KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

『5年ぶりに日本へ帰ってみたら(2)』


関西空港で無事に落ち合ったMと私、
それにMの両親が和やかに駐車場へ向かう途中、
私たちの荷物のカートが通行人にあたった。
Mと私が同時に、ふつうに
「ペルドン!」
と声に出し、
それからハッと気づいて大笑いした。

その後も、驚いたときに
「ウ(オ)イィィ」と言ったり、
「ひでぇや」というかわりに
「ホーデー」とジェスチャー付きで言ったり。
こういう条件反射みたいな言葉は、
なかなかすぐには直らないようだった。
Mの方が、ひどかった。
なんせ、5年もの間のほぼ毎日、
スペインにいたのだものね。


田舎にある実家の周辺は、あまり変わっていない。
ただ、玄関横にレトリーバーの「ゴン」がいたのが
雑種の「サクラ」になっていて、
犬好きのMは荷物を放り出して遊びはじめた。
Mの両親が
「ほら、サクラ。Mやで。よろしく、って」
と言う横で、
Mがサクラの頭を両手で撫でまわしながら
「オラ、サクラ、オーラーァ!」
と、これまたすっかりスペイン語で
しきりに話しかけていた。
サクラは警戒している様子。良い番犬だ。

6時前、夕食が始まる。
久しぶりの4人の食卓に、話がはずむ。
ただMは話の合間合間に
「イバが16%やから、」とか「アルマセンがさ、」
などとスカッと言い放つので、そのたびに
「イバっていうのは、消費税みたいなもんで」
「あ、アルマセンは倉庫って意味なの。
アルマセンにはアリマセン、なんちて」
などと、
日本語環境で3日間のアドバンテージがある私が
いちいち注釈を入れることになった。

ただその注釈もてんこしゃんこで、
たとえば「メサ」という単語を訳しすぎて
「机」なんて言っちゃったりする。
「サロン(居間。シャンデリアとかないけどさ)の、
 机、ね、ガラスの大きいやつなんだけど、
 あれも私が組み立てたの」とかなんとか。
それってよく考えたらふつうは
「テーブル」と呼んでいる代物だった。
机といえばふつう、勉強机とかだよね?
木製で、半分剥がれたシールとか貼ってあるような。
他にも「ドアー」を「扉」と言ったり、
「トイレ」を「便所」と言ったり、
一部、先祖返りした日本語になっていた。


そんな会話の中、お母さんがふと箸を止めた。
「あんたら、それだけしか食べんの?」
そういえば、リクエストしたサンマの押し寿司なのに、
かつて「大食いの嫁」と称えられた私にしては
ほんの少ししか食べていなかった。

「あ、スペインだと夕食は10時過ぎだから、
 なんとなくまだお腹の準備できないみたいで」
「あぁ6時いうたら、お前なんて昼寝明けやん。
 それにスペインじゃいつも晩飯、軽いから。
 飲んで、つまんで、終わりやねん。
 ほら、昼にがつんと食うから。
 信じられへんやろうけど、夜に米の飯食うと、
 次の日まで、胃、重うなんねん」
ふたりで交互に説明しながら、
なんなんだこれは、と、思った。
そりゃないだろう、というか。
せっかくの気持ちを受け付けなくなった胃袋が、
本当に恨めしかった。

さらに同じことが、翌日の朝食の席でも起こった。
涙が出るほど嬉しい和食ラインナップなのに。
「あんなぁ、おかん、ごめんやけど、
 俺、基本的に朝飯食わんねん」
そうしてゆっくり箸を動かしつつ話す内容といえば、
「日本って、こんなに毎食たくさん米の飯を
 食べるんだったっけ?」
「日本ってほんま、飯の間隔、短いよなぁ。
 だいたい朝8時、昼12時、夜6時やろ?
 スペインじゃ8時、2時、10時過ぎで、
 主食はパンをちょっとやから……」
しまいにゃ味噌汁の具を箸で持ち上げては
「うわ、これ、名前、なんて言うんだっけ、
 きのこ……えのき……なめたけ……」
「あぁ、なめこ!」

まるで、初めて日本を訪れた留学生である。

そう思ったのがおかしかったので
お父さんとお母さんにも言うと笑っていたけれど、
もし私が親で子どもがこんなかんじだったら
なんか切ないなぁ、と思うと、
好き好んで海外で暮らしている勝手さやなんかが
つくづく申し訳なく思えてきて、
胸がいっぱいになった。
ごめんねぇ。

  カナ






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2004-02-16-MON

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