KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

『ベッカム・ハズ・カム(4)』


 優勝翌日の名将デル・ボスケ監督解任劇。
 あっという間に決まった新監督は、
 元マンチェスター・ユナイテッドのコーチ、
 ケイロス氏だった。
 世間は「ベッカム人事だ」と騒いだ。
 私もまた、意味合いは違うけど、そう思っている。
 誰もこんなこと言ってないので、
 まったく見当外れかもしれないけれど。


 ケイロス新監督はポルトガル出身。
 同郷のフィーゴはもちろんだが、
 同じポルトガル語圏である
 ブラジル出身のロナウドやロベルト・カルロスとも
 完璧に意思の疎通ができる。

 そしてポルトガル語を話せたら、
 スペイン語はすぐにマスターできる。
 というわけで、ラウルなどスペインの選手や
 カンビアッソなどアルゼンチン出身の選手とも
 意思の疎通はほぼ完璧だろう。
(実際に昨夜のニュースで、ケイロス監督は
 スペイン語でインタビューに答えていた)

 さらにポルトガル語やスペイン語と、
 フランス語は、わりと似ているため、
 お互いの努力で、意思の疎通は問題なくなる。
 マドリーにはフランス代表のジダン、
 コンゴ出身のマケレレがいるが、
 ふたりとも、記者会見はスペイン語だ。

 ジダンの場合、
 移籍してきてすぐのころはスペイン語が下手で、
「ごめんなさい、
 フランス語ではこう発音するので。
 間違えてしまいました」
 と顔を赤くしたりして謝ったりしていたけど、
 いまでは流暢なスペイン語を話すようになった。


 そして新しく加入したベッカムの場合。
 ベッカムはたしかイギリス生まれで、
 マンチェスター・ユナイテッドだけで
 プレーしてきたはずだ。
 とすると、英語しか喋れないだろう。

 だがケイロス新監督は
 マンチェスターでコーチをしていたくらいだから、
 英語は話せるはず。

 というわけで、今回のケイロス監督就任は
 ベッカム移籍にあわせた「言語人事」なのである。
 ……わりといいとこついてると思うけどなぁ。


 というのも、スペイン人は、あまり英語が話せない。
 だいたい日本での状況と同じだと思う。
 外国人旅行客が「こんなに英語が通じないなんて!」
 と、よく驚いている。

 そしてスペイン人は、
 スペインにいる外国人はみんなスペイン語が話せると
 思っているのではないか、と感じられる。
 私も道を訊かれたり、バス停で話し掛けられたり。
 日本でなら、
 まず外国人に日本語で話し掛けないと思うのだけど。

 当然、インタビューはスペイン語がほとんどだ。
 ポルトガル語圏の選手も、フランス語圏の選手も、
 オランダ語圏の選手も、スペイン語で答えている。


 ジダンは、さっきも書いたように、
 最初はスペイン語が下手だった。
 だけどそのうち上手になってきて、
 そうしたら彼の素朴な温かい人柄なんかが
 じわじわ伝わってくるようになった。
 もちろん良いプレーをしてきたのもあるけど、
 スペイン語を話せるようになってきた時期と、
 ファンから見て
 マドリーの一員として定着してきた時期は
 だいぶ重なっているように思える。

 そしてマドリーにはすでに、
 マクマナマンというイギリス出身の選手もいる。
 彼なんて最初はまったく
 スペイン語を話せなかったが、
 だんだん上達してきて、いまはだいじょうぶ。
 そして、ファンからとても愛されている。
 1999-2000の欧州チャンピオンズ・リーグ以来
 目立った活躍はしてないのだが、
 いまのところ放出もされていない。
 実は、英語人ベッカムの話し相手兼通訳としても
 手放せなくなったのではと睨んでいるのだが。

 とにかく、外国人サッカー選手が
 ファンからもメンバーの一員として
 しっかり認識されるためには、
 どうも語学が欠かせないような気がする。
 スペインでも広く知られている
 中田選手の例を出すまでもなく。


 長くなったけど、もう一例だけ紹介させてね。
 オランダ出身の、ヨハン・クライフ。
 アヤックスからF.C.バルセロナに移籍してきたときは
 選手としてチームにスペイン・リーグ優勝をもたらし、
 その10年後には監督としてやってきて、
 チームの黄金期を築き上げた人物である。

 彼は現在、バルセロナに住んでいる。
 そして地元の公用語、カタルーニャ語を話す。
 それだけではない。
 1974年に生まれた息子に、「ジョルディ」という
 カタルーニャ語の名前をつけているのである。
 これは、ものすごいことだ。

 当時はまだフランコが存命中で、
 その徹底した中央集権化政策により
 カタルーニャなど地方の自治権は剥奪され、
 カタルーニャ語の使用も認められていなかった。
 当然、子どもの名前をカタルーニャ語のものにする、
 というのも認められなかったのだという。
(カタルーニャ語の「ジョルディ」は
 標準スペイン語では「ホルヘ」という呼び方になる)

 外国人であるクライフは、
 フランコの威力が及ばないオランダで生まれた息子に、
 バルセロナの守護聖人の名前をつけた。
 フランコ時代ではじめての、
 カタルーニャ語での命名なのだという。
 このことが、どれだけバルセロナの人々を
 勇気付けただろうか。

 そんなクライフのことを、
 カタルーニャ地方のひとは、
 地元出身の選手以上に熱烈に慕っている。
(ちなみに、ジョルディはサッカー選手になり、
 現在スペイン・リーグでプレーしている)


 スペインでは、
 地元の言語を話すようになった外国人選手は、
 ともするとスペイン人選手以上に
 ファンに愛されることが多い。
 マドリーを愛している、ここで骨を埋めたい、
 そう公言するロベルト・カルロスも
 ファンに熱烈に支持されているひとりだ。

 ベッカムも、いつかそうなったら良いなぁ、
 と思っている。
 ベッカムがスペイン語でインタビューに答えたら、
 冗談のひとつでも飛ばしたら、
 みんなぎゅっと
 ハートをつかまれるんじゃないだろうか。
(もちろん、良いプレーもしなきゃだけど)


 スペインは天気も良く、食べ物も美味しい。
 ファンはサッカー選手に敬意を払っていて、
 賢い顔してやかましく批判するよりは
 サッカーと選手とを愛し尽くすひとが多い。
 ジダンが、ロナウドが、ロベルト・カルロスが
 口を揃えて言うように
 ベッカムにとってもスペインが
 本当に居心地の良い国になったらいいなぁ、と
 心から願っている。

 んー、今年はチケット取りにくそうだなぁ。

  カナ






『カナ式ラテン生活』
湯川カナ著
朝日出版社刊
定価 \700
ISBN:4-255-00126-X



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2003-08-28-THU

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