいと思うね。たしかに)


カナ




『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



ほぼ日ブックスでも
お楽しみいただけます。

もれなく絵はがきが届きますよ。

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2005-07-29-FRI

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