KANA
カナ式ラテン生活。
スペインは江戸時代の長屋みたいさ、きっと。

 
【よっ、久しぶり! ……で、誰だっけ。】

図らずも島原半島丸出しの顔に生まれた私。
和服を着るのに
タオル補正が要らない典型的日本人体型に、
20代も半ばを過ぎてからはホレボレするような
下半身の肉付き。
つまり、どこからどう見ても日本人だと思うのだ、
自分でも。

にもかかわらず、っていうか、そんな
体型の微妙な陰影なんか知っちゃいないっていうか、
ラテンなアミーゴたちは、とってもフレンドリー。
というか、みんなが"大阪におるおばちゃん"のよう。
つまり、自分のしゃべりを聞く相手は
地蔵でもポストでもへちゃむくれな日本人でも、
そこにおりさえすればよかったい、ってことらしい。
とーにかく「しゃべる」んだ!鬼のように。
ここのアミーゴたちは。



スペイン(ちなみにここはマドリード)では、
見知らぬ人と言葉を交わさなければならない場面が多い。


たとえば魚屋さん肉屋さん
八百屋さんパン屋さんなどなどで、
お客さんがうんじゃらげーといるとき。
"Esultima?"(おたくさんがいちばん最後の人?)
と、それらしき人に訊かなきゃなんない。
すると、
「そう、私よ」あるいは
「あそこのおばあちゃんよ」と、教えてくれる。

そこで、会話が終わるはずもねえぜ。
"ラテンの国での言葉は
半分だけ信用しろ"という格言通り、
教えられたおばあちゃんに
「おたくさんが最後?」と確認。
だいたいは、「そうよ、私なのよ」ということになる。

そこで、ホッとしちゃっちゃあいけねえよ。
まだ彼女はしゃべってないんだ。十分に。
やおら、おばあちゃんが慌てたようすで
「ちょっと隣の魚屋に行ってくるから、
 私の順番がお嬢ちゃんの前だって、
 覚えといてちょうだい。すぐ戻ってくるからね」
という言葉と買い物カートを残すなり、
走り去ってしまうのだ。
日本人の几帳面さでしっかりカートを見張っていると、
間もなく、大きな袋を提げたおばあちゃんが帰ってくる。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」

そこで、気を緩めちゃっちゃあいけねえよ。
まだ、ぜんぜんしゃべり足りてないわけよ、彼女は。
「今日はガンバス(エビ)が安かったわよ。
 あとで買ったらいいわ。本当に安いから。
 私?私が買ったのはバカラオ(タラ)だけどね。
 っていうのも息子がね、エビ類は嫌いなのよ。
 おかげでうちのパエジャはずっとエビ抜きなの。
 あら、あのトマト、美味しそうね。
 値段いくらか、見える?
 違う、赤い方じゃなくて、緑色の方。
 サラダには緑のトマトがいいのよ……」

あのう、私、そんなによくスペイン語わかんないんだ。


やがてようやく買い物の番。
別の「しゃべりの鬼」が登場。
いやいや、いい人なのよ、人間的には、むろん。
「やぁ、別嬪さん!
最近とんと見かけなかったね。
こいつ(他の店員さん)が、
淋しい淋しいって言ってたんだぜ。
(その店員さんがわざわざ近づいてきて、ウィンク)
元気だった?
いったいなにをしてたんだい?」
「えーっと、仕事が忙しくて……」
ふたたび日本人の
几帳面さ全開でちゃんと答えようとすると、
「あぁ、いいんだいいんだ。
 でも、毎日ちゃんと野菜食べないと、
 あいつ(さらに他の店員さん)みたいに
 ガリガリになっちゃうぜ。
 (その店員さん、遠くで照れ笑い)
 あいつさ、あんな体つきだろ。
 でも実は、オリンピックの選手だったんだぜ」
「ホント!?なんの種目?」
「水泳の。いや、高飛びだったかな。
 牛乳の早飲みだったっけか。ワッハッハ。
 さーて、今日はなにを買いなさるね?」

ここまできて、やっと注文に入ることができる。
もちろんトマトを頼めばその産地を、
チリモヤ(果物)を頼めばその食べ頃の日を、
インゲンを見ればその調理法といかに美味しいのかを、
おっちゃんは朗々と語ってくれる。

言葉だけで理解できるのは半分くらいだけど、
口ほどにものを言う眼と、
口よりものを言うその肉体の動きのおかげで、
なんとか会話を成り立たせつつ。

それにしても私、
まだそんなによくスペイン語わかんないんだってば。

そう言ったら、またまたしゃべり返すんだよなぁ。
「なーに、少しずつ上達するさ。
それに今だって、とても上手じゃないか」
と、おっきな表情(最高級ウィンク付き)で
励ましてくれる。

帰り道、心ウキウキ、足はスキップ。
その途中で思い出す。
そういえばあのおっちゃん、はじめて店に行ったとき
「オラ、ブエノス・ディアス!」
って口にしただけで
「ワーオ、なんてスペイン語が上手なんだ!」
って大絶賛してたんだっけ。

ま、いっか。
楽しい気分にさせてくれようとしてるんだよね、いつも。
こっちが言葉に不自由なだけなんだ。わかっとるばい。


買い物袋を手によちよち歩いて帰宅途中、
今度は通りすがりの女性から声をかけられる。
「ちょっとすみません。
○○通りへはどう行くんでしょうか」
「えーっとこのまま前、そのあと右、あの薬局のところ。
 わかることできる?」
「はい、ありがとう!」

それにしても、私、見るからに外国人と思うんだけど。
うーむ。
日本で、外国人に道を訊く日本人って、いるかしら。



スーパーのレジでも、
バスの中でも、
道を歩いていてもベンチに座っていても、
たまたま袖すりあっただけの人たちが
ごく自然に言葉を交わす。
片一方が外国人でも、そのことに変わりはない。

わたしゃ、いやがっているんじゃないんだ。
日本のけっこう無口な暮らしになれすぎていたんだ。
知ってるよ、そういうこと。
おおらかだなぁ。
人間が好きなんだなぁ、きっと。

「その話、何度も聞いたよ!」とか
「この間も説明したのに、覚えてないんやん!」とか
「久し振りって言われても、初対面やん!」
とかってことも、多いんだけど、さ。

2001-01-25-THU

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