ある映画の冒険の旅。
映画プロデューサーは
走り回るよ。

第7回 
日本で公開する材料を作るの巻


ネット・コラムにあってはならない、
「しばらくお休み」状態になってしまっていた
この2ヶ月の間に、すっかり東京での
『うちへ帰ろう』の上映は終わってしまいました。
(「え?もう終わっちゃうの?」という声も
 たくさんありましたが、色々事情がありまして…。
 そこらへんの事情はまた後日このコラムの中で
 紹介して行きますのでお楽しみに。)
その間、本当に大勢の方に励ましのメールをいただいたり、
劇場で直接お声をかけてくださったりと、
フラフラの私の背中をささえていただきましたこと、
この場をお借りして深くお礼を申し上げます…とは言え、
このコラムは、前回途中で話が終わっていますので、
映画の「ゆりかご」から「墓場」まで、
とりあえず追って行きたいと思います。
よろしくお付き合いください。
それに、まだこれから上映が始まる都市もありますので、
まだ観ていない皆さん!
あなたの街に行くのを楽しみにしていてくださいね!

さて、ちょっとおさらいです。
前回は、「どうやってプロデューサーになったか?」の
秘密を暴露してしまいました。
業界内では、「なぁ〜んだぁ」というリアクション多数。
その前の回では、
映画を買ったら最初にやること=国際契約書を交わすところ
までお話が進んでいて、
今日は字幕や予告編制作など、制作物のおはなしです。

契約書に両者が捺印(国際契約書なのでここではサイン)
されると、いよいよイニシャル・マテリアル(必要素材)の
注文からやりとりがはじまります。
このイニシャル・マテリアルには、
本編のプリント、本国で制作された予告編のプリント、
英語台本、ポスター、プレス・キット(文字資料)や、
撮影現場のスチル写真、
それからEPK(エレクトリック・プレス・キット)と
言われる、撮影現場の風景や出演者、監督、
スタッフなどのインタビューが収録された、
電子メディアとしての宣伝資料が送られてきます。
(ヨーロッパやアメリカのインディ映画の場合、
 制作予算が限られているので、
 このEPKが無い場合もある)

映画の本編プリントが到着しても、
すぐには国内に輸入できません。
税関で「保税試写」というのを行います。
ここにはあらかじめ申告した関係者のみが入場できますが、
何をチェックするかというと、
主に「性的描写」についてです。
時々、とってもエロチックな映画の場合、
「映倫」という自主規制団体と
「ボカす」「ボカさない」のやりとりが、
スポーツ誌などで取り上げられたりしますよね。
でも実はその前にこの通関作業の段階で、
ヤバい描写のあるシーンには、「ボカし」を入れる
作業をしてから、もう一度「保税試写」をやり、
お上のOKがでたら、晴れて輸入できる
という仕組みになっています。
エッチなものは、水際と自主規制と
二重にチェックする機能があるわけです。
業界には、「保税試写」でボカしなしのものを
「見た」か「見ないか」を自慢しあう人達もいるくらい?!
例えば『うちへ帰ろう』などの映画の場合は、
エッチなシーンや露骨な性描写はないので、
全く問題無く数日で通関作業が終わり、
すぐに字幕制作に入ります。

余談ですが、
来年は「オシャレ」で「エロチック」な映画が
何本か公開されるので、映倫の判断が注目されてます。
ピンク映画(古い呼び方?)だったら、
「成人映画」と簡単に指定してしまえばいいのですが、
アート映画の場合、
「ヘアは芸術だ!」などの論争も過去にあった通りで、
最近では規制基準が曖昧になっているみたいな
感じがします。

『うちへ帰ろう』の字幕翻訳は、
しっとりしたドラマが得意な松浦美奈さんに
お願いしました。
(ちなみに松浦さんは、若い人ターゲットのコメディ
 などでも、自由自在にことばを操り、
 ぴったりの字幕をつけてくれます。エグい言葉
 も上品にこなしてくれるベテラン翻訳者です)

