KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【スペイン長屋のステキな面々(3)】


オラ、アミーゴ!
今日もちゃんと、下ネタ飛ばして笑ってる?


イースター(聖週間)で連休だった先週からこっち、
スペインは快晴また快晴。
南のセビージャでは気温が30度を超えたという。
マドリー名物のコバルト・ブルー色した青空だって、
晴れすぎたせいで白っぽく霞んで見えるほど。

よか天気、と
アホ面でのんびり見上げる空に爆音ひとつ。
隣にいたエドワルドが物知り顔で頷いた。
「オタンだ」
「?」
「えーっ、知らないの?
オタンだよ、"O.T.A.N."」
辞書を引くと、
そこには
"北大西洋条約機構(英:NATO)"とあった。

あぁ嘆くことなかれ君よ、
もぅ笑っちゃうしかなかばいアミーゴよ、
NATOだって逆から読んじゃうのが
スペイン流なのであるのだよ。
"オタン"なんていうとなんだか
"関西風に呼ぶところの
父(おとん)と母(おかん)の中間"ってかんじ、
どうにもピリッとせんけどさ。


ひょっとして。
はやる心のままあたしゃ慌ただしく辞書を引いたね。
期待してくだされよ、アミーゴ。

"N.U."="国際連合(英:UN)"
"SIDA"="後天性免疫不全症候群(英:AIDS)"
"A.D.N."="デオキシリボ核酸(英:DNA)"

ちなみに"A.D.N."の読み方は
"アー、デー、エネ"。
「あーでねぇ、こーでねぇ」
とボヤきつつDNA鑑定する白衣のラテン人博士の姿を
勝手に思い浮かべたりして。
なんだか、とても楽しげと違う?


そして
そんな"想像上の博士"なラテン人と同じくらい、
思いを馳せるたびに私を笑顔にさせてくれるのが、
2階下に住むフリアばあちゃん。
ニッコリ笑った顔には歯がないし、
夢のようなピンク色のガウンを羽織っているけど、
こちらは実在する"笑顔の素"。

フリアばあちゃんの住む2階は、
4部屋のうち3部屋まで、彼女の一族が住んでいる。
すなわちフリアとそのお母さん(90歳代)、
フリアのお姉さん、
息子と奥さんと、孫にあたる赤ちゃん。
だからいつも玄関は開けっ放しのまま、
自分たちはガウン姿で廊下をウロウロしている。

いきおい、私とも顔を合わせることが多い。
顔が合ったら挨拶、
挨拶したら世間話、
世間話をしたら、ともだち!
彼女はこのピソで最初の、おともだちだ。


私がスペインに来てまだ間もない頃、
思い起こせば"はじめてのおつかい"中の5歳児ほどに
ドキドキバクバクに緊張して
辞書を引いたメモを片手にスーパーへ行ったり
セキュリティ上、特殊な入り方をしなければならない
銀行の前にたたずんで途方に暮れたりしていた頃、
フリアはタイミングよく通りがかっては
「あら、娘よ!
 どげんしたとね?」
と声をかけてくれた。


ある日、
はじめてちょっと遠くのデパートまで出かけようと
気合い入れてお洒落してバスに乗り込むと、
そこにフリアばあちゃんがいた。
私に気づいて目を細めると、
混んだ車内で大きな声して呼びかける。
「あら、娘よ。
 そんなに可愛くなって、
 今日はどこさ行くんね?」
フシャ、
歯のない口から息を吐き出して笑う。

(今日はちょいと"アーバン"なかんじで
いこうと思ってたのになぁ)
申し訳ない、と思いつつも
少し困惑気味だったよな。

「娘よ、ともだちはできたかい?」
「うーん、なかなかねぇ……。
ほら、言葉もまだ、あまりしゃべれないし」
「だから、ともだちを作らんばとよ。
そうしたら、自然と言葉も上達するもんよ。
まずあれね、ともだちをいっぱい作らんばね、うん」
フリアはひとりで頷くと、
それまでより、もっと大きな声で、
周りのひとに話しかけだしたのだ。

「ちょっと、あんたたち、誰か、
 この子とともだちになってやってくれんね。
 まだ日本から来たばっかりで、
 ともだちがあんまりおらんとよ」

きゃーっ!
ばあちゃん、恥ずかしかばーい!

顔を真っ赤にしてジタバタする私に、
正面に座っていた女性があっさりと笑いかけた。
「いいわよ、喜んで。
 私、マリカルメン。よろしくね」
ばあちゃんのシワシワの手が、
マリカルメンと私の手をつなぐように握りしめる。
マリカルメン、
そういう名前らしい20代前半の女性は
なおも最大限の親しみをこめて私に笑いかけ、
間に立つフリアばあちゃんは
とっても嬉しそうに微笑んでいる。

まいった。
そのふたつの笑顔に、
いろんな屈託、吹っ飛んじまった。

ちっとも"アーバン"じゃないけど
真っ赤な顔のままで「グラシアス!」って答えて、
しばらく先のバス停で降りたマリカルメンに
「アディオス、またねっ!」
と、ブンブンブンブン手を振り回した。
やがて終点に着き、
フリアばあちゃんとともにバスを降りる。
ブーツのかかとをあまり鳴らさないようにして、
肩を並べて街を歩いた。


数日後、
おんぼろ長屋の2階の階段。
相変わらずピンク色のガウンをひらひらさせて
廊下を行き来しているフリアばあちゃんがいた。
「フリア!
 このあいだは、ありがとねっ」
「え?
 なあに、娘よ。
 私、なんかしたかねぇ?」

よかと、よかと。
私は、忘れんけん。

2001-04-17-TUE

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