まるで、NASAのようなメディアになりたい?

 第19回 まっとうだから、頭がおかしく。

(※前回のつづきで、ほぼ日ブックス対談。
  吉本隆明さんと糸井重里の会話をお届けです。)




吉本 「なんで、あたらしい言葉が生まれるのか」
ということを、ソシュールは
ものすごく優れた言語学者だから、
まともに、とことん考えていったんですよ。
だから、頭ぁおかしくなっちゃった。
糸井 (笑)
吉本 たとえばですよ?
日本では、いちばん近い肉親で、
しかも同じ世代で、
自分より年上の女の人のことを、
「姉」って、こう言うでしょ?
糸井 言います言います。
吉本 だけどどうして「姉」と言うの?
って言ったら、これが・・・。
何と言いますか・・・。
・・・まったく、わかんないわけですよ。
糸井 (笑)あはははは。
わかんないです。
吉本 誰が「姉」って言い出したんだろう?
ソシュールは、そんなことをやってるわけです。
「姉」ひとつにしても、
古今集に載ってるからそう言うぜ、
っていうものでも、ないわけですよねぇ?
・・・つまり、わかんねえぜ、これは、って言う。
糸井 (笑)いやぁ。そうですよ。
「姉さん」としか、言いようがない。
吉本 そうなんです!
糸井 強く言った(笑)。
吉本 誰が作ったのか、
誰が言い出したから流行っちゃったのか、
そういうのが、まったくわかんない。
英語では、何て言うんだっけなぁ・・・。
糸井 吉本さん、味、あるわあ。
吉本 えっと、「エルダー・シスター」ですね。
年上の、同世代の肉親の女の人を、
どうして「エルダー・シスター」と言うのか?
そう考えたって、誰もわかんないですよ。
・・・まあ、無理やり言やあ、
「そこにあるから使ってた」というだけで。
糸井 (笑)ええ。なんかおかしいな。
吉本 まあだいたい、そんなこたぁ、
解明したとしてアホらしいことでして。
糸井 わはははは(笑)。
身もフタもない。
吉本 こりゃあ、ぼくだけの考えかもしれないけど、
言語学のいちばんの欠陥っていうのは、
結局、そこんところは、
わかんないままだぜ、っていうことなんです。

「なぜ、そう言ったか」
「なぜ、日本語で『姉』と言ったか」
・・・そういう問いに対して、
たとえば、いつからそう言われたのかは
ちょっと調べればわかりますけれども・・・。
糸井 (笑)「ちょっと調べれば」。
吉本 だけど、誰がどこで
どういうつもりで言いだしたかは、
そんなこたぁ・・・わかんないわけです。
糸井 (笑)わかんない、わかんない、って
こんなに連発されると、気持ちいいなぁ。
吉本 (笑)ふふふ。
でも、わかんないんです。
それがわかんないっていうことが、
最終的には、言語学の抱える、
難点っていいますかねぇ?

それだからこそ、
こうやってウジウジ考えてるうちに、
またどこかで、ことごとく何でもない人が
どっかの街角で言い出しちゃったことが、
流行って、ひとつの時代の言葉になる。
糸井 うん。
吉本 つまり、要するに、
「考えたって、わかんねぇんだぜ」
ってことです。
糸井 (笑)わはははは。
わかんねぇですよ。
・・・会場から、この話題で、
こんなに笑いが起きることが、気持ちいいです。
吉本 フフフ。
あんまり考えないタイプの言語学者は、
そんなことについては
やらずに済ましときゃいいわけで。
糸井 (笑)「済まときゃいい」って・・・。
吉本 いやつまり、ぼくなんかだったら、
そういうおおもとの「なぜ?」を問わないまま、
記号としての言葉が書かれて以降の、
つまり文学作品みたいなものの中で
使われている言葉についての
論理を立てればいいんだろうと、
若い頃に思った、ということなんですね。

「記号で書かれたもの」や、
「文字で書かれたもの」っていうのを
前提として、考えてみると言いますか。
だけど、ほんというと、
それじゃあわかんないんですよね。
糸井 日常の会話などに、言葉の
本流があるということですよね?
吉本 ええ。
ですからたとえば、
「姉」のことは「姉」って言ってる。
どうしてなんだ、っていうのは、わかんないまま。
糸井 おもしろいなぁ、それ。
結局は、言葉としての
「ブラック・ホール論」みたいに
なっちゃうわけですよね。
吉本 そうなんです。
ソシュールは偉い人だから、
そこに入りこんじゃったんだと思います。
糸井 そこが大事だとわかったという意味で、
偉いんだ。
吉本 まぁ、だからあのう・・・。
頭がおかしくなった。
糸井 わははは(笑)。
吉本 でもね、ほんとうに
頭がおかしくなっちゃったからこそ、
彼は、ホンモノなんだというか。
糸井 (笑)フフフ。
あ、つまり、ソシュールは、
ちゃんとしていたからこそ、
頭がおかしくなっちゃったと・・・。
最初から考えの筋道が違っていたら、
頭がおかしくなるまで考えないという。
吉本 そうそう。

(つづきます)   

  

2001-11-27-TUE


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