まず、試写を見ながら英語の台本をもとに
「ハコ切り」(または「ハコ書き」)という作業をします。
セリフの間合いに、字幕を差し替えるタイミング
を計るためのもので、役者が息つぎした瞬間や、
話者が変わったときに「ささっ」と/の棒線記号で、
セリフを区切って行きます。

「ハコ書き」された英字台本をもとに、
制作ラボで「スポッティング・リスト」を作ります。
ここで、それぞれのセリフが何秒間あるかという
時間を計った計測表です。
フィルムの字幕の場合、1秒間に読める文字数は
3文字までとされていますので、
こういう文字数制限の中で、
なるべくオリジナルのセリフのニュアンスを壊さずに、
かつ1秒3文字以内、そして一度に出す字幕の数は、
1行10文字、2行まで。とされているのです。
ちょっとややこしいですが、最大の20文字を出すためは、
7秒間しゃべっていてくれないとNGです。
こういう色んな制限の中で、日本語を探すのは、
まるでパズルのような作業。ベテランのカンが必要です。
映画字幕翻訳者の数が意外と少ない理由ですね。
時々スクリーンを見ながら
「これって意訳じゃないの?」
と疑ってしまう人もいるかもしれませんが、
文字数が限られた中での翻訳作業って実は大変なんですね。

字幕の文字って手書き風。あれって本当に手書きなんです。
今、日本であの「手書き字幕」を書くライターさんは
5人くらいしかいないそうです。
最近では、あの手書き文字を機械で打ち出せる
字幕制作マシーンも登場し、「手書きライター」は、
消え行く職業となっているそうですが、
私は今でもやっぱりスクリーンではあの懐かしいような
「手書き文字」が好きです。
なんか「映画館に来たな」って感じがしませんか?
ちなみに、この手書きに「字幕カード」は、
『うちへ帰ろう』の場合でも1000枚くらい必要です。
ウディ・アレンのようなセリフの多い映画は、
翻訳者さんは大変ですよ。
ホント。

手書きの字幕カードを1センチ四方の
小さな金属板に植字して、
直接映画のフィルムに焼き付けていきます。
失敗は許されない状況。
そんなわけで、誤字脱字は何度もチェックするのです。
今のパソコンみたいに
「消しゴム」でささっと消せないのですね。
これが。

さて「予告編」のほうですが、
『うちへ帰ろう』の予告編は、
「予告編を観ただけで泣けちゃう」と評判だった
『エイミー』の予告編を作ってくれたディレクターに
またお願いしました。
『うちへ帰ろう』でも
「予告編だけで泣けちゃうわ」
というご意見を小耳に挟んだので、まずまず成功。
宣伝のセオリーとしては、
「予告編だけで内容見せすぎ」という批判もありましたが、
『うちへ帰ろう』の本編に
「全部見たつもりの予告編」よりも深い中身がある
映画だったので、「全部見せちゃえ!」と、
突っ走ってみました。
結果オーライ?

予告編に入れた
「人は誰でもむかしに戻ってやり直すことができる――
 ただ少しの勇気を味方につけて…」
というコピーは、そりゃ、何度も何度も考えました。
色んな人に
「ねぇ、これってどう思う?」と聞きまくり、
「なんかクサくないか?」とか
「やり直しは不可能だ!」とか
「そんなのいいわけだ」とか、
ドライな意見もたくさんもらっちゃいましたが、
中には
「そうか、人生ワンチャンスだけじゃないんだ、と思えた」
とか「元気が沸いてきた」という意見もあり、
どうせだったらそういう前向きな意見に賭けてみよう!
と意気込んで採用したのです。
それに、これはデヴィッド・リー・ウィルソン自身の
メッセージでもありました。
おそらく最後の数秒間このセリフが流れるだけなので、
ほとんどの人は記憶にないかもしれませんが、
こういう小さなことにも、
随分と時間をかけるものなのです。
ちなみにこのコピーのナレーションの声の
ご出演は、劇団カクスコの井之上隆志さんです。

出遅れた分、かなり駆け足になってしまいましたね。
次回は劇場ブッキングのお話です。
(註:どこの映画館で上映するかという営業のこと)

2000-11-17-FRI


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