KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【スペイン長屋のステキな面々(2)】


オラ、アミーゴ!
今日も自分のこと、とてつもなく好きかい??

スペインは3月の最終日曜から
サマータイムになったよ。
午前2時がいきなり午前3時になったんだっけ、
睡眠中のよい子は寝不足になるし、
飲酒中のわるい子は急に酒がまわったかんじだし、
一日五食の精巧な腹時計は修正に一苦労。
とにかく、
みんながみんなして時差ボケ状態なんだ。

だって、朝8時が夜明け前の真っ暗闇に戻る一方で、
夜の8時はまだお日さまピッカピカってことに。
この勢いであと数ヶ月もすれば、
夕暮れが夜10時という
楽しい楽しいスペインの夏が来る。
風の通るテラスに腰かけて飲むビールが、
たまらなく美味くなるんだよなぁ。デッヘヘ。
ちょっと早いけど、
夏の到来を祝って、乾杯!


って(やっぱり)お昼からビールを飲む私、
ゴミ袋を両手に浮かれ気分で階段を降り、
キオスコ(新聞や雑誌を売る屋台)の前を通って
足取りも軽くゴミ捨て場へ。
ふたつのゴミ袋をポイポイと放り込もうとして、
後ろから手首をホールドされた。

わっ、しまった、警察だったらどうしよう。
家の中に外国人居住許可証を置いてきたままだ。
せっかく夏になるっちゅうのに
梅雨前の日本に強制送還なんてイヤだー!
半泣きで振り向くと、
そこには黒い眉に白い歯、銀髪を揺らす
ペピータばあちゃんの姿が。
我が長屋の"鬼のご意見番"なり。

「アンタ、それ、ちゃんと分別したっ?」
大雑把な上に誰も守っちゃいないゴミの分別を、
マドリー1厳格に守り、守らせるばあちゃん。
「うん、もちろん」(ちょっとウソ)
「そう、それならよし。
あーっ、ちょっとアンタ!」
急に振り向いた。
次の犠牲者は、隣のピソ(アパート)のおばちゃん。
「ほら、そこの犬連れてるアンタ!
 ダメよ、庭に犬入れちゃっ!
 ウンコするでしょっ!!」
叫びながら、
足元の石を拾ってはトイ・プードルに投げつける。
この"3歩歩けばウンコを踏む"マドリーで、
勝ち目のない孤独な戦いを続けるばあちゃん。

キャンキャン鳴いて逃げ惑うプードルの陰に隠れて
こっそり自宅へと帰りかける私に、
ペピータが声をかけた。
「カナ、帰るの?
じゃ、一緒に行こう」
泣く子も黙る"鬼のペピータ"、
なんと我が家と同じ階、
斜め前の部屋に住んでいるのだ。


スペイン人は一様に、
自分よりも明らかに弱い立場の者にはとても優しい。
だから、私のような
"言葉もたどたどしいおへちゃな外国人"には
めっぽう親切にしてくれる。
道がわかんなかったらそこまで連れて行き、
沈んだ顔でバルに入れば一杯奢ってくれる。
そういえば、
道を尋ねたついでにその男性のTシャツを褒めたら
「本当? じゃ、君にあげるよ!」と
その場で脱いでくれた(ちょっと汗臭かった)、
という話も聞いたことがある。

旅行でスペインを訪れた日本人の多くが
「スペイン人って、とにかく人懐っこくて親切!」と
口を揃えるのは、こういうワケなのだ。

ところがスペイン人、
いざ相手が自分と対等と見極めるや、
急に一歩も退かなくなる。
「俺がこう思うから、こうなんだ!」って
4千万総ジャイアン状態。

私にそんな"スペイン人のジャイアンな一面"を
見せてくれたのが、ペピータだった。


あるガス検針日。
開けた玄関のドアから入ってきた検針員に続き、
銀髪をゆすって我が家へ飛び込んできたペピータ。
いきなり、怒鳴られた。
「あんた、ちゃんと規則守んなさいよっ!」

ひえー、なんかめちゃめちゃ怒られてる。
でもわからんうちは「ごめん」とは言わんぞ、とだけは
泣きそうな心に誓い、話を聞くと。
廊下掃除当番をサボってるでしょ、ということ。
「でも、そんなこと聞いてないよ」
「そう? ペドロ(管理人)に言ったのよ、何度も」
「知らなかったよ。
 知らなかったから、してなかったの。それだけ。
 今知ったから、来月からするね。
 ありがと、教えてくれて」
震える声で説明して、無理に笑う。
「そういうことだったの。わかったわ」
ホッ、一件落着か。

「そうそう、前から言おうと思ってたんだけど」
 (まだあるんかい!)
再び身構える私に、ペピータはニッコリ笑った。
「あなた、ご主人が仕事に行ってる間、淋しいでしょ?
 いつでも遊びにいらっしゃいね」


その後、
約束どおりにペピータは銀行や買い物に
私を誘ってくれた。

アルコールは飲まないというペピータは
いつも100%のオレンジジュースを飲みながら
(ただしスペインでは100%のジュースにも
 砂糖を添えるので、結局99%くらいになる)、
いろんな話を聞かせてくれた。

彼女は結婚してから23年間、
ご主人の転勤でドイツに住んでいたという。
だから、
言葉がわからず不自由した移住当時を思い起こして、
同じ状況にあって淋しいだろう私を
お出かけに誘ってくれたのだった。

去年、子どもたちが独立した後、彼女は離婚した。
今まで8部屋もある大きなチャレー(一軒家)に
住んでたんだけど、
もう自分たちには広すぎるからと売却し、
ひとりでこの長屋に越してきたのだ。

子どもたちと孫は現在、バルセロナに住んでいる。
「クリスマスね、
 みんなはバルセロナに来いって言うけど、
 私はマドリーに来てって言ってるのよ。
 だって、なんか呼び付けられるみたいで嫌だもの。
 だから私は行かないの。
 そりゃ、会いたいわよ。会いたいんだけどね」

頑固で誇り高くて、淋しがり屋。
そんな"お客様"にはあまり見せないスペイン人の姿を、
ペピータは、ただの隣人として私に見せてくれる。

去年のクリスマス、
1泊旅行した私たち夫婦が戻ってくると、
郵便受けの前にペピータの姿があった。
「子どもたち、来なかったわ。
 前の夫もみんな、バルセロナで集まったんだって。
 いいの、
 カードも届いたし、孫も電話してくれたの。
 ひとりっきりだったけど、淋しくはないわ。
 だって、私が望んだんだから」

滑稽なほどに誇り高い。
まるで風車に突っ込むドン・キホーテ。
これもまた、スペイン人なんだなぁ。


ところで、階段掃除の件。
どうも、他の階では実施していない。
うちの階も、隣のおじさんはやっていないらしい。

ある日、管理人のペドロじいさんに会って訊いたら
「あぁ、ペピータから何度も聞いてたよ。
 でもな、あれ、あのばあさんが言ってるだけなんだ。
 だから、知らんぷりしてたんだけどな。
 そっか、直接言われちゃったか。
 怒られただろう? そりゃたいへんだったな」
ニシャシャシャシャ、
いつもより、ちょっと意地悪な顔で笑った。

それでも、私の階にはペピータばあちゃん手書きの
「廊下掃除当番表」が貼ってある。
ペピータと私と、
向かいのマテオじいちゃんだけが守る当番表。

階段掃除はちょっと面倒だけど、
ペピータの心意気にほだされて続行中。
ドン・キホーテについていくサンチョ・パンサって
こんな気持ちだったのかな。

2001-04-12-THU

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